第24話 初めてのお客様

 雲一つない快晴。清々しい青空の元、開け放した窓から森林の呼吸がサラリと聖魔亭を駆け抜ける。ザクザクとリズミカルに野菜が切られていく音と、慌ただしく床を叩く靴の音。優しい木の匂いに包まれた新しいレストランは、朝から二人の活気に満ちていた。


「アースラさん、パスタの種はどんな調子ですか?」

「言われた通り搾りたてのオリーブ油で繋げて、こねて小分けにしておいたわ。冷暗所で寝かせておけばいいのよね?」

「はい、ありがとうございます」


 ミレイユは笑顔で頷いた。


 聖魔亭は邪法ゲヘナによって内部設備の不足が補われ、昼からの開店に向けて早速動き始めていた。今日の開店準備に備えて昨晩はいつもより早く寝て、二人は早朝からテキパキと準備に励んでいた。


 下拵えに奔走するミレイユを横目に、アースラは窓の外へ身を乗り出した。神殿を出た直後の風は痺れるように冷たかったが、それがいつの間にか優しく温んでいる。空を見上げれば案の定、日が高くなっていた。


 そろそろ空腹を訴える人々が現れる頃合いだ。街道に出て呼び込みをしようと扉へ向かうと、ミレイユは慌てて呼び止めた。


「アースラさん、ご飯食べないとお腹空きますよ。これをどうぞ」


 差し出されたのは、保存食と似たものに新鮮野菜が挟まった、大きなサンドイッチのようなものだった。野菜を覆う皮は焼き立てなのか、包み紙の奥からじわりと熱が伝わってくる。


「とっておいた保存食の生地に香味野菜のみじん切りを練り合わせてアレンジした、特製サンドイッチです。試作品なので、後で感想を教えて下さい」

「へぇ、いいじゃない。頂くわ」


 受け取ったサンドイッチの色彩豊かな具材に胸を躍らせ、アースラは外へ飛び出した。振り返れば『聖魔亭』の看板が、日差しを受けて凛ときらめいている。快い疲労を感じながら見上げるそれは一層良い物に見え、アースラは目を細めてサンドイッチにかぶりついた。


 スライスした玉ねぎに厚切りトマト、アクセントの酸味にレモングラス。舌を楽しませる美味に頬を緩ませたアースラは、顔の大きさ程もあるそれを軽く胃に収めていく。惜しみながら最後の一口を味わっていると、背後から足音が近付いてきた。見れば女性が一人、羨ましそうにアースラを眺めていた。


「なぁあんた、さっき旨そうなのを食ってたろ。もしかしてそこの食い物屋のものか?」


 女性は聖魔亭を指差して腹部をさすった。その腰にはよく使い込まれた剣帯が、背には背嚢がある。街道を利用している旅人だろう。


 女一人の旅だというのに身軽な装備で済ませている。近距離を移動中の玄人か、余程の無鉄砲者と言ったところか。身近な危険を知らない者特有のまだらな気の緩みは感じられないから、後者ではなさそうだ。


 アースラは得意げに頷いた。大仰に腕を広げて最初の客人に示すのは、最高のシェフがいる自慢のレストランだ。


「そうよ。旅の疲れを忘れさせる、とびきり美味しいご飯でおもてなしするわ。聖魔亭へようこそ!」

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