第27話 女頭目

「……まだ、何かいる」


 眉をひそめたアースラは、ハッと目を見開いて後方へ飛んだ。一瞬前までアースラがいた所をバトルアックスが通り、遅れて突風が吹き荒れる。風に煽られながら飛ばされまいと腰を落としたアースラの前には、旋回して消えた武器が大地に残した、真一文字の巨大な傷があった。


「アースラって言ったね。あたいの可愛い部下達を随分やってくれたじゃないか」


 突風に舞い上がる枯れ葉の奥から、何者かが近付いていた。アースラとの距離が縮まるにつれ、大気そのものを徐々に重くさせるような威圧感を携えて。


 声の主は、右手のバトルアックスを掲げて斜めに振り下ろす。唸りを上げる武器に枯れ葉の幕は切り裂かれ、現れたのは堂々とした風体の女だった。


「リンダ・ランダだ。盗賊団の頭目をしている」

「来るのが遅かったわね。お仲間はご覧の有様よ」


 視線でアースラが三人を示すと、リンダはため息をつきながら静かに目を伏せた。


「だから慎重に行けと言ったのに……。どうせ隠れてればいい時に躍り出たんだろう」

「そうよ。アンタはあの場にいなかったのね」

「ああ、食い逃げさせた奴と共にお前達の店の物を根こそぎ奪ってたからな」

「それ妾に言っちゃっていいのね」

「もう済んだ事だからな。そうだ、持ち帰らせた料理を少しつまんだが美味かったぞ」

「……そりゃどうも」


 神妙な顔をしてサラッとあれこれ話すリンダに、アースラは内心白目を剥いた。


(どっか抜けてる連中だと思ってたけど、親玉がこれなら納得だわ)


「そこの伸びてる奴らはお前達を襲撃して、時間稼ぎさえすれば良かったんだが、手柄を立てて褒められたいと躍起になっては下手を打つんだ」


 まだ話すのか。


「まぁ可愛いじゃないの、とんでもないアホ揃いだけど」


 しまった流れで答えちゃった。


 敵だと忘れそうになる空気になってしまった。どうしよう。こうなったら雰囲気を利用して、穏便に身柄を確保出来ないだろうか。アースラは盗賊から奪って余らせた縄にそっと手を伸ばす。一方で、リンダは満足そうに笑っていた。


「そうだ、可愛いんだあたいの仲間達は。だから……」

「ッ!」


 ドン、と破壊音が響き渡った。身を翻したアースラの真横には、深々と地面にめり込むバトルアックスがある。リンダは笑った。瞳孔を開いて、狩りに盛る肉食獣のように。


「痛みつけて無事で済むと思わない事だ、ね!」


 リンダの拳がアースラへ飛んでくる。結局こうなるんじゃないの!と叫びたくなりながら、アースラはリンダの猛攻撃をヒラリヒラリとかわしていく。


 頭目と言うだけあって、他の盗賊とは身のこなしが違った。バトルアックスを振り下ろした勢いに乗って放つ蹴りは鋭く、かつアースラの動きを決して見逃さない。


「大人しくやられな!」

「ハイ分かりました、って言うわけないでしょ!」


 リンダはバトルアックスを振りかざし、アースラは素早くその懐に潜り込んで足払いを試みる。リンダは軽快にそれを避け、間髪入れずにバトルアックスを斜めに振り下ろそうと構えた。アースラはその手首を掴んで抑え込み、強引に攻撃を回避する。


 小刻みに震えるバトルアックスを横目に、間近で睨み合う。互いの高ぶりが摩擦を生み、肌がジリリと焼けそうになる。


「へぇ、よく見たら悪くないツラだねぇ。その可愛らしいお顔が悔しそうに歪んだら、さぞかし映えるだろうよ」

「生憎、妾が敵に見せるのは勝ち誇った顔だけよ!」


 アースラはリンダの服を掴み、体を折り曲げてバトルアックスごと投げ飛ばした。宙で回転するリンダは焦るかと思いきや、ニヤッと笑っていた。バトルアックスを地に投げ、着地するまで雄叫びを上げ続けた。


「ハ、怯ませようったってそうは――」

「アースラさん、後ろ!」


 ミレイユの警告を掻き消すように、蹴りの風音がアースラに迫る。アースラは上体を反らして回避し、攻撃してきた人間を眇め見た。蹴りを放ったのは、二人が追い続けていた食い逃げ犯だった。


「今はアンタの相手してる場合じゃ――」


 アースラが言い終わらない内に食い逃げ犯は走って逃げた。代わりに飛んできたのは、リンダのバトルアックスだった。舌を打つ。こちらが体勢を整える前に、バトルアックスで仕留める算段なのだろう。


 そうはさせない。横へ跳ねるように飛び、間一髪でバトルアックスの軌道から逸れた。今のは危なかったとアースラは安堵する。飛んだ勢いのまま転がり、地面の上で無防備になっている状態で。


 その無防備な状態こそが、リンダが欲したものだった。勝利の笑みがリンダの口元に広がる。


「炎のつぶてよ、迸れ。ファイアシューター!」


 高らかな詠唱にアースラが振り返ると、リンダが放った炎のつぶてが既に近くまで飛んできていた。目を見開いたアースラは、その場から動けなかった。直感で分かった。これは避けられないと。


(……しくじった!)


 悔しさに歯噛みしながら、アースラはグッと固く目をつむった。場違いな優しい匂いがふわりと鼻先を掠めたのは、その時だった。ふと辺りが暗くなり、何かと目を開いた先にいたのは……。


(――ミレイユ!?)


 いつの間にか駆け寄っていたのだろう。ミレイユはアースラの盾となるように立ち、右手を炎に突き出していた。


 青ざめてミレイユを庇おうとするも遅かった。目を焼く閃光が迸り、視界が全て漂白される。徐々に光は引いていったが、ミレイユの状態を思うと、アースラは目を開くのが怖くなった。しかし、そんな事は言ってられない。事態は一刻を争うのだから。


「ねぇ、生きてるわよね!? お願い、返事して!」


 炎はアースラの代わりに、ミレイユを傷つけたのだ。早く手当てしなければ、生身の人間であるミレイユは……。


 絶望が濃くなるのを感じながら、ぎこちなくミレイユを探したアースラは、ふと衝撃的なものを目にしてしまった。それは、こうなればいいと望んでいたものだった。しかし、それは決して叶わないもののはず。だというのに、何故それが現実になって、目の前にあるのだろう。


「…………なん、で、あんたは無事で、リンダと食い逃げ犯がやられてるのよ……?」


 地面に倒れていたのは、焦げて髪を爆発させているリンダと、食い逃げ犯だった。ミレイユはその側で、申し訳無さそうに俯いていた。全くの無傷で。

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