第28話 ミレイユの異能

「反射の加護、ねぇ。まさかこんなとんでもないものがあったとはね」


 アースラはすっかり緊張を解きながら、ミレイユの右手の甲にある聖痕をじっと見つめていた。


 いつ起きるか分からないリンダ達を拘束した後、アースラは何が起きたのかミレイユに説明を求めた。ミレイユは何度か言い淀んだ後、右手の聖痕をアースラに見せながら、自分はあらゆる魔法や邪法ゲヘナを跳ね返す「反射の加護」を持つのだと打ち明けた。


「私が聖女とされたのは、この反射の加護を使ってるところを聖騎士の方に見られたからなんです」

「なるほどね。それで要塞都市に閉じ込められて、その反射の加護ありきの結界を張り続けたってわけね」


 侵攻を妨げる結界は非常に強力だった。あらゆる邪法ゲヘナを使おうと通用せず、攻撃が跳ね返される度、兵は次第に消耗していった。


 結界を消そうと画策していた時は、まさか侵攻が成功した当日に隷属の呪いを自分に掛けてしまう事になるなんて、夢にも思わなかった。


 アースラは己の下腹部を見つめた。そこには呪いの紋様がしっかり刻まれている。あの日、加護がミレイユを守って呪いを跳ね返した。そのせいで、ミレイユではなくアースラが呪いに掛かってしまった。原因が分かってしまえば単純な話だ。


「……あの、アースラさん、ごめんなさい。今までずっと、この事を黙ってて」


 ミレイユは落ち込んだ様子で頭を下げた。声が沈んでいる。二人で生活していくと決めたのに、大事なことを黙っていたのだ。詰られても当然だとミレイユが腹をくくっていると、アースラは呆れたように溜息をついた。


「あのねぇ、妾を何だと思ってるの? その能力がアンタを要塞都市に縛りつけたようなものだし、話す口が重くなるのも分かるわよ。謝る必要なんてない」

「……え」


 ポカンとするミレイユに、アースラはフンと鼻を鳴らした。気恥ずかしそうに視線を逸しながら、腕を組む。


「そ、それに、そこのリンダの魔法がへなちょこだったし? そうじゃなくても炎が当たった程度じゃ、妾は痛くも痒くもなかったけど? だけど……その、う、嬉しかったわよ。アンタが、妾の為に助けに来てくれた事」

「…………アースラさん」

「だから、えっと……あ、ありがとう……。でも! 今度から危険な事をするのはやめなさいよ! アンタに何かあったら、って肝が冷えるんだから!」


 顔を赤くして照れ隠しするアースラに、ミレイユは身を寄せ、強く抱きしめた。聖女として要塞都市にいた頃、一体誰が、こうして「ミレイユ」と向き合ってくれただろうか。一方的にぶつけられた好意の中に、アースラが与えてくれる優しさの温もりなんて、僅かでもあっただろうか。


 ミレイユに抱きしめられたアースラは慌てた。ミレイユに抱きしめられるのは満更でもないが、切実な様子できつく締め付けられると、鼓動が急速に早まってしまう。それが伝わってしまうのではないかと思うと、どうしていいか分からなくなってしまうのだ。


「ちょ、ちょっとアンタ、何よ急にっ」

「……名前を、呼んでくれませんか」

「は、えっ?」


 ぎゅうときつく腕に力を込めながら、ミレイユは名前を呼んでほしいと呟いた。


「要塞都市が陥落した夜みたいに。私、アースラさんに呼んでほしいんです。ミレイユ、って……」

「…………」


 まるで弱々しくお願い、と言われているようで、アースラはクラクラしてしまった。前にもこんな感覚に思考が溶けた事がある。隷属の呪いが発動している最中だった。ミレイユと二人きりで、うっとりと互いの視線に心を熱く蕩けさせて、キスした時。その時も、こんな風に視界が甘く揺らいでいた。


「……」


 今は呪いなど発動していない。それなのに、こんな気持ちになるなんて。アースラは頬を染めながら、そっと抱きしめ返して小声でその名を呼んだ。


 ミレイユ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る