第370話 極大照射

『保って数分ってところだ……、その間に、頼む……!』


 リゼルの訴える間に、拡声器が装甲が軋む嫌な音を拾っている。


『退避するなり、倒す策を思いつくなり、後は任せる! とにかく急いでくれ!』

『退避は逃げじゃない。さっきの魔法をもう一度展開させるための作戦だ! ここは食い止める! 希望を捨てるな!』


 グーテンブルク坊やが叫び、リゼルがそこに声を重ねてくる。だが、それを嘲笑うような使役者の声が、デモンズアイから響いた。


『はははははっ! 人間如きがいくら足掻こうと無駄だ! 時間稼ぎとわかって見逃すとでも思ったか?』

「使役者……。聞いてやがる……」


 ヴァナベルが忌々しげに舌打ちする。


『このままデモンズアイを自爆させ、都市もろとも灰燼かいじんと化してやる!』


 嘲笑とともに明確な死の宣告が降ってくる。


「自爆!? 魔族にそんな真似が……」


 ああ、もっと早くに気づくべきだった。あの蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸が邪力をデモンズアイに注いでいたのは、なにも落下の推進力のためではなかったのだ。


「……出来るよ。あの蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸が、魔界の邪力を吸って膨らんでいる」


 リゼルたちがデモンズアイを受け止めたことで、落下の衝撃で魔法陣を壊すという計画は翳りを見せた。だが、人間如きと見くびっていた相手にここまでの痛手を負わされた使役者は、デモンズアイを自爆させてでも、僕たちを殺傷することを選んだのだ。結果的に結界を壊せれば、使役者の望みの通りになってしまう。


「……マスター、ご許可を。わたくしが、雷鳴瞬動ブリッツレイドで押し返します」


 ホムが僕の足元に跪いて許可を請う。だが、首を縦に振ることは出来なかった。満身創痍のホムを、考えなしには送り出せない。


「機兵三機でも押し負けそうなんだ。アークドラゴンを倒したホムに、そこまでの魔力は――」


「メルア様の魔力増幅器があります」


 ホムはそう言い切ってアルフェを見た。アルフェはホムの言葉に目を見開き、握りしめていた魔法の杖をホムに示した。


「……ごめんね、ホムちゃん……。壊れちゃったの……」

「そんな……それでは……」


 嵌め込まれた魔力増幅器のブラッドグレイルは、割れて輝きを失ってしまっている。ホムが頼みの綱にしたものは、もう使えない。


『絶望しろ! 魔族に刃向かったことを詫びて死ね!!』


 嘲笑とともに、真っ赤に染まったデモンズアイの目が更に血走る。質量に耐えきれなかったジョストの土魔法の支柱が砕けて折れた。


『くっそぉおおおおおおっ!』


 グーテンブルク坊やの悲鳴のような叫びが響いてくる。リゼルとジョストは歯を食いしばって耐えているのだろう。機兵の動きが、操手の動きを如実に映して痛いほど伝わってくる。


 瓦礫の上で踏ん張っている機兵の足元が、じわじわと罅割れ、崩れ始める。デモンズアイの質量に押し負けていることは誰の目にも明らかだった。だが、三機の機兵のうち、誰ひとりとして撤退しようとしない。


「リゼル! 退け! もう無――」

『まだ! まだだぁああああああっ!』


 ヴァナベルの叫び声を遮った怒号は、リゼルのものではなかった。


 閃光のような光が瓦礫の中で放出されたかと思うと、真紅の機体が噴射式推進装置バーニアで一気にデモンズアイとの距離を詰めた。


『そう簡単に、やらせるかよぉおおおおっ!!』


 あの真紅の機体は、バーニングブレイズのトレードマーク。その機体を操れるのはただ一人。


「ナイル様!」


 アムレートで浄化され、再起動したヤクト・レーヴェが、デモンズアイと魔界とを繋げている糸を引き千切る。デモンズアイが身じろぎするように動き、接続部となっていた糸から血が噴き出す。


『ナイルさん!』


 リゼルの声に希望が宿る。


『よく踏ん張ってくれた。ここからは、俺も加わる! こんなところで気ぃ失ってる場合じゃねぇよな!』


 凜々しい声を上げるナイルの声に、僕も勇気づけられた。けれどそう楽観出来ない状況であることには変わりはない。


『だが、一機増えたところで……』

『受け止め続けるなんて真似は無理だ。けど、策はある。バーニングブレイズのエースが伊達じゃねぇってところ見せてやる!』


 冷静に状況を判断するリゼルを説き伏せるようにナイルは声を上げ、噴射式推進装置バーニアの出力を上げ始めた。


『行くぜ、相棒! ヤクト・レーヴェ、推進出力全開フルブーストだッ!』


 背部と両脚部に設置された噴射式推進装置バーニアから放たれる圧縮空気が勢いを増し、デモンズアイを押し上げていく。


「すげぇ、これなら押し戻せんじゃねぇか」


 宙に浮くヤクト・レーヴェの機体が、デモンズアイを持ち上げる。降下を続けようとするデモンズアイはその中心部分でたわみ、赤く染まった目をぎょろつかせて抵抗するような素振りを見せているが、ヤクト・レーヴェは全く動じない。


 そもそもヤクト・レーヴェは突撃仕様の機体なのだ。この機体の推進力なら、ナイルの言うように、デモンズアイを押し退けることが出来るかも知れない。


『虫けら風情が無駄な抵抗を……!』


 使役者の忌むような声が響き、デモンズアイと魔界を繋げている残りの糸が、脈打つように蠢き始める。残る糸を使って、魔界からの邪力をデモンズアイに集中させようとしているのだ。


「「アルフェの人、あの糸を切れば……!」」

「うん!」


 リリルルの指摘を受けたアルフェが、ふらつきながらも立ち上がる。魔法の杖を構えて狙いを定めるその額から大粒の汗が落ちた。


「風よ――、氷よ――」


 アルフェの詠唱に呼ばれるように、風と氷の結晶が集まる。割れてしまったブラッドグレイルがまた煌めき出す。魔力切れのアルフェが魔法を使えるとすれば、その方法はただ一つ。


「アルフェ、これ以上は……」

「でも、やらなきゃ!」


 命を削るように魔力を振り絞ったアルフェは、リリルルとともに氷の矢を飛ばす。糸を幾つか切るが、アルフェが狙っていたほどの効果を出すことは出来なかった。


「…………っ」


 悔しげに唇を震わせたアルフェが、声も発することが出来ずにその場に崩れる。


「アルフェ様!」


 ホムがしっかりと支えて受け止めたが、アルフェの顔はもう蒼白だった。これ以上魔法を使わせてはいけない。機兵の助けがあるとはいえ、僕たちはもう逃げることすら難しいのかもしれない。


『……くっ……なんて重さだッ……。くそっ、くっそおおおおおお!!』


 ナイルの悲鳴に顔を上げると、ヤクト・レーヴェの噴射式推進装置バーニアから、炎と煙が上がっているのが見えた。最大出力で術式基盤が焼き切れたのか、出力が目に見えて落ち、押し負け始めている。


 ――どうすればいい。どうすれば……


 状況は悪くなる一方だ。この場を切り抜ける策が思いつかない。もっと、戦うための力が僕に――僕たちにあれば……。


 その時だった。歯を食いしばってデモンズアイを睨む僕の耳に、頼もしい声が飛び込んで来たのは。


『さすがですわ、ナイルさん! 完っ璧な位置取りでしてよ!!』


「マリー!」


 多機能通信魔導器エニグマからマリーの声が聞こえた。エステアがいち早くその姿を見つけて指差す。


 遠くの屋根の上だが、ここからでも分かるくらい眩い光が見えた。


宵の明星ヴェスパーの……銃口……」


 荒く息を吐きながら、アルフェが呟く。


「マリーさんと、メルア先輩だ……」


 アルフェの浄眼なら、二人のエーテルを感じ取れるのだろう。穏やかな微笑みが、アルフェの安堵を僕にも伝えてきた。


「ええ、そうです。お二人は生きています!」


 ホムが力強く言い切る。その声が聞こえたのか、多機能通信魔導器エニグマを通じてメルアとマリーの声が響いた。


『そー簡単にやられるワケないってね!』

『射線クリアですわぁ! メルア!』

『うちとマリーの魔力全部乗せぇ! エーテル増っし増っしの全っ力全っ開でいっくよぉおおおおおおーーーーー!』


 ああ、僕たちにはまだ仲間がいた。こんなにも頼もしい仲間が。


極大照射アルティメットバースト、ですわぁーーーーーー!!』


 マリーの高らかな声と共に、二人分のエーテルを注ぎ込んで超圧縮された極太のスパークショットが放たれる。その光はデモンズアイの目玉を貫き、使役者の絶叫が響き渡った。


『ぎゃぁああああああっ!!』


 デモンズアイの目玉が破裂し、夥しい血が飛び散る。


『散開!!』


 機兵四機がナイルの合図で散開すると、支えを失ったデモンズアイは大闘技場コロッセオの真ん中に落ち、ぐしゃりと潰れる気味の悪い音と地響きが続いた。


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