第364話 雷鳴の剣

★ホム視点


『なにをぐずぐずしている。人間とヒトモドキなど我ら魔族にとっては虫ケラ同然! 虫ケラに負けることなどありはしない!!』


 デモンズアイから使役者の声が響く。声は禍々しく本能的な嫌悪の響きを持った声だが、その物言いには覚えがあった。


「魔族にとって人間とは……私とホムは、そのように映るのね」


 イグニスという名をエステアは口にしなかった。プロフェッサーとの会話で不用意な発言を現に慎むよう自らを制しているのだろう。


「ええ。確かにわたくしは人間ではありません。ですが、虫ケラという発言は撤回させたいところですね」


 正体を突き止めるまでは安易な結びつけを止すべきだと自らを戒めながら、デモンズアイを見上げる。あれほど盛んに湧き出していた血涙は、邪法の供給源となるものが枯渇しかけているのか翼持つ異形ゲイザーすら湧き出てはいない。


『行け! 奴等を根絶やしにしろ!』


 デモンズアイの瞳がぎょろりと動き、黒い炎がアークドラゴンを射貫く。


「ギィィェアアアアアアア!!」


 邪法の炎に包まれたアークドラゴンは咆吼し、赤々と燃えるような目を光らせると、尾を翻し、身体をくねらせながら急降下してきた。


「どうする!?」

「歓楽街に誘い込みます! 飛び続けるよりも足場があった方がエーテルを温存出来る」

「いいアイディアだわ! 私が囮になる」


 エステアが、風の刃を飛ばしながらアークドラゴンを誘う。だが、それでは今までと変わらない。


「ダメです! 同時に攻撃を仕掛けなくては!」


 わたくしが引き止める間にもアークドラゴンは急速に距離を詰めてくる。


「なぜ!?」


 エステアはひとまず思いとどまり、わたくしと共に歓楽街の建物の上を駆け始めた。


『逃げても無駄だ! 魔族に抗ったことを後悔しながら死ぬがいい!』


 使役者の嘲りに速度を増したアークドラゴンが、歓楽街の看板を翼で薙ぎ倒しながら追いかけてくる。


 予期せぬダメージを負わされたことに加えて、邪法の炎が怒りを増幅させたのだろう。恐らく大闘技場コロッセオの観客の興奮を引き出し、負の感情を増幅させていたように。きっとここから先は、悠長に話している余裕はない。


「アークドラゴンの皮膚の硬度が、攻撃の手段に合わせて変化するからです! 斬撃に対しては硬く、打撃に対しては柔らかく、防御を最適化させているんです」

「理屈はわかったわ。でも、それは皮膚だけの話よね?」


 わたくしの言葉にエステアが立ち止まったかと思うと、風の刃を地面に向けて飛ばして飛翔した。


肆ノ太刀しのたち――清龍舞せいりゅうまい!!」


 アークドラゴンに急接近したエステアが、その巨体を取り囲みながら小さな竜巻のような斬撃を叩き込んでいく。狙いは首で、わたくしがつけた傷を的確に狙っているのだ。だが、巨体に対してひび程度の傷、出血は確認出来るが、広げるには至らない。


「加勢いたします!」


 わたくしも跳躍し、風魔法ウィンドフローの浮力を借りて打撃を繰り出すが、アークドラゴンは巧みに皮膚の硬度を変えていく。


「……くっ」


 同時攻撃だとわかっていれば、想像を絶する速さで皮膚の硬さを変えられるのだ。ほとんど反射的と言っても過言ではない。生存のために編み出した進化なのだ。


『ちょこまかとたかって来たところで無駄だ!』


 アークドラゴンが大口を開け、黒炎を吐き出す。わたくしとエステアは咄嗟に飛び退き、高い建物の屋上に着地した。


「……的確に刺突でもしないと難しそうね」


 追撃の黒炎を吐き出さんとする構えのアークドラゴンを見上げながら、エステアが肩で息を吐いている。


「あるいはアークドラゴンの皮膚の硬度を上回る攻撃があれば――」

「……あるわ」

「あるのですか?」


 問いかけと同時にアークドラゴンが尻尾をしならせ、鞭のように建物を打った。わたくしとエステアは咄嗟に左右に散る。飛び散ったガラスと外壁の破片をエステアが風の刃で撃ち落としていく中、わたくしは瓦礫を蹴ってアークドラゴンが俯瞰出来る場所へと走った。


 このままでは、じわじわとエーテルを消耗させてしまう。魔力切れになれば、勝ち目はなくなる。


「エステア!」


 不安と焦りから悲鳴のような声が出たが、多機能通信魔導器エニグマ越しに返ってきたエステアの声は冷静だった。


『……旋煌刃せんこうじんの奥義、終ノ太刀ついのたちなら、アークドラゴンの皮膚の硬度を上回れるはず。でも、納刀して風のエーテルを充填チャージさせる必要があるわ」


 その言葉で思い出した。武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯の決勝戦――鞘に収まっているはずのセレーム・サリフの刀に風が集まり、竜巻ような渦を成し、抜刀した瞬間に『終ノ太刀・落葉らくよう』が文字通り木の葉のように暴風の刃でわたくしたちを襲ったのだ。


 終ノ太刀ついのたちならば、それが可能な気がする。セレーム・サリフから放った技の威力の比ではないけれど、そもそもあの技は生身の人間が使うことを想定しているのだ。


 恐らく、機兵が倒せるほどの威力を出せるに違いない。ならば、そこに勝機はある。


「わたくしが時間を稼ぎます! その隙に!」

『危険よ!』

「元より承知の上です! わたくしの雷鳴瞬動ブリッツレイドでは、あのダメージが限界。だったら、あなたに賭けるしかない!」


 わたくしはエステアの返事を待たずに、無詠唱でアームドと軌道レールを具現させ、軌道レールでアークドラゴンを下から穿つ荒技を放った。


 わたくしの魔法を想定していなかったのだろう、予想外の攻撃にアークドラゴンが一瞬怯み、そこに隙が生まれた。


「はぁああああああっ!」


 わたくしは風魔法ウィンドフローを駆使して軌道レールの先端に駆け上がり、その勢いのまま叫んだ。


雷鳴瞬動ブリッツレイド!!」


 雷を纏った俊足の蹴りで上空にアークドラゴンを打ち上げる。足を振り抜くと、ダメージを与える手応えはなかったものの、アークドラゴンはわたくしに押し負けて宙に投げ出された。だが、すぐに空中で身体をよじり、体勢を整えると、追撃するわたくしを撃ち落とそうと翼を羽ばたかせ、大口を開いた。


 ――来る!


 本能的な危機感がわたくしの五感を冴えさせる。黒炎を吐きながら噛みつくように襲ってくるアークドラゴンを避けることには成功したが、鞭のようにしなる尾が死角から襲ってきて胴を薙がれた。


「……っ、ぐ……っ!」


 息が詰まり、迫り上がってきた酸いものを吐き出した次の瞬間。わたくしは、建物の外壁に叩き付けられ、隣接する建物の屋根の上に落ちた。


 ――なにかが、おかしい。


 強烈な違和感がある。アークドラゴンの動きが明らかに変わっている。皮膚の硬度に対する反応を抜きにしても、攻撃力と機動力が格段に上がっている。


「あの邪法の炎が……」


 視線は自然にデモンズアイの方へと向けられた。呻くように呟いたわたくしの脳裏には、あの傲慢さの滲み出る使役者の声と、デモンズアイから放たれた邪法の炎が蘇っていた。恐らく、あの邪法の炎がアークドラゴンを変貌させている。身体強化魔法フィジカルブーストと同じように、本来の能力を底上げさせたのだ。


「このままでは……」


 大きく息を吐き出した息は血の味がする。わたくしは言いかけた言葉を呑み込んで歯を食いしばり、身体の上にのしかかっている瓦礫に手のひらを押し当てて立ち上がった。このままでは、エステアが終ノ太刀ついのたちを放っても仕留めることができない可能性がある。でも、エステアはわたくしを信じてエーテルの充填チャージに集中してくれている。


 わたくしがすべきことは、広場で来たるべき攻撃の機会チャンスに備えるエステアに、アークドラゴンを誘導すること。だが、その前に、変貌を遂げた機動力の要となっているアークドラゴンの翼が問題だ。


 わたくしは宙を見据え、意識を集中させて目を閉じた。心を平静に保ち、勝機を見出さなければならない。エステアの終ノ太刀ついのたちを必ず命中させるためには、アークドラゴンの翼を折らなければならない。


 それは、今のわたくしの最大の攻撃雷鳴瞬動ブリッツレイドでは成すことはできない。だが、もしも、広く広がる翼の皮膜を傷つけ、それを支える骨を折る鋭い刃があったとすれば――


「一か八か……」


 頭の中に閃いたのは、雷鳴瞬動ブリッツレイドを応用し、そこにエステアの旋煌刃せんこうじんの技を組み合わせた雷の刃だ。


 エステアの旋煌刃は刀に風の刃を纏わせて戦うスタイル――わたくしも同じように、雷を刃のように足に纏わせ、雷の刃による斬撃に特化した技を繰り出せるはずだ。間近で何度もその技を見てきたわたくしには、それを模倣する力があるはずだ。マスターがそのようにわたくしを作ってくださったのだから。


旋煌刃せんこうじんの基本の型……壱ノ太刀いちのたちはやて』」


 エステアの詠唱を唇の中で呟き、そのイメージを構築する。雷の刃を纏わせた両脚で一呼吸の間に連撃を放ち、十字にアークドラゴンの翼を切り裂くのだ。


 これまでの戦いでアークドラゴンは、わたくしの攻撃が打撃のみであると理解しているだろう。だからこそ、エステアのような斬撃が必要なのだ。わたくしがこの新しい技を繰り出せば、隙を突くことが出来る。


「……使わせていただきます」


 出来るという確信を持って、わたくしは目を開いた。


『ハッ! まだ潰されていなかったか、虫ケラ!』


 嘲る使役者の声には耳を貸さず、わたくしは急降下してくるアークドラゴンを避けて建物の上から、地上へと降りた。停車中の路面列車の裏に屈み込み、肩の真下に手首がくるように腕を下ろして地面に手のひらをつき、左脚の膝を立てて右脚を後ろに伸ばした。爪先で地面を穿ち、身体を固定させながら意識を両脚に集中させる。


「マスター、力をお貸し下さい」


 アークドラゴンが黒炎を吐き出し、路面列車が炎との熱風に煽られてもわたくしは集中を続けた。飛雷針がわたくしの構築したイメージに反応して雷のエーテルを生成し、わたくしはそれを右脚に充填チャージさせる。イメージの中で細く鋭い刀――すなわち、エステアの刀のように練り上がった瞬間、わたくしは地面を蹴り、飛び出した。


「ケシャァアアアアッ!!」


 アークドラゴンが黒炎の追撃を浴びせ、路面列車が弾け飛ぶ。


 路面列車の車体の陰に隠れたわたくしは、車体を追い抜きざま、雷の刃をアークドラゴンの翼目がけて振り下ろした。


雷鳴剣脚ブリッツシュナイデン!」


 閃光の刃がアークドラゴンの片翼を根元から切断する。


「ギィェエエエッ!!」


 わたくしの奇襲によって片翼を失ったアークドラゴンはバランスを崩し、その巨体を大きく傾がせた。でも、まだこれで終わりではない。


「エステア!」


 叫び、エステアの待つ広場の方へ視線を向ける。ほんの一瞬だが、エステアと目を合わせることが出来た。


「はぁあああっ!」


 わたくしは右脚に構築したイメージを左脚にも移し、風魔法ウィンドフローで身体を翻しながら十字にアークドラゴンを斬り付ける。雷の刃による斬撃をアークドラゴンは皮膚の硬度を固めることで弾いたが、それも狙い通り。


「いっけえええええええっ!!!」


 わたくしは右脚の雷の刃を全力で振り抜き、アークドラゴンをエステアの待つ広場に向かって撃ち落とした。


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