第9話 誰彼構わずスキンシップするんじゃないわよ!
見つかった馬車は農家が使うものだった。ミレイユは興味深そうに首を伸ばしたり、ぐるりと馬車の周りを歩いたりしながらアースラを手招きした。
「これ、農家の方の馬車ですね。色んな野菜や種が積まれています」
ミレイユが言うように、馬車にはつやつや輝く新鮮な野菜がこんもり乗っていた。籠も沢山積まれている。潰れやすい野菜なんかが中に入っているのだろうか。
「野菜は傷んでないから、妾達が来るちょっと前まで使われてたんでしょうね。なんでこんな所に捨てられたのかしら?」
「お馬さんもいませんね」
ミレイユは首を傾げた。
何か手掛かりがないかと馬車から目を離したアースラは、一瞬動きを止めた。険しい顔ですぐさま草むらの前に立ち、下がっているようミレイユにジェスチャーで伝える。
「アースラさん?」
「出てきなさいよ。そんな殺気を醸し出しといて、バレてないとでも思ってるわけ? だとしたらとんだ間抜けだわ」
ミレイユを背にして挑発すると、魔獣が五匹、アースラの前に躍り出た。
二〜三メートルほどの恐竜によく似た体躯に、目に鮮やかな青緑色の鱗。ティールテイルだ。
「なるほど。こいつらに襲われたってわけね」
ティールテイルは肉食で、攻撃性が非常に高い。人間が遭遇したら、荷物なんて構ってる暇はないだろう。さっさと逃げなければ食べられて、一巻の終わりだ。
ティールテイルはじりじりとアースラににじり寄った。その内の一匹が、不意に飛びかかってくる!
「アースラさん!」
ミレイユは切羽詰まった声を上げた。
しかしアースラは動じない。獲物を目前にして、喉元に食らいつこうとするティールテイルの横っ面に拳をめり込ませた。しょせん野生の生き物だ。動きが単純で読みやすい。
ティールテイルは遥か彼方に吹っ飛び、受け身も取れずに地面に直撃してバウンドした。砂埃が舞い、ややあってそれが落ち着いた頃には、ティールテイルはピクピクと手足を痙攣させて動けなくなっていた。
「喧嘩を売るなら相手を選びなさい。一度は許すけど二度目はないわ」
ギロリとアースラが睨むと、残りの四匹はすっかり怖気づいてオロオロと頭を下げる。
すると草むらがガサガサと音を立て、奥からもう一匹のティールテイルがゆっくりと姿を現した。一際大きなその個体は敵意なく歩み寄ってくると、じっとアースラを見つめた。
(偉大なる魔神の眷属よ。群れの若いのが失礼をした。服してお詫び申し上げる)
「あんたが群れのボスね」
語りかけてきたティールテイルは頷いて肯定した。
(拙者の名はテルどん。深緑の群れを率いるもの。名をお尋ねしてもよろしいか?)
「アースラよ。狂嵐の魔皇女って言えば、わかるわね?」
アースラの二つ名を聞いた途端、ボスは驚いたように目を見開いた。
(なんと!? 貴殿があの噂の……! そうとは知らず、とんだ無礼を)
古風な言い回しが特徴的なボスは、群れをまとめているだけあって礼儀正しい。こちらとしてはミレイユに危険が及ばなければいいのだ。和解できたのだし、ことさら詰るつもりもない。
「いいわ。こっちこそ、勝手に縄張りに入って悪かったわね。いくつか聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
(なんなりと)
「この馬車の持ち主達はどうしたの? 食べちゃった?」
アースラの問いにテルどんは首を振る。
(いや、荷車を引いていた人間は我らに気付くと馬に乗って、一目散に逃げおおせた)
「なるほど、それでお腹を空かせて妾達に襲い掛かったわけね」
(面目ござらん)
テルどんは深々と頭を下げた。
――あのジードとかいうヒゲより、よっぽどテルどんの方が人格者ね。
誠実な姿勢を崩さないテルどんに気にしないよう身振りで伝え、それよりも、と聞きたかった事を口にした。
「この辺に雨風をしのげそうな場所はある? できれば村とか里とか以外で」
日が暮れる前に、拠点となる場所を見つけたい。当てもなく動き回って条件のいい所を探すより、土地勘がある存在から話を聞いた方が効率的だ。
テルどんは視線をさまよわせてしばし黙考した後、大きく頷いた。
(以前、人間達が使っていた神殿の廃墟がある。良ければ案内をさせるが、如何する?)
アースラは満足げに頷いた。廃墟ならそうそう人間は来ないだろう。もしかしたら生活の助けになる道具なんかもどこかに置きっ放しになっているかもしれない。
「助かるわ。案内お願いね」
(承った。テルぞう、客人を案内せよ)
(承知)
テルぞうと呼ばれたティールテイルはアースラに向かってお辞儀すると、馬車の前方に近付いていった。どうやら馬車を引っ張っていってくれるらしい。
成り行きを見守っていたミレイユは、テルぞうが近くに来ると不安そうにアースラの腕に掴まった。
「もう大丈夫よ、この子は味方。近くの休める場所まで案内してくれるわ。それと馬車の持ち主達、無事に逃げたみたいよ」
ミレイユの事だから、逃げた人間達の安否を気にしてるだろう。その予感は当たったようで、ミレイユはホッとしたように表情を緩めた。
「良かった……ありがとうございます、教えてくださって。それにしても凄いです、アースラさんって魔獣ともお話できるんですね!」
「誰とでも話せるって訳じゃないけどね」
アースラは軽く笑って肩をすくめた。
「テイル種の魔獣は独自の言語体系を持っている賢い魔獣なの。だから、こうして妾とも会話ができるってわけ。ちなみに人間の言葉も理解しているわよ」
「そうなんですね。 勉強になります!」
ミレイユは興味深いものを見つけた子供のように鼻息を荒くする。どうもミレイユは楚々とした振る舞いの奥に、無邪気さがあるらしい。素直な子だからか、関わっていると知らない側面がどんどん見えてくるのが面白い。
口の端を緩ませて、アースラはポンポンとミレイユの背中を叩いた。
「ほら、移動するわよ。馬車に乗って」
「あの、この子。お名前はなんというのでしょうか?」
「あー、テルぞうとか言ってたわね」
「テルぞうさんと言うのですね!」
ミレイユは小走りでテルぞうの傍に向かった。
「よろしくお願いします。テルぞうさん」
ぎゅっとテルぞうの首に抱きつく。まさかの行動にアースラとテルぞうはギョッとした。確かにもう大丈夫だと言ったけど、だからって距離を詰め過ぎだ。
(ご婦人!? いけませぬ、離れてくだされ。某には心に決めた方が……!)
「こ、こら! 犬猫じゃないんだから、無暗に抱き着かない。困ってるじゃないの」
「あ、ごめんなさい、つい」
ミレイユは眉を下げてうふふと笑った。うふふじゃない。年頃の娘だというのにこんなに無防備に好意を振りまくようじゃ、勘違いされる事もあるだろう。
――もしかしたら、ミレイユがあのヒゲに求婚されたのってそういう事かも。
「……」
ミレイユの動向に気を付けよう。そう決意したアースラだった。
「もう、いいから早く乗って。行くわよ」
「はーい」
ミレイユはのんきに返事して、馬車に腰掛ける。二人が並んで座ったのを確認したテルぞうは、手綱を引いて歩き出した。
向かう先は廃墟の神殿。少しでも良い場所でありますようにと、アースラは密かに願った。
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