第18話 自給自足の始まり
翌朝。
「自給自足です!」
ミレイユは言いながら身を乗り出して、机をバーン!と叩いた。
「まーた、なんか始まったわよ」
胡乱な目でミレイユを眺めながら、アースラはもぐもぐと朝食を堪能していた。昨晩、ミレイユに起こされてうたた寝から覚めたアースラは、その後寝室でいつもよりぐっすり寝入っていた。マッサージで疲れは取れたし、久しぶりにお湯に浸かって指先までポカポカしていた。おかげで気分も体調もすこぶるいい。こんな日はいつもより食が進むもので、アースラはもりもり朝食を胃に収めていた。
ミレイユの顔の肌ツヤもいつもより良くなっている。調子は良さそうだが、目にはなぜか憂いが詰まっていた。ミレイユはピッと指を三本立てると、諭すように言葉を続けた。
「いいですか、アースラさん? 豊かな生活には充実した「衣食住」が不可欠なんです。私達は先日、お風呂を完備させて「住」に関しては必要十分な設備を用意できました。ですが、次に問題となるのは「食」です」
「何が問題なのよ? 食事なら今も美味しく食べられてるじゃない」
もぐもぐ。素材の旨味が存分に引き出された朝食を味わいながら、アースラは小首を傾げる。食材は馬車にあるものだけで種類は限られているが、ミレイユが才能を発揮して料理するおかげで物足りないとは思わない。幸せを食べていると言っても過言ではない美味があるのに、何が気掛かりなのだろう。
ミレイユは疑問に答えるように大きく頷いた。
「はい、その食事が問題なんです。もうすぐ食料が尽きます」
「え? えええぇぇええっ」
サラリと伝えられた想定外の出来事に、アースラは声が裏返ってしまった。美味しい食事は生命維持の為に必要で、気分転換にも大いに役立っている。だというのに、その材料が尽きそうになっているなんて。雷撃の如くもたらされた絶望感に、アースラは頭を抱えてワナワナと震えた。こんな一大事、他にあるだろうか。
一方、ミレイユは落ち着いた様子で腕を組むと、うんうんと首を縦に振った。
「こうなるのは当然です。私達が今日まで食べていたのは、偶然拾った馬車に積まれていたお野菜なんですよ」
「ど、どうして? 馬車の中にはあんなにいっぱい籠があったじゃない!」
落ち着かずアワアワと焦るアースラに、ミレイユは残念そうに肩を落とした。
「いえ、あの籠なんですけど、積まれていたのは野菜の種や小麦の苗ばかりで食べられるものは殆どなかったんです」
「そ、そんな……」
愕然としながら、アースラは皿の上の食事を見つめた。盛り付けは美しく、焼き加減も絶妙で香ばしい。素朴ながら食欲をそそるミレイユの料理は、いつも美味しい。野菜が喜んでいるようにすら感じるこの食事を手放さなければならないなんて辛い。ちょっと泣きそうだ。
追い打ちをかけるように、ミレイユは溜息をついた。
「それにアースラさんがいっぱい食べるから、食料の減りも早いんです」
「誰が大食いよ!」
聞き捨てならない言葉にアースラは吠えた。失礼な事を言う。そんなに食べてないはずだ。……多分。恐らく。きっと。
少しミレイユよりひと皿平らげるのが早くて、お腹が満たされるまで何度かおかわりするくらいだ。美味しいから沢山食べたくなるし、おかわりは皿いっぱいに盛るが、断じて大食いではない。ないったらないのだ。
ミレイユは話を戻そうと、もう一度バーン!と机を打って身を乗り出した。
「とにかく、私達はこの食糧問題をなんとかしないといけないんです!」
「具体的には何をするのよ?」
「よくぞ、聞いてくれました!」
ミレイユは嬉しそうに拍手すると、興奮して頬を赤くしながら、鼻息荒く宣言した。
「私達はこれから畑を作ります!」
「畑ぇ?」
また突拍子もない事を言う。ミレイユは頷くと自分の皿からひと口分フォークに刺して、アースラの口元へ運んだ。畑と聞いて怪訝な顔をしていたアースラは、それにパクッと食らいつく。目を輝かせて美味しさを噛みしめるアースラに、ミレイユはニコッと笑ってみせた。
「はい、畑です!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます