第33話 ミレイユの秘密

「女性を抱かないと体調不良になる!?」


 素っ頓狂な声を上げるアースラに、ミレイユはこくりと頷いた。


「はい。原因は分からないんですが、定期的に女性を抱かないと具合が悪くなってしまって……」

「大変なんてものじゃないわね。今までどうしてたのよ」

「娼館に行ってました。聖女として仕事をしていた時は、侍女にお世話してもらったりもして何とかしてました」


 ――侍女、頑張ったのね。


 妙なところにアースラが感心していると、ミレイユは溜息をついた。長く悩まされてきた事なのだろう、今まで積み重ねてきた心の疲れが顔に出ている。


「自分でどうにかしたいんです。人に事情を話して、抱かせてほしいなんてお願いするのも恥ずかしいですし……知る限り、同じような体質の方は一人もいませんから、この体質をどう受け止められるか分からないのも怖くて……」


 でも、とミレイユは眉を下げた。


「どうしても、相手がいないと駄目なんです。一人じゃどうにも出来なくて」

「なるほどね。で、昨日それが爆発したってわけね」

「はい……」


 ミレイユは申し訳無さそうに肩を落とした。


 自分の意思でコントロール出来ないものに苦しめられる感覚は、呪いで承知している。努力で真っ向から抗おうとしたところで、そういったものは太刀打ち出来るものじゃない。一時的に望まないものを退ける事に成功したとしても、それが実になる事はない。


 呪いは解除方法が分かっている。それを行えば、呪いは永続的なものにはならない。そう分かっているから多少は気が楽になるが、ミレイユの体質はそうもいかない。


 原因が分からない上、対処の仕方も限定されている。衝動はいつも心理的な負担を携えて、しつこく、何度もやってくる。そんなものに長年振り回されるのは、きっと想像するより辛いだろう。


「頑張ってきたのね」


 よしよし、と頭を撫でてあげると、ミレイユは目を輝かせてひしっとアースラに抱きついてきた。


「アースラさぁん!」

「はいはい」


 巨大な子犬でも相手にしているようだと苦笑して、アースラは慰めるようにポンポンと背中を撫でた。


 昨日の一件が効いているようで、ミレイユはピンピンしている。しかしまた時間が経てば、体調を崩してしまう事態になるだろう。第三者から見ても厄介極まりない体質だ。


 とはいえ近隣に娼館はないし、仮に探してあったとしても、手持ちがないから利用出来ない。他にミレイユを助けてくれそうな人物というと……。


 ――いない事はないけど、ねぇ。


 小さく肩をすくめた。冒険者チーム、リンダランダ。頭目のリンダはともかく、メンバー達は無邪気にミレイユを慕っている。もし事情を話して手伝ってほしいと頼んだら、最初は面食らうだろうが、姐さんの為なら喜んで!と言って笑顔で手伝ってくれるだろう。容易に想像がつく。


 しかしアースラはその案を即座に蹴った。彼女達の人柄は好ましいし、ミレイユと仲良くしてるのも微笑ましく感じた。だけどそれはそれ、これはこれだ。彼女達がミレイユから昨日のように愛されるのは、なんだか大いに癪に障る。


 そうなると、残るのは一人だけになる。


「……」


 やや頬が熱くなった。それを咳払いで誤魔化して、アースラは腕を組んだ。


「た、たまになら、手伝ってあげない事もないわよ? アンタが体調不良になったら美味しいご飯が食べられなくなるし、妾も困るから。べ、別に、満更でもないとか思ってないから!」


 強気に言いきった、とアースラは勝利の笑みを浮かべたが、その顔は赤く、照れがあるのは一目瞭然だった。


 ミレイユは目を丸くしながらアースラをしばし見つめ、そして思いきり、力の限りを尽くしてアースラを抱きしめた。ぐえええと情けない声がアースラから漏れる一方で、ミレイユは満面の笑みを浮かべながら、うっすら涙を滲ませていた。


「アースラさん、アースラさん! ああ、ありがとうございます。こんな体質を受け入れて下さって……協力までして下さるなんて。私、嬉しくて……!」


 何とか締めつけをいなしながら、アースラは困ったように笑った。ミレイユの変わった体質を聞かされて驚いたが、それもミレイユの一部なのだ。受け入れないはずがない。


 宥めるように抱きしめ返すと、ミレイユは機嫌良さそうに喉を鳴らした。腕の力を緩めてアースラと向き合ったミレイユは、頬を染めてにっこり微笑む。


「それでは、一緒に寝ましょうか」

「なんでいきなりなのよ! たまにって言ったじゃない!」


 何だか心温まる時間を台無しにされた気分だ。アースラが吠えると、ミレイユは自分の両頬に手を添えてもじもじし始めた。


「ごめんなさい。やっぱり私、昨日の事が忘れられなくて……。多分もう一回、一緒に寝れば火照りも収まると思うんです」

「いや、絶対それ禁断症状じゃない。アンタが一緒に寝たいだけでしょ」

「はい、アースラさんと一緒に寝たいです」

「やっぱり!」


 ミレイユの悪びれないキラキラ笑顔が憎らしい。アースラはプンとそっぽを向いた。


「駄目よ。緊急時以外は手伝わないから」


 いつも相手していたら身がもたない。それに、必要な時以外もドキドキさせられたり、好きに翻弄されるのは、プライドが許さない。


 ミレイユはうるうると瞳を潤ませて、両手を組んだ。


「『お願い』します。アースラさんの事、いっぱい可愛がりますから」


 今、最も聞きたくない言葉が飛び出した。アースラが頭を抱えるより早く、紋様がピカァと光り始める。


 もうやだ。そんな思いとは裏腹に、アースラは期待を宿した目でチラチラとミレイユを見つめた。


「し、しょうがないわね。今夜だけ特別よ」

「はい、ありがとうございます」


 感謝と共に、チュッとアースラの頬にミレイユの唇が触れた。


 ――あーあ、せっかく昨日の熱が引いたのに。


 アースラはそっと溜息をついて、ミレイユの首に腕を回した。


 ――また欲しくなっちゃうんだ。


 自分の体をミレイユにやんわり押しつけて、柔らかい頬にキスのお返しをする。ミレイユと間近で視線を絡めて、くすくすと微笑み合う。ミレイユとベッドの上で薄桃色の空気を醸すのは、やっぱり、悪くない。

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