第23話 お店を手に入れた!

 食事を終えた二人は、麓の街道近くにやってきた。レストランをやるならお店を建てなければ始まらない。アースラは畑作りの時に出た大量の木材を浮遊の邪法ゲヘナで運び、ミレイユを横抱きにして宙に浮かんでいた。


 ミレイユはアースラにしっかり掴まりながら、街道脇の茂みを見下ろしている。


「この辺りはどうでしょう? 上り坂が始まる所ですし、腹拵えをしたい方がレストランに来てくれるかもしれません」

「そうね。でもこの辺りはどこも鬱蒼としてて、レストランがおどろおどろしく見えそう。風通しも悪いし、他を当たりましょ」


 ミレイユの了解を得て、アースラはスイとその場から離れた。


 レストランを建てる場所を歩いて探すより、高所から広範囲を見渡して探した方がいい。そう提案したのはアースラだった。ミレイユは二つ返事で承諾し、飛んでいるアースラに変わって真剣に良さそうな場所を探していた。


 アースラも真面目に街道やその付近に視線を向けていた。が、その顔はほんのり赤かった。こうしてミレイユと密着していると、ミレイユの匂いがふわりと鼻先を掠め、体の柔らかさや温もりが伝わってくる。そうするとどうしても、お風呂での出来事を思い出してしまうのだ。


 当たり前だが外で二人揃って素っ裸になってるわけじゃない。あの時とは状況が全く違う。それなのに、心臓が勝手に早鐘を打ち始めていた。ミレイユの甘い声色が、素肌に絡んでくる火照った手足の熱さが、鮮やかに思い返される。


 鼓動が、うるさい。


「……あの、アースラさん」

「な、ななな、何よ! べっ、別に、やましい事なんて、か、考えてないわよ!」


 何か気取られたかと焦って、とっさに出た言葉は不審極まりないものだった。これでは自白も同然だ。何をしてるんだと頭を抱えたくなったが、ミレイユはアースラの発言に追求はしなかった。その代わり、恥ずかしそうに視線を逸らして、目を伏せた。


「アースラさんはそうかもしれませんけど、私は……その」

「な、何よ。言ってみなさい、何考えてんのよって、笑い飛ばしてあげるわ!」


 自分の挙動から話が逸れた事に安心しつつ、危なかったとドキドキしながらアースラは虚勢を張った。そして話すよう促した事を、後悔する羽目になる。ミレイユは恥じらいながら片手を口元に添え、上目遣いでアースラを見つめた。


「……その、アースラさんとキスした日も、こんな風に抱えられてたなぁって……思って」


 カァァと赤面しながらミレイユはそう言った。羞恥の限界を迎えたアースラは、その場で自然落下した。ミレイユの悲鳴が上がった直後に何とか持ち直したアースラは、赤くもあり、青白くもある奇妙な顔になっていた。ミレイユはすっかり怯えてアースラにしがみついている。


「あ、あ、危ないじゃないですか、アースラさん!」

「あんたが変な事言うからでしょうが!」

「アースラさんが言ってみなさいって言ったんじゃないですかぁ!」

「その話だと思わなかったのよ! 次そういう話をしたら、あんたは徒歩で行ってもらうわ!」

「そんなぁ、横暴です!」

「横暴じゃない!」


 キャンキャンと言い争いながら、二人は街道近くをフラフラ浮いて進む。賑やかなひと時は、それからしばらく続いたのだった。



◇◇◇



 ようやくレストランを建てるのに相応しい場所を見つけた頃には、お互いに頭が冷えて落ち着いていた。見晴らしが良く、付近に小川も流れている小広場に立ったアースラは、浮遊させていた木材を邪法ゲヘナで最適な形に切断しつつ、それらを組み立てていく。大量にあった木材は、あっという間に素朴な佇まいのお店に姿を変えた。


「木材だけだと強度がちょっと不安ね」

「アースラさんって石を創る事が出来ましたよね? ほら、邪神像の時の」


 ミレイユは邪神像の大きさを再現するように、両手を広げて見せた。アースラは軽く頷く。


「あぁ、創造の邪法ね」

「あれで、石のブロックを作って補強するのはどうでしょうか?」

「いいわね、それでやってみましょ」


 スゥ、と息を吸い込んで、アースラは精神を研ぎ澄ませる。


「石塊を創造せよ」


 創造の邪法ゲヘナが詠唱によって発動し、大地を振動させながら石塊が現れた。アースラが指揮するように右腕を振ると、石塊は一瞬で適度な大きさに分断された。それらは木造のお店に張り付いて、頼りない部分を全て補強して固める。


 こじんまりしていて、やや無骨で、それでいてキラキラとした期待を背負った、素敵なレストラン。街道の側に建ったそれが、アースラとミレイユのお店になる。


「これで完成ですね!」

「ちょっとしょぼいけど、とりあえずは及第点かしら」

「はい。これから改良してお洒落なお店にしていきましょう」


 ミレイユはうんうんと嬉しそうに笑いながら頷いた。念願のお店なのだ。ミレイユの目にはきっと、ポテンシャルに満ちた輝かしい小さな城のように映っているのだろう。


「そういえば、お店の名前はどうするの?」

「実は考えてあるんです。『聖魔亭せいまてい』とかどうでしょうか?」

「聖魔亭?」


 アースラが首を傾げると、ミレイユは大きく頷いた。


「はい。私とアースラさんのお店なので、聖女と魔皇女から一文字ずつ取ってみました」

「へぇ、いいじゃない。気に入ったわ」


 アースラは腕を組み、勝気な笑みを浮かべた。店の名前の由来に自分も入っているなんて、嬉しくないはずがない。


「では、聖魔亭に決定ですね。一緒に頑張りましょう、アースラさん!」


 ミレイユはその場で何度も飛び跳ねながら、幸せそうに笑った。


 聖魔亭。二人の日常に新たな風が流す起点。それはミレイユはもちろん、アースラにも強い期待を抱かせた。楽しい日々の予感が、笑みを誘った。

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