第365話 限界突破

★エステア視点


 アルフェの魔法の影響が繁華街の広場にまで及んでいる。じわじわと広がり続ける氷魔法の影響は、彼女がリーフを守ろうと必死に戦っていることを痛いほど見せつけていた。


 皆がリーフの光魔法アムレートの成功に賭けている。私もその一人だ。


「頼んだわよ、ホム……」


 上空でアークドラゴンを引きつけながら戦うホムに向かって念じ、刀を鞘に納める。目を閉じ、自らのエーテルから風のイメージを構築させ、風属性のエーテルを充填チャージさせるように努めた。


 怒りで荒れ狂っていた心の中に吹く風は、今は穏やかだ。皆を守るためにも、私は成すべきことを間違えてはならない。


 充填チャージした膨大な量の風属性のエーテルを凝縮して一息に放つ『落葉らくよう』は絶大な威力を誇る旋煌刃の奥義の一つだ。抜刀術によって威力を上乗せするこの技は、例えるなら鞘の中に暴風を押し込めるように充填チャージし、その風圧を抜刀によって加速させて放つ。その威力は、時に脅威となって襲い来る竜巻にも比するほどの暴風とともに無数の風の刃を生み出して敵を仕留めるのだ。


 窮地において一発逆転を狙えるほどの威力を持つこの技は、しかし、充填チャージの際に納刀と集中を強いられるため実戦向きとは言い難い。


 武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯でも同じ技を見せたが、あれは完璧とは言えない。隙を突いて充填出来たエーテルは、セレーム・サリフの機体性能で底上げ出来たところで不完全だった。ホムを一撃で仕留め損なったのがその証拠だ。


 けれど今は、そのホムがアークドラゴンの注意を引きつけてくれている。


 充分にエーテルを充填出来た状態で放つ『落葉』ならば、確実にアークドラゴンを仕留めることが出来るはずだ。


 牙を剥く竜のような暴風のイメージが育ち、私は目を開いた。視線向けると、鞘が若草色に発光するほどに風属性のエーテルが刀に集中しているのが確認出来た。脈打つようなエーテルの振動が握りしめた柄を通じて伝わってくる。


 あとはホムが誘導してきたアークドラゴンを迎え撃つだけだ。


「……調ととのった」


 自らに言い聞かせるように呟き、呼吸を整えた私は、上空で迸った閃光に弾かれたように顔を上げた。


「え……?」


 呟いた次の瞬間に、私は反射的に柄を強く握りしめていた。


 ――こんなの聞いてないわよ、ホム!


 誘導などという言葉では生温い、上空のホムはアークドラゴンをこちらに向けて蹴り飛ばして来たのだ。


 だが、それは却って好都合。私にとってまたとない攻撃の機会だ。


旋煌刃せんこうじん終ノ太刀ついのたち――」


 詠唱に反応して、暴風が凪ぐ。嵐の前の一瞬の静寂を、私は打ち破った。


落葉らくよう!!」


 抜刀と同時に飛び出したのは、刀身を遙かに越える長大な風の刃だった。激しい暴風と共に刃は宙を斬り、アークドラゴンを狙う。


「!!」


 だが、一撃目の風の刃がアークドラゴンの巨体を捉えたと思った直後、アークドラゴンは身体を反転させ、後脚を犠牲にした。


「ギィェエエエッ!!」


 二本の後脚が斬り落とされ、暴風に紫の血が混じって弾け飛ぶ。落葉は抜刀からの回転斬りと、上段からの風の斬撃による二連撃を要とする技だ。この状態からなら、絶対に躱せはしない。


 私は瞬きひとつせずにアークドラゴンを見据え、抜刀の勢いで振り翳した刀を袈裟懸けに振り下ろした。


 後脚を失い地面に叩き付られたアークドラゴンを、風の刃が捉える。だが、勝利を確信したのも束の間、視界が突如真っ黒に塗り潰された。


 ――魔力切れ……


 真っ暗になった世界で恐ろしく重いなにかが身体にのし掛かっている。見えないなにかに押し潰されて頭が割れてしまいそうだ。辛うじて保っている意識も、これが現実なのか夢の中なのか区別がつかない。手足に力を込め、なんどか意識を繋ぎ止めようとしているが、それが出来ているかどうかさえわからない。


「違う! まだ、まだ、まだ……!」


 自らを叱咤し、叫ぶ。どれだけ格好悪くても、勝たなければならない。ホムが、私を信じてここまで戦ってくれたのだ。私も、自分を信じて最後まで足掻くしかない。


 風の刃を生み出すために残りのエーテルの殆どをつぎ込んだはずだ。充填チャージされたエーテルは、魔力切れですぐに霧散するわけではない。ならば、私はまだ技を維持出来ているはずだ。


 希望が、その一筋の希望が、私に目を開け、立ち上がる力をくれた。


 地面に倒れ伏しているアークドラゴンに追撃は届いていない。アークドラゴンもまた、最後の足掻きとばかりに黒炎を吐き出そうとしている。狙いは、私だ。


「エステアーーーー!!」


 上空から降ったホムの叫びに、私は視線を巡らせた。立っているだけで精一杯のはずなのに、彼女の姿を見た瞬間、力が湧いた。


「わたくしがやります! わたくしを攻撃に使ってください!」


 全速力で私に向かって来たホムのその一言で、私は全てを理解した。頼って良いのだ、いや、私は彼女を頼るべきなのだ。


 ――お願い、あともう一振りだけ。


 私は心の中で祈り、刀の柄を握りしめた。私を信じてくれたホムの前で、倒れている場合ではない。


「行くわよ、ホム!」

「はい!」


 私は跳躍してきたホムを刀の峰で受け止め、渾身の一撃を放つ。


参ノ太刀さんのたち飛燕ひえんが崩し――」


 私の風の刃とホムの風魔法ウィンドフローが共鳴している。ホムはそこにさらに飛雷針による雷魔法を纏わせる。


 この技は、私たちの絆が生み出した奥義だ。


「「風刃瞬動エアリアルレイド!!」」


 私とホムの声が重なり、振り抜いた刀からホムが超速で飛び立つ。


 風の刃はホムを中心に渦を巻き、激しく回転しながら先端を尖らせていく。その先端は、大口を開けるアークドラゴンの顔面を捉え、まるで穿孔機ドリルのようにその巨体を貫き引き裂いた。


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