第12話 お掃除をしましょう
「……よしっ」
ミレイユの腕から解放されたアースラは、下腹部を見つめて軽く頷いた。呪いが発動して光っていた紋様が、今は大人しくなっている。鼻が曲がるような臭いを解消して、ミレイユと一緒に暮らせるようになった。それで呪いが収まったのだ。
ほっと胸を撫で下ろす。都市で呪いに掛かった直後はずいぶん慌てたが、少しずつ対処に慣れてきた気がする。魔族たるもの、臨機応変に進化していくのだ。
ミレイユは鼻歌まじりにスキップして大聖堂の中央に立つと、踊るようにくるりと回転してニコッと笑った。
「それでは、早速はじめましょうか!」
「なにを?」
「お掃除です!」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声が大聖堂に響いた。アースラの驚愕をよそに、ミレイユはいそいそと袖をまくり始める。
「流石に十年も使われていないから、あちこち埃だらけです。手分けしてお掃除しましょう。道具はさっきこの近くで見かけたので、持ってきますね」
言うが早いか軽やかな足取りでどこかへ去っていったミレイユは、すぐに掃除道具を手にして戻ってきた。モップにはたきに箒……その他にも沢山。ミレイユのやる気が、てんこ盛りの掃除道具に表れていた。
「これだけあれば汚れたお部屋もピカピカになるはずです。お掃除頑張りましょうね、アースラさん!」
「あ、あんた。まさか、この妾に掃除をやらせる気なの……?」
わなわなと震えながら掃除道具を指差すと、ミレイユは小首を傾げた。
「はい。駄目でしょうか?」
「駄目に決まってるじゃない!」
半ば悲鳴のように叫んでしまった。追いかけてくるヴァルターをぶっ飛ばして都市から離れた時、巻き込んだ事を謝ったあの謙虚さはどこに行ってしまったんだろう。
魔族相手にここまで無邪気に歩み寄ってくるのはミレイユの良さだし、その愛嬌は好ましい。だからといって、何でもかんでも許せるわけじゃない。こちらにも譲れないものはある。
アースラは胸に手を当て、威厳はここにあるのだと示すように仁王立ちになった。
「あのねぇ、妾は
「そ、そんな……」
ミレイユはうろたえて俯いた後、縋るような眼差しをアースラに向けた。
「流石にこの広さを私一人でやるのは無理です。手伝ってもらえないでしょうか……?」
「嫌よ。絶対にいや」
プンとそっぽを向いて拒否する。何が悲しくて自分の体を汚しながら建物の世話をしなきゃいけないのか。魔神像を作り出すだけでも充分やる事はやった。掃除だなんて冗談じゃない。
「そこをなんとか『お願い』します。手伝ってください、アースラさん」
ミレイユは期待を込めてズイと近寄ってくる。真剣に頼めば分かってくれる。そう信じているようだった。ミレイユはミレイユでアースラを理解し始めているのだ。一方、アースラは眉間に深いシワを刻んで後退りした。
「おね、ガイ……?」
今は特に聞きたくなかった単語だ。お願いなんてされたら、拒否できなくなる!
――嫌よ! いーや! 妾は掃除なんてしないんだからぁ!
心からの叫びが、ミレイユに尽くしたい気持ちに厚く覆われていく。どんなに抗いたくても、呪いが発動したら心が支配されるのはあっという間だ。
アースラは軽やかに鼻歌を歌いながら掃除道具を掴むと、満面の笑みを見せた。
「なーんてね、冗談よ。これから一緒に暮らすんだもの。二人で協力してやるのが筋ってものよね。一緒に掃除しましょ!」
「はい、頑張りましょう!」
ミレイユは嬉しそうに頷いた。それからそれぞれ持ち場を決めて、張り切って現場に向かった。
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