第31話 愛蜜の時間
「……妾はいつものアンタが好きよ、ミレイユ」
こつん、と、ミレイユの額に自分の額を重ねる。呪いが掛かってしまった時は、一刻も早く離れたいと心の底から思っていたはずなのに。いつからだろうか。ミレイユの側にいる事で、知らずの内に安らぎを感じるようになったのは。
ミレイユの隣にいたいと自然に願うようになったのは、いつからだったのだろう。
「……桃、足りなかったら追加するから呼びなさいよ。とにかく食べて寝なさいね」
アースラはミレイユの頬をひと撫でして、腰を浮かせた。長居して病人に気を遣わせるのは良くないと、ベッドから離れようとした時だった。
「行かないで」
「……え」
切なげな声に振り返る。その目に映ったのは、白雪のような頬を淡く染め、俯きながらいじらしく懇願する、可愛らしい少女だった。
息を呑んだ。その隙を突かれ、アースラはベッドに仰向けに押し倒される。ミレイユはアースラに覆い被さり、混乱した様子で目に涙を浮かべていた。
ミレイユは嫌だと言うように、ふるふると首を振る。そのせいで溜まっていた涙が滴となり、アースラの頬を濡らした。
――溺れる。
アースラの直感が、警鐘を鳴らしていた。落ちてくる滴が、熱く、甘い。
「どうして……どう、して、そんな酷い事をするんですか! アースラさんを困らせたくないから、我慢……してたのに……!」
ミレイユは涙を流しながら、まっすぐにアースラを見据えた。体調不良のせいではない熱に潤む瞳は、あまりに強く、清らかで。アースラはただそれを受け入れるしかなかった。決壊したようにミレイユから溢れ出ているものは全て、どこまでも透き通っている。それなのに。
――熱い。
ぞくりと、甘美な痺れが背に走る。理性が頭の隅で、これ以上はいけないと、後戻り出来なくなると訴えていたが、そんなもの、もうどうでも良かった。
可憐な人の頬に手を伸ばす。ミレイユは怯えたように身を強張らせた。大丈夫だと安心させるよう、その頬に指先を滑らせる。
薄く色づく頬を指先が通るにつれ、ミレイユの表情が和らいでいく。アースラは微笑して、指先に付着した涙をそっと自身の唇に乗せた。恍惚としながら、甘い熱で唇を濡らす。そして薄く口を開いて、舌先でゆっくりと、指先に残る涙を絡め取る。
「ア……アースラ、さ……」
ミレイユはすっかり赤面して、言葉を失っていた。目の前の艶めかしい光景に、耳まで赤くなっている。アースラはミレイユの唇に人差し指を添え、ただ一言。
「早く」
もはや二人の空間に熟れていないものはなかった。生半可な戸惑いは、邪魔なだけ。
ミレイユは眩しいものを見つめるように目を細めた。そして、誘う唇に飛び込むようにキスをした。重なる唇。溶け合う呼気。蕩けた視線と、触れ合うまつげ。睦み合っているのか、捕食し合っているのかも分からず、一心不乱に互いの熱を求め合う。
やがてミレイユの舌がアースラの口内に侵入し、熱い舌に絡みついた。
「ぅん……」
自分のものとは思えない甘い声が滑り出て、アースラは一瞬、恥じらいに胸が焼かれそうになる。やんわりミレイユの胸を押して身を離そうとするも、しっかり抱きしめられて逃げられない。
濃密な求愛の応酬に急かされるように、アースラはスラリと伸びる脚をミレイユに絡めた。
――欲しい。
チュッ、と淫靡な音を立ててようやく顔を離し、うっとりと見つめ合う。アースラはミレイユの両頬を包もうと手を伸ばしたが、それより早く、ミレイユの体が力なくアースラにもたれかかった。
アースラはミレイユに頬を擦り寄せ、ぼんやりと余韻に浸っていたが、ややあってある事を思い出した。その途端、サッと青ざめる。
――そういえばミレイユ、体調が悪いんじゃない!
正気に戻った瞬間、穴があったら入りたくなった。すっかり盛り上がっていた事に対する羞恥心と、調子が悪いミレイユに無理をさせてしまった罪悪感で、顔が熱くなっては冷えておかしくなりそうだった。
「ミ、ミミレイユ……あの、わっ、妾は、熱いタオルと冷たいタオル持ってくるから休、休んで」
て、と言う口が、ミレイユの唇に塞がれた。流されまいとアースラは強くミレイユの体を押したが、ミレイユの顔が目に入ると、腕から力が抜けた。
――今、そんな顔をするのは、ずるい。
ミレイユは涙を流した時、瑞々しい迷いを見せていた。しかし今のミレイユは違う。優しく喉元に食らいつく、艶美な獣のようだった。ミレイユはアースラを抱きしめ、耳元に口を寄せた。
「行かないで……私に身を委ねて下さい。『お願い』です」
「……っ!」
耳に熱い吐息が触れ、アースラの視界がぐらりと揺れた。紋様がゆるりと光を放ち始め、アースラの理性はジリジリと焼失していく。
「いや……だめ……また妾は、おかしくなっちゃうからぁ……!」
抵抗しなければならないのに、どんどんミレイユへの愛情がアースラを染め上げていく。アースラを見つめるミレイユは、幸せそうに目を細めていた。
「おかしくなって下さい……私と一緒に、何もかも、蕩けてしまって下さい」
ミレイユは慈愛を込めて、優しくアースラの唇にキスをした。アースラが取り戻したはずの正気は、瞬く間に散ってしまった。
ミレイユはアースラを抱きしめながら、耳朶から頬へ、額へ、鼻先へと、じっくり唇を触れさせていく。可愛がるように優しく。独占欲を示すように、たっぷりと。
アースラの唇には人差し指をあてがい、触れるか触れないかの際で撫でさすっていた。アースラは時折息を詰めながら、ミレイユの脚に自らの両脚をぎこちなく擦り寄せた。唇がくすぐったくて、もっと深く激しく全身に触れてほしくて、小刻みに震え始める内腿に汗が伝った。
「アースラさん……」
「ん、ぁ……ん」
唇同士が重なり合い、再び舌が交わる。ちゅくり、と粘着質な水音が頭に響いて、アースラはうっとりしながら腰をミレイユに擦りつける。絡まる脚は、互いに汗ばんでいた。
きつく抱きしめ合う為にこすれる胸にも、汗の粒が落ちている。互いの弾力で押し返し、相手に揉みしだかれているような錯覚に陥っては、内腿がもどかしそうにうねる。
アースラの背を撫でていたミレイユは、じゅっ、と音を立ててアースラの舌を吸い上げる。
「んぅんんんん……!」
ビクビクと跳ねるアースラの体をミレイユは愛おしげに愛撫し、やがて蛇が蠢くように、アースラの柔らかな双丘に両手を這わせる。
アースラはせがむようにミレイユにぴたりと寄り添いながら、ハァ……と淫らな吐息をこぼした。
ミレイユに触られたところが全て、媚薬を塗り込まれたかのように熱い。ぐちゅぐちゅに混ざり合った唾液が胸に落ちる。それさえ悦楽の糧になって、ビクンと足先が跳ねた。
――ミレイユ。
心の中で名前を呟くだけで、全身に甘い痺れが走った。ミレイユの手がアースラの胸を優しく押し上げ、愛撫していくだけで耐えきれない程の悦びが背筋を伝い、身悶えしてしまう。
――ああ、もっと欲しい。
小刻みに体を跳ねさせながら、アースラは火照りを煽るミレイユの両手を愛おしげに撫でた。欲しい刺激を与えてくれるミレイユの手に、もっととおねだりするように。
――止まらない。熱い。ずっとして欲しい。
腰に甘い熱が降りていく。身も心も蕩けきって、アースラは一度顔を離すと、自らミレイユにキスをした。
押し付けるだけの、不器用なキス。それでも、頭がおかしくなりそうなくらいの激情を生んだ。
「ン……好き……ミレイユ……」
「……アースラ、さん」
ミレイユの瞳が、細かく揺れた。
好き。
簡潔で甘い、秘密の思い。それは情交が見せる艶やかな幻か、それとも、奥底に秘めていたものが体の悦びに促されて露呈してしまったのか。
思考回路の溶けた頭では判別つかなかったが、その情を今、狂ってしまいそうな程強く感じている事は、本当だった。
「好き、ミレイユ……キスして、もっと……!」
「…………ずるい、人。そんな事を言われたら……もっと好きに、なるじゃないですか」
声を震わせたミレイユは、噛みつくようなキスをした。待ち望んだ熱に、アースラはきつく脚を絡め合わせて歓喜の叫びを上げる。
ミレイユは息も出来ない程にキスをして、アースラの内腿へと手を滑らせる。汗でしっとり濡れた内腿を撫で回され、呼吸もままならないアースラは、ついに声にならない悲鳴を上げて意識を手放した。
鼓動の早い体は満足そうに弛緩していた。アースラのじっとり濡れた肌の匂いに、ミレイユが目眩を覚えたのは、室温の上がった部屋のみぞ知る秘密。
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