第21話 収穫をするわよ!

 降り注ぐ陽光に温められたそこは、日と土の匂いがした。


 畑にやってきたアースラは一帯に視線を走らせたが、案の定、求める野菜は一つも実っていない。ミレイユが言った通り、食料として数えられる野菜ができるまで時間が掛かるのは明らかだった。アースラは構わず、ずんずんと畑の中心へ向かって歩を進める。


「あの、アースラさん、何を始めるんですか?」


 ミレイユは畑の縁で立ち止まり、首を傾げた。大人しくついてきたのはいいものの、着いたのは整えたばかりの畑。アースラの考えに通じるヒントはどこにもないように思えた。


 アースラは振り向きながら、両腕を広げてみせた。


「決まってるじゃない、収穫よ!」


 嬉しそうなアースラの返答に、ミレイユはいよいよ困ってしまった。訳が分からず、首を横に振る。


「いえ、それは無理です。まだ芽も出て来ていませんし」

「大丈夫よ、これから畑には急いで成長してもらうから」

「いえ、ですから、人間に時間をどうこうすることは――」

「それよ!」


 ビシ!とアースラはミレイユを指差した。知らずの内に核心をついたミレイユは、アースラの唐突なリアクションに目を丸くする。一瞬の沈黙。緊張感のないゆるい風が二人の間に通り、ミレイユは怪訝そうにアースらを見つめた。


「え、どれですか?」

「時間よ! 人間には無理でも魔族には出来るわ! 時間が掛かるなら、時間を加速すればいいのよ!」


 アースラは勝利宣言をするように胸を張った。ミレイユは予想もしていなかった答えにポカンとして、しばし言葉を失った。アースラの邪法ゲヘナは想像を超える威力や効果を持つことは重々承知している。しかし、まさか人間にはどうしようもない時間を自在に操るなんて、思いもよらなかった。


「そ、そんなことができるんですか!?」

「当然よ。妾を誰だと思っているの? 狂嵐の魔皇女アースラ様よ! 時間加速の邪法くらいやってのけるわ!」

「凄いです……! それが本当なら一気に問題解決です!」


 ミレイユは期待に目を輝かせた。不可能を可能に変えてしまう少女は、無邪気に喜ぶミレイユに自信を見せつけるように胸を反らす。


「ふふん、まぁ見てなさい」


 アースラは右手を掲げると、ギュッとその手を固く握りしめた。鋭い爪が柔らかい手の肉に食い込み、とろりと赤い物が垂れ落ちる。鮮やかなルビーを彷彿とさせる血の滴はぽたり、ぽたりと大地を濡らし、そこから炎のような禍々しい紋様が伸び広がっていく。一瞬の内に、畑はアースラを中心にして広がった、巨大な魔法陣に丸々囲まれた。


 アースラは手に残る血を軽く舐め、高らかに詠唱を始めた。


 穿たれたるは時の孔

 満ちて欠けたる暗澹の月

 進む針は光陰の如く

 廻る針は円環の如く

 千の落陽束ねて一夜

 孔に溢るる刹那の悠久

 時よ疾れ


 唱えられた呪文に呼応し、魔法陣は脈動しているかのように赤く光り輝いた。ミレイユが驚きの声を上げている。魔法陣の内側の時間が加速し、畑中に現れた小さな芽が、みるみる内に立派に育っていったからだ。


 細く頼りない茎は逞しく背を伸ばし、深緑の葉を茂らせていく。麦も野菜も収穫可能の状態になるまで、あっという間だった。


「これで、今晩は美味しいものが食べられそうね」

「やりましたね、アースラさん!」

「わっ!?」


 駆け寄ってきたミレイユに勢いよく抱き着かれ、倒れかけたアースラは慌てて体勢を持ち直した。ミレイユもたたらを踏んで、互いに目を見開きながら相手を見つめた。数度のまばたきの後、なんだか締まらないおかしさに笑いながら、二人は抱きしめあって飛び跳ねた。


 その後、協力して収穫した野菜は、日の光を浴びてつやつや輝き、とびきり美味しそうに見えた。野菜を抱えて神殿に戻る二人の喜びもまた、野菜に負けず、輝いていた。

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