第29話 仲直りしましょう
「さ、帰りましょ。いつまでもこんな所にいてもしょうがないわ」
背を翻して帰ろうとするアースラに対し、ミレイユはブンブンと音がしそうな勢いで首を振った。
「だ、駄目です! この人達を放って行くなんて」
「心配しなくていいわ。これだけやられちゃメンツ丸潰れだし、敵わないと分かってるのにまた襲いかかろうとは思わないでしょ」
アースラはぐったり倒れている盗賊団達を横目で見つめた。
盗賊団が狙ったのは食糧だった。山野を駆け回って少量の木の実を腹に収めるくらいなら、手っ取り早く店屋から大量の食糧を盗んだ方がいいと考えたのだろう。
金策として高価な物を狙って襲ってきたなら今後もいくらか執着されそうなものだが、それとはわけが違う。勝つ見込みがない相手と分かったのだし、わざわざ危険を冒して挑んでこないだろう。
――やんちゃな下っ端だけなら、復讐だと言ってまた来たかもしれないけど。
元気な脳筋といった様子を見せた三人組を一瞥して、アースラはそっと嘆息した。
頭目のリンダは下っ端よりは頭が回るようだった。仲間思いの一面もある。今回の仕返しをするメリットよりデメリットの方が大きいのは分かるだろうし、そんな事に仲間を振り回し、危険に晒すような真似はしないはずだ。
「万が一またやってきたとしても、顔を覚えたから次は好き勝手させないわ。安心しなさい」
そう言って歩を進めようとするアースラだったが、突然ぐんと後ろに腕を引かれててよろめいた。何するのよと抗議の目を向けると、ミレイユはゆるゆると首を横に振った。
「そうじゃありません。怪我した皆さんを放っておけないと言いたいんです。神殿に連れて帰って、治療させてもらえませんか」
「……あのねぇ」
呆れ混じりに半目をつむって見せる。ミレイユが助けたいと言っている相手は盗賊だ。戦闘で無力化したとはいえ、易々と距離を詰めていい相手ではない。
手を貸したらつけこむ隙があると思われて、後日また何らかの厄介事を持ち込まれる可能性だってある。とどめを刺さないだけ情けを掛けているのだ。野晒しにしたまま捨て置くくらいの事はしておかないと、こちらの平穏が守られない。
「あん……ミ、ミレイユのお人好しも結構だけど、こいつらには最後まで痛い目を見せておいた方が妾達の為になるの。その優しさは別の機会に使いなさい」
アースラの弁にミレイユは渋々ながら頷く……ではなく、再び首を振った。
「アースラさん、これはチャンスです。ここで盗賊団の皆さんと仲良くなっておけば、レストランの宣伝をしてもらえるかもしれません」
「それはそうだけど」
うーん、と唸りながら、アースラは眉間にしわを寄せた。
フットワークの軽い盗賊が味方についたら助かるのは間違いない。ミレイユの言うようにレストランを運営しやすい状況を作れるし、近隣市街の情報も得やすくなる。表には流れないアングラな話もうまくすれば聞き出せるかもしれないし、それも使いようによってはレストランを盛り上げる種になるだろう。
とはいえ、それらは全て皮算用に過ぎない。アースラはチラッと盗賊達に視線を投げた。全員、もれなく完全に伸びている。
――仲良くなろうなんて提案しても、願い下げだと言われそうね。
こちらを威嚇しながら逃げていく様子が目に浮かぶようだ。
「治療と会話だけじゃきっとどうにもならないわ。何か策はあるの?」
「……」
「……ちょっと?」
怪訝な面持ちで首を傾げるアースラに、ミレイユはハッと目を見開いた。
「も、もちろんです! 私のやり方で、盗賊団の皆さんにはお友達になってもらいます!」
慌てて胸を張りながら笑うミレイユに、アースラは一抹の不安を感じた。まさか、お友達になりましょう!と真っ向から言うつもりだったんじゃないだろうか。
――雲行きが怪しくなったら、早めにミレイユと盗賊団の間に割って入った方がいいわね。
そう決意したアースラだった。
◇◇◇
「う、うまい! 何だこれは!?」
「人参とピーマンは生涯の敵だと思ってたぞ……旨いと思ったのは生まれて初めてだ……」
「美味しいよう、美味しいよう」
神殿の食堂は、包帯に巻かれた盗賊達の歓声と咽び泣く声で溢れていた。
あれから二人は一度聖魔亭に戻り、戸締まりをしてから盗賊達を浮遊の
全員気絶している内に二人でせっせと消毒と手当を施した後は、盗賊達が目覚めた時に悪さをしないようアースラが見張り、ミレイユは夕飯を作る為に厨房へ向かった。
そうしてしばらくした後、ミレイユがアースラの分の夕飯を部屋に運ぶと、盗賊達は匂いに反応して目を覚ました。暴れもせず羨ましそうにアースラを見つめている様子は、あどけない子供を彷彿とさせた。
――最初の食い逃げ犯以外、昼を食べ損ねたからお腹が空いて仕方なかったのね。
それにしても、と、食堂の熱気にアースラは腕を組みながら目を丸くした。血気盛んで好戦的だった盗賊達が、ここまで毒気を抜かれるのは予想外だった。ミレイユと生活を共にするようになってから、料理というものの底力を何度も思い知らされる。こうも平和に、かつ迅速に人心を掌握するとは。
――考えようによっては、
すっかりミレイユに懐いておかわりしている盗賊達を眺めながら、肩を竦めた。キャッキャと食事を楽しんでいる彼女達に囲まれ、ミレイユはずっと笑顔を浮かべている。
ミレイユに万が一の事があったら、と警戒していたが、ミレイユは料理の腕と人柄で懸念材料を吹き飛ばしてしまった。大したものだと思う。
「アースラ、ちょっといいかい」
「ん?」
呼びかけに振り返ると、リンダがこちらを見据えながら歩み寄っていた。戦闘する気はないようで、声も動作も自然体になっている。
何よ、とアースラが言うより早く、リンダは深く頭を下げた。
「へっ?」
「あたいらは敵だってのに、これほどの慈悲を掛けてくれて感謝する」
「わ、分かったから。頭上げなさいよ、やり合った相手にそんな事されたら調子狂うじゃない」
しどろもどろになりながらそう言うと、リンダはゆっくりと元の体勢に戻りながら、愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「戦いの場じゃ猛る獣のようだったが、素のあんたは気のいい嬢ちゃんだったんだね」
「気がいいのは向こうにいるミレイユよ」
アースラは厨房を指し示した。
「妾はアンタ達を放置して帰ろうとしていたし、礼を言われる筋合いはないわ」
「そうかい。だとしても、だ。あたいらはこの人数だし、アースラは運んだり、手当てするのを手伝ったりしたんじゃないか? ミレイユの為にした事だとしても、あたいらが助けられたのは間違いない。ありがとうよ」
「……律儀ねぇ」
盗賊団らしからぬ実直な姿勢に苦笑して、アースラは盗賊達を見つめた。いつの間にか食事を終えていた彼女達は、誰が一番早く、丁寧に食器を洗えるかで競っていた。
側でその様子を見守っているミレイユはミレイユ姐さんと呼ばれ、にこにこと微笑みながらそれに応じていた。非常に平和な空間が出来上がっている。
「……こう言ったらアレだけど、アンタ達、盗賊向いてないんじゃない?」
「そうだな、あたいもそんな気がしてきた」
リンダは真面目な顔で頷いた。
「体を張って何かするなら、誰かの喜びに通じる事をする方が仲間達にも合っていそうだ。そうだ、これからは盗賊をやめて、冒険者チーム「リンダランダ」として、人助けをしていく事にするよ」
そう言って、リンダはニカッと豪快に笑ってみせた。そこに未練や迷いはなく、清々しい決意だけがあった。
思えば盗賊達は悪事を働いている間、面白おかしくて仕方ないと全身で訴えていた。今までリンダ達が盗みを働いてきたのは、盗まなければ生きられなかった、と言うより、この五人で張りのある楽しさを共有して生活する為だったのかもしれない。盗賊でなければならない理由がないなら、その肩書きを手放すのも悔いはないだろう。
スリルを求めて盗賊団になった。しかしミレイユの提案によりボロボロのところを助けられ、困ってる時に掛けられる優しさの温もりを知って、スリルよりも大きな価値をそこに見出した……といったところか。
「アースラ達のおかげで目が覚めたよ。あたいらに出来る事があったら喜んで協力するから、遠慮なく言ってくれ」
リンダはそう言って、手を差し出した。
――こんなところに着地するなんてね。
「助かるわ。これからよろしく」
アースラはリンダの手をしっかり握りながら、密かに微笑んだ。ミレイユがいなかったらこうはならなかった。隠れた策士に感謝しながらの握手は、固い。
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