第11話 住居を手に入れた!

 それからは手分けして神殿内を探索し、合流してからお互いの情報をすり合わせた。まとめるとこうだ。


 神殿は二階建て。一階には大聖堂の他に食堂と風呂場、トイレがある。二階の殆どは宿舎だったようで、空き部屋がたくさんある。ベッドはそのまま残されていた。空き部屋の他には倉庫や、書斎らしき部屋があった。


 これだけわかれば充分だろう。あちこち歩き回って疲れた二人は休憩する事にした。


 小腹も空いたし、せっかくだからと二人は枝や落ち葉をかき集める。そこに火を点して、馬車から持ってきたサツマイモを焼くと、あっという間にほくほくのおやつが完成した。


 火傷しないように気をつけて半分に割った焼き芋は、素朴な甘い香りを湯気と共に立ち昇らせた。熱い美味は疲れた体に染み渡る。それを二人で分けて食べると、ほっくりした美味しさが際立ったように感じた。


「あの、アースラさん。私、決めました」

「なにを?」


 アースラはハムスターのように頬を膨らませて焼き芋をもぐもぐ頬張る。ミレイユは焼き芋片手に拳を握った。


「私、ここに住もうと思います!」

「ぶっ」


 突拍子もない宣言にむせてしまった。なんでこの子はいつも明後日の方向に思考が飛んでしまうのだろう。


「な、なんでそうなるのよ!」

「だって、こんなに立派な建物が使われていないなんて、勿体ないじゃないですか」


 さも当然の事のように言うが、住もうと思う理由としてはやっぱりピントがずれている。


「いや、そうかもしれないけど、誰の所有物か分からないし」

「もちろん、持ち主の方が現れたら返します。一時的にお借りするだけです」

「うーん……」


 アースラは腕を組んで物思いにふけった。神殿は山にあって、人里は遠い。一時的に宿代わりにするならまだしも、暮らすとなると何かと不便じゃないだろうか。気晴らしで街におでかけしたくても遠すぎるし、話し相手は小鳥やうさぎがメインになる。


「普通に街で暮らした方がいいんじゃない?」

「いえ、それは無理なんです」

「どうして?」


 思い当たる節がなく、首を傾げる。ミレイユは胸に両手を添えると困ったように眉を下げた。


「私、今一文無しなんです。このまま街に辿りついても何もできません。路頭に迷うだけです……」

「な、なるほど。確かに、それは切実な問題だわ」


 先立つものがなければどうしようもない。運良く日払いの仕事がすぐに見つかったとしても安い宿を取れる保証はないし、生活するのに最低限必要な物を揃えるとなると時間も掛かる。なんとか食いつないでいけるかもしれないが、しばらくは苦労するだろう。


「それに、アースラさんは魔族の方です。街の中に入れば大騒ぎになります」

「そりゃそうでしょうね」

「私、アースラさんと離れたくありません。せっかく仲良くなれたのに……」


 はぁ、と憂いを帯びた表情で溜息をつくミレイユから、アースラはそれとなく目を逸らした。


 ――妾は離れたいんだけどね。


 『お願い』が厄介なのだ、『お願い』が。彼女と一緒に過ごすだけなら悪い気はしないけど、呪いをどうにかしない事には恐々として落ち着かない。


 アースラの心中を知らず、ミレイユは真剣な眼差しでグッと身を乗り出した。


「だから、アースラさん、ここで一緒に暮らしてくれませんか!?」

「え? 嫌だけど」


 さらりと拒否すると、ミレイユはガーン!という音が聞こえてきそうなくらい激しいショックを受けてうろたえた。


「そ、そんな! どうしてですか!?」

「いや、だってあの建物、女神臭いし。あんなところで暮らしたら窒息死しちゃうわよ」


 神殿内の空気を思い出すだけでぞわっとする。髪や服にあの臭いがつくのも嫌だ。気分が下がる。


「それは大変です。どうにかならないのでしょうか?」

「どうにかしようとしたら、あんたが止めたんじゃないの」

「そ、そうでした……」


 肩を落とすミレイユの前で、パン、と手を打つ。


「はい。という事でこのプランは無しね。残念でした」

「そんなぁ、『お願い』です。一緒に暮らしてください、アースラさぁん」


 両手を組み、駄々っ子のように泣きそうな声を上げるミレイユ。

 無しって言ったら無しよ、と返そうとして、アースラはグッと口を噛んだ。


 ミレイユを悲しませたくない。期待に応えたい。その為なら何でもしてあげたい。そんな気持ちが湧き上がって、駄目だと言い出せない。


「……あ」


 下腹部の紋様が、もはやお約束のように光り輝いていた。

 アースラはニコッと笑ってみせる。


「っていうのは全部ウソよ! 本当は秘策があるの。大丈夫、妾に任せて」


 ウィンクして安心を誘った。心の中で、呪いをこてんぱんにやっつけながら。



◇◇◇



 大聖堂へ戻ったアースラは、仁王立ちして銅像を見回した。ミレイユはハラハラしながら様子を窺っている。


「あ、あの。アースラさん、女神像を壊すのは無しですからね……?」

「そんな事しないわ。見てなさい」


 アースラが集中して目を閉じると、ゆっくりと周囲の空気が反時計回りに巡りだす。穏やかな流れの中心で感覚を研ぎ澄ませ、アースラは邪力を声に乗せた。


「石塊を創造せよ」


 無から有へ。詠唱によって創造の邪法ゲヘナが発動し、地面を揺らしながらせり上がるようにして石塊が現れた。それはローラーに掛けられるようにみるみる内に削れていき、ある形を成していく。


「こ、これは……」

「できたわ!」


 歓声を上げたアースラの前には、禍々しい邪神像が聳えていた。


「我ら魔族の神、デウスーラ様の像よ! これを女神像の隣に置くわ!」


 邪神像は三女神の像の近くに移動し、ズシンと重々しく音を響かせながら設置された。すると邪神像から溢れ出る邪気が干渉し、大聖堂に満ちていた神聖な空気は一気に霧散してしまった。


 アースラは深く息を吸い込んで、喜びのあまり万歳した。


「臭いの元は断ったわ! これで一緒に暮らせるわよ!」

「やったー! ありがとうございます、アースラさん!」


 ミレイユもすっかりはしゃいで、飛び跳ねながらアースラに抱き着いた。アースラは満足しながらミレイユを抱きしめ返し、ほくほくと頬を緩ませた。ミレイユが喜んでくれるだけで、今のアースラはとびきりの幸せに浸れるのだった。

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