第36話 迷惑な魔獣を討伐しよう
アースラとミレイユは馬車に揺られていた。
ザウラントの生息地は森だ。ティールテイルの群れなら詳しい場所を知っているだろうと話を聞きに行き、事情を話したところ、それならばご案内いたそうとテルぞうが名乗り出たのだった。アースラは必ず無傷でテルぞうを帰すとテルどんに約束し、ミレイユと共に馬車に乗り、ザウラントが住み着いた森へと向かったのだった。
テルぞうに引かれながら見る森は美しかった。水気を含んだ豊潤な森の匂いが風を染め、アースラ達の髪を梳いて流れ去る。木漏れ日は澄んだ小川でなめらかにきらめき、地を覆う草葉は風に撫でられ、柔らかな波を生んでいた。
「綺麗な森ですね。ここでピクニックしたら楽しそうです」
「いいわね。今度、お弁当つくってまた来ましょ」
「はい。楽しみですね!」
ふわりと広がる髪を抑えて見つめ合い、その日に胸をときめかせて微笑んだ。
その日は籐かごの中に美味しいものを詰めていこう。サンドイッチは厚切りトマトとたっぷりレタスを挟んで、デザートのワッフルにはドライオレンジと砕いたナッツをシナモンシュガーで絡めて乗せる。飲み物はレモンウォーター、そしてふんだんにフルーツを使ったフルーツティー。キラキラした森に相応しい、とっておきを持っていこう。
歌うように、笑い合いながら話していた。その時だった。アースラの目から笑みが消え、スッと細められた。
木々の奥に、目当ての影を見つけた。
「……テルぞう、もういいわ。この距離ならまだ悟られない。気配を消して帰りなさい」
(承知。お気をつけて)
アースラは人差し指に手を当ててミレイユの言葉を封じ、テルぞうを逃がした。ミレイユにはこの場で隠れているよう身振りで指示し、そのままザウラントの元へ素早く飛んだ。
弾丸の如く飛来したアースラの気配に気付いたザウラントは、金属がひしゃげるような咆哮を上げて突進してきた。衝突と同時にアースラはその顔面に拳をめり込ませ、互いに相手の勢いに押されて後方に弾き飛ばされる。
宙で体勢を整えたアースラは、ザウラントが臨戦態勢に戻る前にと再び接近して拳を握る。しかしザウラントは巨大な尻尾でアースラを叩き落としにかかった。
――妾の動きを読んでる。
アースラは舌を打ち、軌道修正して難を逃れた。ザウラントは間髪入れずにアースラに突進し、大気を引き裂かんばかりの雄叫びを上げて口を開いた。アースラを飲み込み、噛み砕くつもりなのだろう。
「へぇ。いい度胸してるじゃない」
ザウラントを見据えるアースラの瞳に、愉悦が走った。一度でも激しい攻撃を受ければ、魔獣だろうと何だろうと関係なく、大概の敵は怯えを覗かせる。しかし対峙しているザウラントは攻撃性の高さ故か、正面から殴られたというのに一切物怖じせずに向かってくる。
アースラの背にぞくりと高揚感が走った。恐れ知らずで闘いに前のめりな敵こそ、自分と戦場でやり合うのに相応しい。
アースラは加速して飛び、自らザウラントの口内に入った。そして口が閉じられるより早く、脳天まで突き破るようなパンチを突き上げる。ザウラントは苦悶の叫びを上げながら、パンチの威力で宙に投げ飛ばされた。その間に外へ飛び出たアースラは、勢いをつけてザウラントを地面へ向けて蹴り落とす。
砲弾と同等の威力を持つ蹴りを叩き込まれたザウラントは、自然落下を超える早さで地に落ちる。その衝撃で大地は縦に大きく揺れ、派手に砂埃が舞った。岩のような物がいくつも同時に地面から跳ね上がるのを見たアースラは、あっ、と驚きの声を漏らした。
バラバラに跳ねたそれらは、機兵の残骸だった。アースラは眉を顰め、ザウラントが起き上がるまでの短い間に黙祷を捧げた。機兵の残骸には、まだ風化の跡がなかった。つまりごく最近破壊された物であり、その数の多さと、エストの話からして、あれらは討伐隊のものだろう。
――ここでこいつを倒せば、少しはエストの仲間も浮かばれるかしらね。
仇を取るつもりで来たわけではない。それでもここでザウラントを倒せば、少なくともエストの気は晴れるだろう。アースラは宙を蹴るようにして飛んだ。攻撃を受け、弱り始めているはずのザウラントを仕留める為に。
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