第385話 迫り来る魔族

 マリーたちにクレイゴーレムを託した僕たちは、アーケシウスを先頭にして門扉を突破し、大闘技場コロッセオに続く地下通路を突き進む。


「あとワンブロック進んだら、もう大闘技場コロッセオの敷地に入るよ~」


 進み続けるアーケシウスの背に呼びかけるように、ヌメリンの声が響いてくる。


「漸くイグニスの野郎をぶちのめせるぜ!」


 依然気配はないものの、イグニスとエステアに迫っているという実感はある。


「第一優先はエステアの救出です。忘れないでください」


 イグニスへの怒りを吐露するヴァナベルを、ホムが静かに諫める。


「わぁってるって! 助けるついでにぶちのめす!」

「わかってないよ、ベル~」

「にゃはっ! うちのクラス委員長は血の気が多いよなぁ」


 ヌメリンがいつもの調子でヴァナベルを注意するそばで、ファラが茶化す。いつもならヴァナベルの反論が聞こえてくるところだが、その声が不意に途切れた。


「……ヴァナベル……?」


 なにが起きたのかと後方に首を巡らせて問いかける。古い魔石灯で照らされたヴァナベルの耳は、毛が逆立つほどに強い力を込めて立っていた。


「……なんか聞こえる。笑い声みたいな嫌な音だ。この音、どっかで……」

「レッサーデーモンの鳴き声です、マスター」


 なおも耳を澄ませるヴァナベルの言葉を引き継いで、ホムが警戒を滲ませる。


「排水管を伝って聞こえてきてるぜ。一体、二体……三、四……ざっと六体はくだらない」



 ヴァナベルが低く声を潜めて、音に集中すべく目を閉じている。


「なんで排水管なんだろ~……」


 地図とヴァナベルが聞き分けた音とを見比べているヌメリンが、不安げな声で呟く。レッサーデーモンとと排水管という二つの言葉が、嫌な予感と結びついた。


「ヌメリン、大闘技場コロッセオとこの地点の間になにがある?」

「え~~……最終……沈殿池って……」


 やはりそうだった。汚水が最後に辿り着く集積地であり汚泥処理を行う場所でもある最終沈殿池には、この都市に入り巡らされた全ての汚水が集められているのだ。


「デモンズアイの落下地点……。この先って、やっぱり……」


 アルフェの呟きに頷き、周囲の配管をアーケシウスの目を使って照らす。大闘技場コロッセオ周辺は、デモンズアイの血涙が最も多く落とされた場所だ。地下に流れ込み、汚水と混じり合って薄まったとしても、日が落ち、光魔法結界アムレートの効果が消えた今となっては、使役者による邪法の媒介に使える可能性は高い。


「考えてる暇はねぇみたいだぜ! 来る!」


 ヴァナベルが剣を構え、排水管を睨めつける。ファラも両手にサーベルを構え、迎撃態勢を取った。


 金属の排水管をがりがりと引っ掻く音が、僕たちにも聞こえるほど多くなっている。通路の左右にある排水管が音を立てて壁から外れたかと思うと、金属が溶け出し、中からレッサーデーモンが飛び出した。


「下がってろ、ヌメ!」


 ヌメリンに指示を飛ばしたヴァナベルが、レッサーデーモンの胴部にある目玉を避けて切りつける。


「にゃはっ! 一気に片を付けないとな!」


 排水管から飛び出してくるレッサーデーモンは、痩せていてかなり小さな個体だ。だが、排水管を体液で腐食させて次々と飛び出してくる個体の数は、増えていく一方だ。


 ヴァナベルが察知していた音だけで言えば、六体。ヴァナベルとファラが次々とほふっていくレッサーデーモンを、アルフェが炎魔法で浄化する数をざっと見積もっても、優にその数を超えている。


「マスター!」


 ホムの声に我に返ると、水路から現れたレッサーデーモンがアーケシウスの足許に集まっていた。


「ホムちゃん!」

「はぁああああっ!」


 アルフェの付与魔法によって炎を宿したホムが、アーケシウスに集まっていたレッサーデーモンを薙ぎ払う。


 やれやれ、嫌な予感が的中した上に、厄介なことになってしまったな。


「黒竜鱗のペンダントが効いていないということでしょうか」

「そうだね。僕のエーテルを隠すことは出来ても、アーケシウスのエーテルまでは隠せない」


 ホムの問いかけに応じながら、操縦席から全体を見回す。アーケシウスを使うという選択肢は間違いではなかったが、僕のところにレッサーデーモンが集中するのは避けたいところだ。


「リーフ! こっちはあらかた片付けたぞ! どうする!?」


 ヴァナベルの声が地下通路に木霊する。対処方法がわかっている上に、レッサーデーモンの個体が小さいというのは、不幸中の幸いと言えるだろう。


「このまま最終沈殿池を目指す! 奴等は僕のエーテルを嗅ぎつけるから、先頭は僕のままで行こう」

「了解! 変な動きがあったら、速攻で知らせる!」


 ファラが通路の向こう側に目を凝らし、ヴァナベルが耳をぴんと立てて音を探る。アーケシウスを移動させて彼女を追い越すと、僕は入り組んだ通路の入り口から、最終沈殿池の方を覗き込んだ。


 赤黒く濁った水が汚水と混じり、ごぼごぼと濁った音を立てている。


 鼻を突くのは濃い血の臭いだ。僕たちが来るのを待ちわびていたように、赤い汚水の水面が盛り上がり、レッサーデーモンの手が至るところから突き出てくる。


「なんか次々出てくんなぁ……」


 ヴァナベルが悠長な声で言うのも無理はない。レッサーデーモンは使役者の統制下にあるらしく、最終沈殿池から向こう側に渡る通路を兼ねた橋の上に次々と群がっていく。


「どんどん襲ってこられるよりはいいけどぉ~。これじゃあ向こう側に渡れないよぉ~」

「にゃはっ! まさにそれが狙いなんだろうけどな」


 ヌメリンとファラの笑い声が重なる。僕たちが近づいているのは把握しているらしく、レッサーデーモンの胴部の目玉がぎょろぎょろと忙しなく動いている。


「急ぎたいところですが、強行突破するのは難しそうですね」

「そうだね。でもそれこそがイグニスの狙いだ」

「じゃあ、この先にエステアさんが……」


 アルフェがアーケシウスの隣に並んで僕を見上げる。


「そのはずだ」


 この先は大闘技場コロッセオの地下。イグニスが転移門を起動させるなら、そこ以外にあり得ない。なによりこの最終沈殿池で幼体に近いとはいえ、デモンズアイの血涙を媒介にしてレッサーデーモンを生み出せていること自体、魔族の邪法の領域に入っている証なのだ。



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