第20話 食糧難です

「こちら、本日のご飯です」


 そう言ってミレイユが食卓に並べたのは、今までの朝食とは打って変わって質素極まりないものだった。皿に乗ったものをまじまじと見つめて、アースラは怪訝そうにミレイユに視線を移した。


「何、これ?」


 指差した先にあるのは、黄ばんだ白っぽい何かだった。のっぺりしたその四角い物体から、焼き物特有の香ばしい匂いが微かにする。しかし、空腹を刺激するその匂いがあっても、見た目が見た目で美味しそうとは思えない。


「もう食料が殆どないので、残っていた芋類や小麦粉をペースト状にして混ぜ込んだ保存食を作ってみたんです」

「保存食ねぇ……」


 試しに一口食べてみる。料理上手のミレイユが作ったのだ。食欲をそそるとは言いにくい見た目でも、案外美味しいかもしれない、と少し期待していたのだが……。


「どうですか?」


 ミレイユの問いかけに、アースラはゆっくりと四角い物体を口元から離した。渋い顔で、ゆるゆると首を振る。


「なんかパサパサしてる。塩っけばかりで美味しくない……」

「やっぱりですか。お塩はアースラさんの塩水から作れるんですけど、他の調味料が現状手に入らないので、単調な味付けしかできないんです……」


 ミレイユは残念そうに肩を落としてしまった。自慢の腕を振るえず、極限まで妥協したものしか作れないのがやるせないのだろう。


 ミレイユは食べる人が喜ぶようなものにしようと、いつも真心込めて料理している。アースラが食事の時に美味しいと言いながら笑顔になるのを、毎回飽きもせず幸せそうに頬をほころばせて眺めているくらいだ。ミレイユにとっては活気ある食事の時間もかけがえのないひと時だったのに、それを失ったのだ。落胆するのも無理はない。


 アースラは小さく唸って、保存食をじいっと見つめた。そして大きくかぶりつく。水分の足りないパサついた食感のせいで眉間にシワが寄るが、それでもアースラはそれを咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。


「まぁ、美味しくないけど、食べられないことはないわよ。美味しくないけどね」


 アースラはもそもそと保存食を食べながらそう言った。変に気を遣ってもすぐバレるだろうし、ミレイユの落ち込みを悪化させるだけで意味がない。だからせめて、少ない材料を駆使して保存食を作ってくれたミレイユに、しっかり食べているところを見せたいアースラだった。


 ミレイユはホッと安心したように表情を緩めた。少しは気が晴れたのだろう、目から憂いが抜けている。ミレイユはピッと人差し指を立て、アースラが食べてる最中の保存食を見つめた。


「ちなみにお野菜が収穫できるまでは、食事は一日に一回、保存食一切れになります」

「はぁ!? なんでそうなるのよ!」


 思わずアースラは声を張り上げた。保存食の腹持ちは多少いいだろうが、そこまで量が少ないと空腹に耐えられる自信がない。何とかならないものか。


 ミレイユは保存食を指差し、どうしようもないんだと言うように肩をすくめた。


「残っていた食材を全部これに使ってしまったので、もう他に何もないんです」

「そ、そんなぁ……」


 淡い期待を容赦ない現実によって斬られたアースラは、がっくりとうなだれた。ミレイユはそんなアースラを鼓舞しようと、優しく肩を撫でながら頷いた。


「大丈夫です。修行中の神官さんは一日に一回しか食事を取らないと聞きますし、死にはしないはずです」

「妾は神官でもないし、修行中でもないわよ……。それで、野菜はいつ収穫できるの?」


 すっかり意気消沈して問いかけると、ミレイユは腕を組んで唸り始めた。


 現状、手っ取り早く入手できる食料のアテはそれしかない。畑の野菜が早々に育ってくれさえすれば、この食糧難は解決するのだ。美味しいとは言いがたい保存食しかなくて、それさえ満足に食べられない日々が続くと思うと気が遠くなる。来週には何か収穫出来ないだろうか。


 しばらく考え込んでいたミレイユは、首を傾げてアースラに視線を向けた。


「うーん、多分、一番早くて大根の収穫じゃないでしょうか? それでも三週間は掛かるかと思います」

「三週間!? 三週間も保存食だけで過ごせと言うの!? 嫌よ、絶対にいや! なんとかしなさいよ、あんた!」


 痛切な悲鳴にも聞こえるアースラの叫びに、ミレイユは困ったように首を振った。


「そう言われましても、野菜が育つにはどうしても時間が掛かります。人間に時間をどうこうする事はできないんです」


 ミレイユの主張は最もだった。根が張るまでしっかり水やりしたり、こまめに雑草や虫の処理をして野菜が育ちやすいようにするくらいならできる。その結果、予定より数日早く実がつくかもしれない。最善を尽くしてもその程度だ。食料として申し分ないものを一日二日で用意することはできない。


 アースラは八方塞がりだと突きつけられ、ついに頭をかきむしりたくなった。が、あることに気付いてハッと目を見開いた。


「人間……。時間……」


 ミレイユの発言を思い返しながら、ブツブツと呟く。確かにミレイユが言った通り、人間には時間の流れを好きに操るなど不可能だ。魔族ですら簡単に手出しできるものじゃない。定めた区域内の時間を限定的に加速させるだけでも、非常に高度な邪法ゲヘナを発動させられる邪力が必要になるからだ。しかし、この狂嵐の魔皇女たる自分なら?


「……あの、アースラさん?」


 急に自分の世界に入ってしまったアースラにミレイユが声を掛けると、アースラは勢い込んで立ち上がった。ついさっきまで見せていた気の落ち込みは既になく、なぜか勝ち誇ったように口角を上げている。


「ふふふ、良いことを思いついたわ。出かける準備を済ませ次第、妾についてきなさい!」

「はぁ」


 不思議そうにぱちぱち瞬きするミレイユに、アースラはニッと笑いかけた。力はあるに越したことはない。殺伐とした戦いからかけ離れた日常で、それを実感するとは思わなかった。己の能力に感謝しながら、アースラは浮き足立っていそいそと支度を始めるのだった。

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