第14話 水源を探そう

 翌日。スカッとした爽快な青空が気持ちいい朝、ささやかな事件が食堂で勃発した。


「死活問題です!」


 バーン!と机が叩かれた弾みで、食卓に並ぶ食器達が驚いたように跳ねる。何やら緊迫した様子のミレイユとは対象的に、アースラはのんびり朝食を楽しんでいた。


「なによ。朝っぱらから、騒々しいわね」


 もぐもぐ。アースラは食事の手を止めず、視線だけミレイユに向けた。


 熊の大群が神殿に向かってきてるだとか、早急に対処しないといけない緊急事態になっているなら慌てもするが、そんな気配はない。清々しい朝と美味しいご飯だけがあるのだから、心行くまでそれらを堪能したいのだ。


 のんきに頬を膨らませて朝食に専念するアースラに、ミレイユは一大事だと訴えるようにずいと身を乗り出した。


「お風呂です! 私達、もう二日もお風呂に入っていません!」

「あぁ、そういえばそうね。昨日も濡れタオルだったし」


 もぐもぐ。入浴の事より目の前の食事に集中するアースラだったが、ミレイユはこの世の終わりが差し迫ってると言わんばかりに動揺していた。


「このままでは大変な事になってしまいます! なんとしても今日はお風呂に入りましょう!」

「妾は別に二~三日くらい入れなくても困らないわよ」


 そんなに焦る事なのかとアースラは首を傾げた。何しろ聖王国北部を攻める魔族軍の軍団長を務めている身だ。最前線に立っていれば、そう何度も悠長に身を清めていられない。数日の間、入浴出来なくてもいつもの事だ。大した問題ではない。


 しかしミレイユはそうは思わないらしく、ブンブンと首を横に振って否定した。


「ダメです! このままでは女性として大切なものが失われてしまいますよ!」

「そ、そうなの……?」

「そうなんです! 失ったら、取り戻せないものなんです!」


 体を掻き抱きながら、ミレイユは自分の言葉にぞおっとしたように強く震えた。


「そ、それは。確かに、不味いわね……」


 アースラはごくり、と喉を鳴らして頷いた。なんだろう。今まで気にしなかった事なのに、ミレイユに熱弁されると、とても大事な事のように思えてくる。


 早々にお風呂に入ろうと決意したアースラだったが、その為には大量の水がなければ話にならない。


 たしかエントランスには噴水があったが、長く機能していなかったのかすっかり乾いていた。神殿内を探索して見つかった風呂場も、水が出なくて使えないと話していた。知っている限りでは神殿内で供給される水はないはずだ。


 そこまで考えて、アースラは再度首を傾げた。


「あれ、でも昨日の掃除の時には水があったじゃない。夕食だってスープだったわよね。あれはどうしたのよ?」

「あれは私がクリエイト・ウォーターの魔法で出したんです。こんな感じに」


 ミレイユはピンと伸ばした人差し指を自分のコップに向けた。するとその指先から水がちょろちょろと出始めて、コップの中に透明な流れを生んだ。


「へぇ、やるじゃない」

「でも、私の魔力ではちょっとずつしか出せません」


 ミレイユが指を上げると水は止まった。コップに溜まった水は四分の一程度しかない。ミレイユは残念そうに肩を落とした。


「見ての通りです。あの大浴場に湯を張る事は、とても無理です……」

「水だったら妾も出せるわよ、ほら」


 アースラは手のひらを見せながら邪法ゲヘナを発動させる。すると一瞬前までなかったはずの水球が手のひらの上に現れ、吸い込まれるようにアースラのコップの中へ飛び込んだ。チャポンと跳ねる水は、コップから溢れそうな際まで入っている。


「凄い……! 流石、アースラさんです!」

「ふふん、これくらい朝飯前よ。今は朝飯中だけど」


 誇らしげにアースラは胸を張った。ミレイユがはしゃいで目を輝かせるとこちらまで嬉しくなって、色んな事を見せてあげたくなる。


 ミレイユは水がこぼれそうなコップを両手で包むと、そわそわしながらアースラと水を交互に見つめた。


「これ、飲んでみてもいいですか?」

「いいわよ」


 ミレイユは興奮した様子でコップに口をつけた。口内に流れてくる水の味は……。


「しょ、しょっぱい!」


 短く叫んだミレイユは、慌てて口を押さえた。予想外の塩辛さにすっかり涙目になっている。


「あー、そうそう。邪法で出した水って何故かしょっぱいのよ。面白いわよね」


 ケラケラと愉快そうにアースラは笑った。が、一方でミレイユは頭を抱えて身悶えていた。


「な、なにも面白くありません! こんな塩水で身体を洗ったらベタベタになってしまいます!」

「そうだけど、他に水を用意する方法がないじゃないのよ」

「……いえ、まだ諦めるのは早いです」


 そう言いながら風呂場のある方を見つめるミレイユの目は、真剣そのものだった。何としても真水のお風呂に入るんだという意思にミレイユは燃えている。


「お風呂場があったんです。絶対、ここには水を確保する手段があったはずです。調べてみましょう!」

「しょうがないわねぇ」


 肩を竦めながらアースラは腰を浮かせた。


 真水が出るならそれに越した事はない。それがあれば調理もしやすくなるだろうし、何より枯れる気配がない水を確保出来ればミレイユは大はしゃぎするだろう。それが見たかった。


 食器を片付け、ミレイユに腕を引かれながらアースラは小走りで神殿内を駆け回った。

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