第26話 お客様は盗賊団
「いたっ!」
不意にミレイユが足を止めた。その頭から、松ぼっくりがボタボタと落ちていく。新たにまた飛んでくる松ぼっくりにアースラが視線を上げると、食い逃げ犯はそこにいた。樹上からわざとこちらの注意を引いたらしい。おちょくる為に。
食い逃げ犯は小馬鹿にしたように舌を見せ、木から木へ飛び移った。
「あんの大食い!」
「いたた……もう、何するんですか! 人に物を投げちゃいけません!」
ミレイユは頬を膨らませて走り始めた。その背を追いかけたアースラは、前方に現れたものに顔をしかめた。街道から少し外れれば、草木は手つかずのまま伸び放題になっている。食い逃げ犯はその奥へ逃げたのだ。
近くに獣道や脇道はない。かといって
食い逃げ犯は木の上を身軽に飛んでいるが、二人は思うように進めない。背の高い野草がびっしり生えているせいで、アースラはミレイユから離れないだけでやっとだった。
ろくに足元も見えない中、草を掻き分け、くいを見失わないようにして走るだけで精一杯だった。息を潜めた監視の影が側にあっても、気付く余裕がない程に。彼らは食い逃げ犯を見送り、樹上でアースラとミレイユを見つめていた。手元には、怪しげな大きい籠がある。
アースラ達が真下を通る時、樹上の影は動いた。
「奴らが来たぜ! せーの!」
「え」
今の何、とアースラが立ち止まった途端、フッと辺りが暗くなった。見上げると、大量の葉が塊になってこちらに迫っていた。目を白黒させるミレイユをとっさに引き寄せ、塊の中心から逃れようとアースラは駆けた。その足に、ピンと張られた縄が引っかかる。
倒れると思った時には遅かった。強かに顎を地面に打ちつけ、痛みが走る間に枯れ葉の滝が二人を飲み込んだ。ドザザザと葉の落ちる音が全身を覆う。立ち上がる隙もなかったせいで、葉の猛攻になす術もない。
「うえっ、ペッペッ! ったく何だってのよ!」
ザバッ、と底から頭を出した二人に食い逃げ犯は手を叩いて笑い転げた。
「や〜いノロマ! バーカバーカ!」
罠にはまったのが嬉しいのだろう、キャッキャとはやし立てている。すっかり埋もれていたアースラが起き上がりざまに睨みつけると、食い逃げ犯はおどけて素早く奥へと去ってしまった。食い逃げ犯との距離は一向に縮まらず、埒が明かない。
「もう、腹立つ! 無銭飲食はするしすばしっこいし、山猿みたいな奴ね!」
悪態をつきながら周囲を見回し、アースラは舌を打った。葉の罠を仕掛けたとおぼしき存在は既にない。厄介だ。食い逃げ犯の仲間を先に仕留めなければ何度足止めを食らうか分からない。どうにかしておびき出す手立てはないものか。
頭を働かせながら、ふと視線を横に流してみる。ミレイユは黙ったまま、複雑な面持ちで目を伏せていた。口は固く閉ざしている。
(大事な店の開店初日がこれじゃ無理もないわ。妾より受けたショックが強くて、何も言えないってとこかしら)
まだ日も上らない時間から、ミレイユは顔をほころばせながら開店の準備に励んでいた。踊りだしそうな足取りでせっせと支度をし、喜びの笑みを何度も密かに浮かべていた。その心をこれ以上曇らせるのは、やるせない。
さっさとこの騒動を片付けよう。食い逃げ犯への苛立ちを決意に切り替えていると、ミレイユはそっと身を寄せてきた。何事かとまばたきするアースラの肩に手を乗せ、ミレイユはじっとアースラを見つめた。
「アースラさん。悪人さんに文句を言いたくなる気持ちは分かりますが、人間だと名乗るのもおこがましい低俗な猿だなんてさすがに言い過ぎですよ」
「妾はそこまで言ってないわ」
何を言ってるんだこの子は。
相変わらずの天然具合に白目を剝く。どうやらアースラを窘める言葉を考えて黙っていただけらしい。思っていたより堪えてなさそうだ。心配して損したとまではいかないが、なんだか気が抜けてしまった。
ケタケタと笑い声が降りてきたのはその時だった。
「ハ、笑わせるぜ!」
「その山猿にしてやられたのはどこのどいつだ?」
「追い詰められてるのに情けない奴らだ」
二人の前に躍り出たのは、三人の女だった。しなやかな筋肉を見せつけるような軽装に、俊敏な身のこなし。そして人をからかって遊んでいるようなこの態度。彼女達の様子は、樹上を駆ける悪人とそっくりだった。
「アンタ達、食い逃げ犯が言ってた仲間達ね」
三人組はそれぞれ仁王立ちで得意げに頷いた。
「そうさ! 我らはリンダランダ盗賊団!」
「誇り高き盗賊だ!」
「さぁ跪きな! 大人しく我らに従うなら、身ぐるみ剥がすのは勘弁してやるよ!」
盗賊団は高らかに言い放った。が、アースラは動じなかった。近場の木に歩み寄り、渾身の力を込めて蹴りを入れる。ズンと振動した木は蹴りの一撃で幹を大きく抉られ、盗賊団のいる方へメキメキと倒れていく。
悲鳴を上げながら散り散りになる盗賊団を横目に、アースラはミレイユを抱き上げて安全な場所へ避難させる。敵から来てくれるなら好都合だ。ここで仕留める他はない。
「このアースラ様に喧嘩を売るなんて、命知らずもいいところね。自分達の無知を恥じて後悔するがいいわ!」
高らかな宣戦布告が場の空気を張り詰めさせる。電流のような緊張と高揚を察した盗賊団はすぐさま臨戦態勢になり、獰猛な笑みを浮かべた。一発触発。視線の火花散る戦場に飛んできたのは、ミレイユの声だった。
「アースラさーん、悪者さん相手でも力は抑えて下さいね!」
「分かってるわよ。どう見ても妾が本気を出さなきゃいけない相手じゃないし、手加減してやるわ」
他に気が向いてる間に裏でコソコソ動かれるのが厄介というだけで、向き合ってしまえば恐れるものはない。ミレイユに返したのはアースラの本音だった。しかし盗賊団は煽られたと感じたらしく、見る見る内に目が吊り上がり、顔は真っ赤に染まっていく。
「てっ、手加減だぁ!?」
「ふざけるな! 我らが誇り高きリンダランダ盗賊団に、お前のような小娘が手加減だと!?」
「舐めた態度を取った事を後悔させてやる!」
ワァワァと騒ぎ立てる盗賊団に、アースラはフンと鼻を鳴らした。
(身の丈に合わないプライドを持つと大変ね)
木を倒された時、盗賊団はパニックを起こして悲鳴を上げた。自分達が優位に立つ事ばかりを想定しているから、予想外の反撃に対応しきれず弱さが出るのだろう。敵にそんなものを見せる時点で勝敗は決しているのに、盗賊団は気付いていない。
「弱い犬ほどよく吠える」
哀れみを込めて目を眇めると、いよいよ盗賊団は怒りを爆発させた。
「貴様ぁ〜! 言わせておけば!」
剣が鞘から抜き取られ、耳障りな音が鳴る。激昂した三人は一斉に襲いかかってきた。迫りくる斬撃は容赦ないが、相手はアースラだ。次々に繰り出される攻撃をアースラは素早くかわし、髪一本すら剣に触れさせない。
軽くいなしたアースラは高く飛翔して距離を取ると、宙でくるりと回転し、空を蹴る。天から放たれた弾丸と化したアースラの落下地点には、獲物を取り逃した盗賊団が三人集まっていた。
「おいおいおいあんなのアリかよ! 逃げろ!」
盗賊団は全速力で走りだす。その背後で、骨まで震わせる爆発音が響いた。音の中心地から巻き起こる突風に三人は吹っ飛ばされ、木や地面に全身を打ちつける。
轟音の唸りが引く頃にようやく土煙も引き、陥没した地面が露わになった。怪我一つもなく当然の勝利を収めた、狂嵐の魔皇女がそこに立つ。
「……」
地面を穿った拳から砂を払い、アースラは周囲を見回した。ミレイユは警戒を解かないアースラを見つめ、不思議そうに首を傾げている。ミレイユの近くには、樹上を含め怪しい影はない。盗賊の三人は目を回して気を失っている。だというのに、風がやけに騒いでいた。
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