第10話 女神臭い神殿に到着

 馬車に降りる木漏れ日、透明度の高い小川のきらめき、小鳥達が歌いながら空を飛ぶ姿。景色は絶え間なく流れていく。馬車に揺られながらそれらを尻目に談笑を楽しんでいると、時間が過ぎるのはあっという間だった。


「あ、見えてきましたよ」


 ほら、とミレイユが指差した先に、貫禄のある建物が鎮座していた。敷地内の雑草が人のいない荒涼とした時間を感じさせるが、それでもなお荘厳な雰囲気がしっかりと満ちている。


「へー。廃墟って聞いてたけど、意外と立派な建物じゃない」


 感心したように目を丸くするアースラに、テルぞうは頷いた。


(十年ほど前に、人間どもは突如この場所を放棄しました。以来、ここには何人も訪れておりませぬ)


「なるほどね」


 テルぞうの補足をミレイユに伝え、アースラは腕を組んだ。


「その頃には魔族軍が南下を進めていたから、戦火に巻き込まれる前に慌てて逃げだしたってところかしら」


 人魔大戦の影響は日々各地に出ている。大戦が終結するその日まで、誰だろうと傍観者ではいられない。前線に立たない民が危険を察したら、即刻立ち退くのは当然だ。この辺りの人間達も被害を恐れて去っていったのだろう。


 そうしてかつての近隣住民に思いを馳せている間に、馬車は神殿に到着した。エントランスは貴族の屋敷を思わせるほど広々としていて、中央には円形の噴水がある。もっとも肝心の水は止まっていて、内部はすっかり乾いているが。


 目当ての神殿は噴水の奥にあった。遠くから眺めても重厚さを感じたが、近くで見るとより良く見えた。格調高い造りの神殿からは、洗練された高貴さが漂っている。身を寄せる場所として上等だろう。


 アースラとミレイユが馬車から降りると、テルぞうは丁寧に頭を下げた。


(また何かご入用の際にはお呼び下され)

「ありがとう、助かったわ。テルどんにもよろしく伝えておいて」

「ありがとうございました、テルぞうさん!」


 テルぞうは嬉しそうに尻尾を一振りした。


(では、これにて御免)


 群れの元へ帰っていくテルぞうを見送ったアースラとミレイユは、緑の尾が見えなくなってから神殿へ向かった。


 神殿の扉は施錠されていたが、邪法ゲヘナで鍵を生成してしまえば問題ない。ガチャリと音がしたのを確かめて、重量のある扉を押し開けた。それと同時に、長らく神殿内に溜まっていた空気が外へ滑り出る。


 それを直に浴びてしまったアースラは、しかめっ面で鼻を抑えた。


「うげっ、なによここぉ。女神臭い……!」


 きつい臭いに寒気がしてくる。生命力を搾り取るような悪臭にクラクラして、軽くえづいた。ミレイユはというと、むしろ心地良さそうにリラックスして深呼吸までしていた。


「あ、本当ですね。なんだかすごく神聖な感じがします」

「は、鼻が曲がりそう……」


 血の気が引くのに動悸は激しくなり、鳥肌が立って仕方ない。鼻を抑えたまま、なるべく呼吸を浅くしてふらふらしながら先へ進んだ。


 中央にある大扉を開くと、音が反響する広い空間に出た。奥には主祭壇があり、それを見守るようにして三つの銅像が飾られている。大聖堂だ。


 二人は足音を響かせて奥へ進んだ。やがて銅像の前に立ち、ミレイユはそれらを一つ一つ確認して納得したように頷いた。


「三女神様の銅像が飾ってあるという事は、やっぱり三女神教の神殿だったんですね」


 三女神教は聖王国の国教で、聖華の三女神を信奉する宗教だ。この大陸において信徒が最も多い宗教なだけあって、三女神へ祈りを捧げる場所も必然的に多い。


 アースラは嫌悪の目を銅像に向けた。聖華の三女神は、魔神デウスーラを封じた存在。魔神の眷属たる魔族にとって、三女神は決して相容れない天敵なのだ。


「匂いの正体はこいつね。ぶっ壊していいかしら」


 怒気を孕んだ声で言いながら邪法ゲヘナの雷を放とうとするアースラに、ミレイユは慌てて首を振る。


「だ、駄目です。そんな罰当たりな事させません!」


 銅像を壊してはいけない。


 ミレイユの命令に呪いが反応し、ポウと下腹部の紋様に光が宿った。呼応して、バチバチと不穏な音を立てていた手からフッと禍々しい気配が消える。


「じょ、冗談よ、冗談!」


 呪いに引っ張られて、アースラは取り繕うようにそう言った。が、本心では三つとも木っ端微塵にしたかった。呪いに振り回されるのは今に始まった事ではないが、やっぱり何をするにしても厄介極まりない。




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