第19話 畑を手に入れた!
木漏れ日と葉の影を受けてまだら模様になりながら、二人は種苗が入った籠だけ乗せた馬車を引いて神殿近くの山を歩いていた。ミレイユは畑にしたい場所があるようで、時折馬車の前に立って先導している。
アースラは顔を上げ、周囲を眺めた。神殿に身を置いてからまだ間もないはずなのに、他所の土地にいるような気疲れを感じない。いつの間にか、すっかりこの辺りに馴染んでしまったようだ。
――この子の影響かしらね。
アースラはミレイユの背を見つめた。陽気な日々の側には、必ずミレイユの笑顔がある。それをここで見てきたから、他所、という感覚が薄れてきたのかもしれない。
アースラの柔らかな視線を向けられているミレイユは、キョロキョロと周囲を眺めて立ち止まった。
「ここです! この辺り良い感じに平地になっていて、畑を作るのに適しているんです」
アースラは馬車を停まらせ、ミレイユにならい改めて周りを見つめた。確かに斜面ではなく、地面の隆起もない。しかし畑にする場所として見ると、問題が大アリだ。
「適しているって、木がいっぱい生えてるじゃない。というか、ほぼ森ね」
「はい。ですので、アースラさんにババーっと伐採してもらおうと思ったんです」
「え」
聞き間違いかと思ってまじまじミレイユを見つめると、ミレイユは満面の笑みでガッツポーズした。
「アースラさんのパワーなら一瞬で片づけられます! 頑張ってください!」
応援されている。最近、純粋な期待を込めて雑な扱いをされてる気がするが、気のせいだろうか。
アースラは腰に手を当て、ズイとミレイユに詰め寄った。こっちは狂嵐の魔皇女だ。高貴な身分の魔族であり、困った時に役立つお助けアイテムではないのだ。二つ返事で了解していいものじゃない。
「あのねぇ、妾は斧でもないし、爆発物でもないのよ。便利に使おうとしないで!」
「でも、アースラさんもご飯が食べられなくなったら困りますよね?」
「うっ、それはそうだけど……」
痛いところを突いてくる。行動を起こさなければ食料は尽きる。かと言って、進んで伐採するのも腑に落ちない。
アースラがうろたえていると、ミレイユは嘆かわしげに頬に手を添え、ハァ、と溜息をついた。
「アースラさん、いつもおかわりするから、もう食料が殆どなくて……」
「わかった、わかったわよ! やればいんでしょ!」
ミレイユの発言に被さるようにヤケ気味でアースラは叫んだ。よくおかわりしているのも、それで食料の減りが早くなってるのも事実だが、繰り返して口にされるといたたまれなくなる。アースラの協力を得たミレイユはにっこり微笑んだ。
「はい、よろしくお願いします♪」
アースラはやや涙目で唇を噛んだ。ミレイユの嬉しそうなキラキラした笑顔が、ほんの少しだけ憎い。
◇◇◇
「ふぅ、とりあえずこんなところね」
額の汗を拭って、アースラは満足げに笑みを浮かべた。見上げれば枝葉の屋根にぽっかり穴が空いたように、晴れ空が覗いている。
ミレイユは服についた葉を払いながら、小走りで戻ってきた。落ちた枝葉を腐葉土に使いたいと言って掻き集め、アースラが木を切り倒している間に下準備をしていたのだ。
「お疲れ様でした。木材はまた今後なにかに使えそうですから、保管しておきましょう」
「そうね。一部は薪にして、その他は使い道が決まるまでこの形のままにしておくわ」
アースラはミレイユに下がっているよう伝え、腰を落として力を溜めた。ゆっくりと呼吸を整え、カッと目を見開いたアースラは幹を宙に放り上げると、風の刃で切りさばいた。落下した幹は何事もなかったように見えたが、着地した衝撃で崩れ、薪になっていた事を報せる。
「すごいです、アースラさん!」
「ふふん、それほどでもあるわよ」
ミレイユの歓声に気を良くしたアースラは、軽々と大木の幹を一箇所にまとめていく。ミレイユもせっせと薪を運び、やがて広場と化した空間に残ったのは雑草や切り株、そしてそこかしこに転がる大小様々な岩だけになった。
「木はどけたけど、まだ不完全ね。整地しないといけないわ」
「そうですね。ドカーンとやっちゃってください」
「あんたそればっかね」
期待の眼差しに白目を剥きながらも、アースラは再び力をゆっくりと練り始めた。ミレイユが遠くへ避難すると、アースラは重い大気の塊を持ち上げるようにグンと腕を振り上げた。その瞬間、アースラが発した衝撃波が大地を揺さぶり、地面が大きくめくれ上がった。
三度も同じ事をすれば雑草は土と混ざり、埋まっていた木の根や岩は地表に現れて跳ね上がった。それらをミレイユと協力して回収し、畑の予定地から外れた場所に放ると、再度アースラは衝撃波で地面をめくった。
そうしている内に土の様子が変わってきたのを見て、アースラはいくつか手で掬ってみた。土は手の内で簡単に崩れる。試しにその場で足踏みしてみると、羽毛のようにふかふかしていた。種苗に適した土地になったと言っていいだろう。
「よし、良い感じの土になったわね!」
アースラに手招きされたミレイユは、踏んだ土の感触に顔を輝かせた。
「はい、これなら美味しいお野菜が作れそうです!」
「この調子で、種植えを終わらせるわよ!」
アースラは嬉々として馬車の元へ向かった。足取り軽く歩みを進めるアースラに、ミレイユは不思議そうに首を傾げる。
「なんだか、アースラさんいつになくやる気ですね。また前みたいに高貴な妾が~って怒るかと思いました」
「はっ」
(い、言われてみれば、確かに。なんで妾ノリ気になっちゃってるのよ!?)
冷静に考えるとおかしな事だ。泥臭い作業なのに、怒るどころか早く続きをやろうとポジティブになっていた。呪いが発動しているわけでもないのに、どうしてだろう。
自分の行動に困惑するアースラをよそに、ミレイユは馬車に近付くと乗っていた籠を抱えた。
「それじゃあ、私はこっちの半分をやりますので、アースラさんは反対側をお願いします」
「お願い!?」
警戒している言葉に思わずビクッと飛び上がる。これを聞くと下腹部の紋様が光を発して、呪いが発動する……はずなのだが。
(あれ、なんで?)
呪いによる変化は訪れなかった。ミレイユに尽くしたいという激情に飲まれるでもなく、紋様が輝くでもない。
分からない事ばかりが起こっているとアースラは首を傾げたが、ややあって考えるのをやめた。何も悪い事態になってるわけじゃない。呪いが発動しないのは、むしろ好都合だ。
(まぁいいわ。とにかくご飯が食べられなくなるのは困るから、種植えをしなきゃ)
いそいそと任された分の籠を手にして、アースラは種植えに集中した。爪に土が詰まるのも気にせず、時折ミレイユと遊びでもしてるように笑い合いながら、畑を整えていく。
水やりまで済ませた時には、辺りは暗くなっていた。疲れが全身に絡みついていたものの、ミレイユと共にやりきった達成感がそれを上回っていたおかげで、アースラの瞳は喜びで輝いていた。
アースラは失念していた。呪いは嫌だと拒む気持ちを塗り替えるものだという事を。つまりその気持ちが無ければ、発動のしようがないのだ。
完成した畑を眺めるアースラとミレイユの側に、心地良い風が吹く。明日への期待を胸に宿す少女達を、祝福するように。
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