第384話 覚悟の分断
赤い邪法の炎の色を映した魔石が、門から弾け飛んだ勢いで周囲の壁に突き刺さる。光魔法の効果で炎は消えたが、僕のエーテルを吸収した魔石の活動は止まらない。
壁にめり込んだ魔石から、土壁の中に埋まっていた他の魔石へと光が伝播し、無数の赤い光が明滅を始める。
「ちょっ! リーフ! なんかやべぇぞ!」
ヴァナベルが警告を発するのも無理はない。地鳴りが酷くなり、土壁が崩壊を始める。
「さすがに落盤に巻き込まれたら、逃げ場がないよ~」
ヌメリンが地図を広げながら不安げな声を上げる。
「落盤ではありませんわ。良くないことが起こるのは間違いないですけど」
マリーが
「クレイゴーレムが来る……」
「ええ。横の壁……それと、後方の壁から来ます!」
アルフェの呟きに、気配を探っていたホムが鋭い声を飛ばす。
土と水が混じり合う泥の匂いが一層濃くなったかと思うと、壁がぼこぼこと盛り上がり、赤く禍々しい光で象られたクレイゴーレムの姿が浮かび上がった。
「オォオオォオオオオ……」
低い呻きのような声を上げながら、クレイゴーレムが溶けた泥のような口を開く。泥を滴らせながら壁から抜け出すクレイゴーレムに、別の一体が続いた。
「想像以上にヤベぇな……わらわら出てきやがるぜ」
「にゃははっ! これはちょっと笑うしかないな」
その魔眼の力で、誰よりも状況が見えている分、余裕がないはずのファラが努めて明るい声を出す。
「錬金術式による自働戦闘兵器、クレイゴーレムっちゅーことは、まだまだ出て来ちゃうよねぇ」
反応を続けている魔石から簡易術式を読み取ったメルアが、乾いた笑いを漏らす。
「泥なんてこの地下通路のそこらじゅうにありますし、やりたい放題ですわね。しかも、邪法で
マリーが叫び、先手必勝とばかりに狙いを定め、
「すげぇ! これなら楽勝じゃねぇか!?」
「一体だけならそうだろうけど~、もう一体がなんかしてくるよぉ~!」
ヌメリンが牽制の斧を投げつけるが、クレイゴーレムの泥の身体にはダメージを与えられない。ズブズブと斧が沈んだかと思うと、そのまま泥に埋もれて見えなくなった。
「なんか来るぞ!」
「熱線だ! 伏せろ!」
大きく開かれたクレイゴーレムの口の奥で、赤色の魔石が鋭い光を放つ。魔石の持つ炎属性を使った熱線攻撃に、僕は叫んだ。
「メルアちゃんシールド!」
いち早く反応したメルアが、
「駄目! 防ぎきれない!」
熱線を浴びた鋼の盾が赤熱するのに気づいたアルフェが氷の壁を打ち立てて、盾ごと僕たちを守る。
「ナイス! アルフェちゃん! 頼むよ、マリー!」
「もう一発喰らわせてやりますわぁ!!」
素早く
「これでフィニッシュですわ!」
自らにフィジカルブーストを施し、加速したマリーがクレイゴーレムに肉薄してウィンドシューターを打ち込む。至近距離で風の弾丸を浴びたクレイゴーレムはバラバラに弾け飛んだ。
「ファラ様、ヴァナベル!」
ホムが
「頭部の魔石を狙って下さい!」
僕との記憶を共有しているホムがクレイゴーレムの弱点を伝えると、ファラとヴァナベルが殆ど同時に動いた。
「任せろ!」
脚を吹き飛ばされたおかげで、クレイゴーレムの天井まで届くほどの頭部が狙いやすくなっている。二体のクレイゴーレムの頭部に埋め込まれた魔石を、ファラとヴァナベルが破壊すると、クレイゴーレムはその形を保てずに崩れた。
「にゃはっ! 弱点がわかって助かるぜ!」
「だな! ……ん? 待てよ。魔石が弱点っていうか動力になってるってことは……壁に埋まってる魔石全部が動力になる可能性があるってことか?」
「ヤダ~! 幾つあるの~!?」
ファラとヴァナベルの言葉を受けて、ヌメリンが途方に暮れたような声を上げる。それもそのはずで、壁に埋まっている魔石から今この瞬間にも、次々とクレイゴーレムが迫り出してくる予兆がこの地下通路の至るところで進んでいるのだ。
「リーフ、さっきのクレイゴーレムも……」
「ああ、魔石が無事な限り、何度でも復活する。この土の空間は、そのためにわざと埋め戻したんじゃないかとさえ思えるね」
人魔大戦の頃の人類が考えた罠としてはかなりのレベルのものだ。マリーが四肢を撃ち抜いたことで、自重で崩れはじめていたクレイゴーレムも、地面に流れた泥を集めて再生を始めている。
赤々と燃えるような光を宿した魔石が、一つ目の目玉のようにぎょろぎょろと土の中で動いている。だが、その魔石は次の瞬間、マリーの
「要するに、頭を狙うのが効率的というわけですわね」
「そうだね。それにそれほど絶望的な状況というわけでもない。僕のエーテルをさっきの光魔法の発動で吸い上げたからと言って、小さい魔石にはクレイゴーレムを動かせるほどの力はない。少なくとも手のひらよりも大きな大型の魔石でないとあの巨体を動かすことはできないね」
だからといって希望があるかどうかと言えば、難しい。この狭い空間では、クレイゴーレムを一掃するような魔法は使えない。炎魔法を無闇に使えば、皆にダメージを与える可能性がある。そうでなくても、地下空間にある酸素を枯渇させれば、ここに留まることさえ難しくなる。
「地道に倒すしかないっちゃないけど……。これ、結構な量あるよね~」
「今蠢いているものだけで、少なくとも十体はいるようです」
メルアの呟きに、ホムが冷静に返す。壁の中からクレイゴーレムが出現するまで、あと幾ばくもないだろう。先手必勝で魔石を狙い続けるのは、あまり上手い手とは言えない。僕以外の皆にとっては、魔力は有限なのだ。まして、魔力切れを起こすほどの激しい戦いの後なのだから、この場所での魔力切れば絶対に避けたい。
「……魔族の邪法で動いているなら、デモンズアイみたいに使役者を倒せば止められる……?」
「そうだね。いずれにしても、ここで足止めを喰らってる場合じゃない。それこそイグニスの思う壺だ」
アルフェの問いかけに頷きながら、僕は必死に考えを巡らせる。
「マリー先輩、メルア先輩! 後方から数体!」
ヴァナベルが耳をぴんと尖らせ、後衛のマリーとメルアに知らせる。
「やばっ! 一体しか見えてないんですけどぉ~!」
メルアの悲鳴のような声と、不気味な地鳴りが重なり、ヴァナベルが察知していた光景が目の前に現れた。
「援護致します!」
「ワタシも!」
三メートルを越えた巨大なクレイゴーレムが後方の退路を断つように並び立つ。
「駄目ですわ!」
躊躇なく後衛の援護に回ろうとするホムとアルフェを、マリーの鋭い声が制した。
「メルア!」
「わかってるって!
マリーの合図でメルアが
「メルア先輩、どうして……」
メルアは、クレイゴーレムに対してではなく、助けに向かおうとするホムとアルフェの進路を塞ぐために
「危険です!」
「そんなの百も承知ですわぁ! でも、こんなところで足止め喰らってる場合じゃないんですの!」
「そーそー! 時間もエーテルも余裕ないよ。それこそイグニスの思うツボじゃん!」
壁に隔てられていて、マリーとメルアの様子は見えないが、戦闘音と声だけは聞き取ることが出来る。
「ここは
「無茶だ! そんなの先輩たちを見捨てていくもんじゃねぇか!」
マリーの言葉に真っ先に反対したのはヴァナベルだった。
「負けるつもりなんてハナからありませんわぁ!
「そーゆーわけだから、ししょー! うちにもたまには先輩らしいところを見させてよね!」
マリーとメルアの考えを聞いて、これ以上迷う時間はないと判断した。
「二人を信じる。だから、進もう」
僕はアーケシウスで先陣を切る。目指すは門扉の向こう、エステアとイグニスがいるはずの
「進むって決めたから、もうここでは戦わない……。もうこれ以上、ワタシたちの邪魔をしないで」
アルフェが静かに呟き、無詠唱で辺りの壁を凍らせる。クレイゴーレムを倒せないまでも、せめて足止めだけでもというアルフェの強い意思を感じた。
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