第348話 エステアへの希望
★ホム視点
エステアと共に炎を宿らせた拳と脚でレッサーデーモンを
だが、レッサーデーモンの数は見る間に増え、わたくしたちの処理を上回る。
もっと早く気づくべきだったのだ。最前線で多くのエーテルを消費するカナド流刀剣術、
『会長が!』
『もうおしまいよ!』
拡声魔法が関係ない生徒の声を拾ってしまっている。わたくしに聞こえるということは、当然エステアにも届いている。必死に戦うエステアにとって、恐慌状態に入ってしまった生徒たちの声がどれだけ重みになるか。
わたくしは、乾いた唇を噛み、湧き上がる感情に耐える。この負の感情に呑まれてしまってはいけない。勝つためにも、冷静で居続けなければならない
「さあ、こっちだ!」
沈みかけたわたくしの心を引き上げてくれたのは、マスターの凜々しい声だった。アーケシウスに乗ったマスターが、
A組との模擬戦の時に見せた、フレアレインだということはすぐにわかった。
マスターは、エーテルを抑えるために羽織っているレムレスのエーテル遮断ローブから頭部と腕を露出させ、レッサーデーモンの毒を無効化出来る火炎での攻撃を放ち続ける。
「リーフはワタシが守る! ホムちゃんは、エステアさんをお願い!」
マスターのアーケシウスの頭部に立ち、風魔法と火炎魔法の
「エステア! 挟み撃ちです!!」
今やエステアに殺到していたレッサーデーモンは、マスターのエーテルに光に群がる蛾の如く惹かれている。わたくしたちの存在など忘れてしまったかのように、背を向けている無防備な姿を、逃す手はない。
「行くわよ、ホム!」
エステアが柄を持つ手に力を込めるのがわかる。この構えは、何度も見た。
「弐ノ太刀――」
エステアを中心として暴風が吹き荒れる。エステアが身体を翻すと瞬く間に竜巻に変わっていく。
「参ります!」
わたくしは飛雷針にエーテルを流し、雷属性へと変換させる。同時にエステアのエーテルに同調させるイメージを強く構築した。一か八か、わたくしの雷撃をエステアの風の刃に纏わせるのだ。
「「
エステアの声とわたくしの声が重なる。竜巻が雷撃を纏って大きく膨らみ、レッサーデーモンの群れを巻き込んで破裂した。
激しい土煙が巻き起こり、辺りに静寂が訪れる。
「……やったの……?」
エステアが肩で息を吐きながらわたくしの方を見る。わたくしは、まだどちらの判断も下すことが出来ずに、マスターが向かった方向に目を凝らした。
「ギャギャ!」
「ギャー! ギャギャー!」
爆煙の向こうから、レッサーデーモンの声がする。煙が晴れた地面に横たわる群れとは違う、別の群れの出現に気づき、わたくしは思わず叫んだ。
「マスター!」
「僕は無事だ!」
最悪の事態はまだ訪れていない。マスターが無事な限り、わたくしの希望はここにある。けれど、アルフェ様がかけてくれたであろう拡声魔法を通じて聞こえてきたのは、いつになく弱気なマスターの声だった。
「……レッサーデーモンの飢餓状態を侮ったかもしれない。僕がこいつらをここに――」
「違います、マスター!」
「違うよ、リーフ!」
わたくしの声とアルフェ様の声が同時に響いた。離れていても、マスターが驚いた顔をしているのがわたくしにはわかる。マスターのせいではないと否定したかったのに、わたくしには続く言葉が見つからない。そのせいかどうかはわからないけれど、マスターは微かに笑ってエーテル遮断ローブで再び全身を覆ってしまった。
「みんなも聞いて。今の状況は、リーフのせいじゃない。リーフがここを離れても結果は同じ。だって、今はこの学校全体が狙われているから!」
アルフェ様の断言に、校舎の方のざわめきが大きくなる。絶望を感じた生徒たちのすすり泣きを聞き取ったのか、エステアの顔が見る間に歪んだ。
「……みんながパニックになって、たくさんのエーテルを放ってる。死にたくないって、生きたいって気持ちがエーテルを興奮状態に高めちゃってるから!」
「確かに、これだけの人数だもんねぇ……」
メルア様がアルフェ様の意見に同意を示す。拡声魔法によって響くアルフェ様の声を拾おうとしてか、生徒たちのざわめきが少し静かになった。
「……避難を誘導したことが、裏目に出るとは皮肉なものね」
「でも、あの状況での最善です。今も最善を尽くしているはずです」
エステアはなにも間違えていない。会長として、最善を尽くし続けている。わたくしに出来ることは、それを支えることだけだ。
「……そうだね。アルフェの言う通りだ。これが僕たちの最善――今は、僕たちの『処理』を魔族の数が上回っているだけだ。活路は、突破口は、必ず見いだせる!」
必死に考えを巡らせているマスターの声が聞こえる。エーテル遮断ローブに身を包んだ今でも、マスターは諦めたわけではないのだ。
「最善……、突破口……」
エステアが疾風の刀を振るいながら、呟く。先ほど、ほんの一瞬だけ諦めが過ったように思えたその目に、闘志の炎が宿ったのを、わたくしは見逃さなかった。
「可能です! エステアなら、必ず!!」
――わたくしは戦う。必ず勝つと信じているから。
「あなたにはその力がある!」
――わたくしたちはかけがえのない友であり、好敵手なのだから。
「ええ。私は負けないわ、ホム!」
エステアがそう言って笑って見せた。翻した刀で華麗にレッサーデーモンを切り伏せて見せるその姿には、もう迷いはない。
疾風の刀で希望を見つめ、未来を切り拓こうとしている。この人は、本当に強い。
「アルフェ、お願い! 私の声をみんなに届けて!」
「うん!」
アルフェ様が、エステアに拡声魔法を施す。柔らかな風が吹き、レッサーデーモンが生死を問わず放つ異臭を退けた。
「うちも頼ってよ、エステア!」
メルア様の声が拡声魔法で聞こえてくる。出現したのは、巨大な氷の壁だ。メルア様はそこに、映像化魔法を宿らせたのだ。
エステアが戦う前線の姿が映し出されるが、エステアは気づいていない。
――目の前の敵しか――いいえ、その向こうの未来しか見ていない。
「……テア、エス……テア、……エステア……」
かすかなざわめき。悲鳴や鳴き声が静まっていく。代わりに聞こえてくるのは、そう――
「エステア! エステア!」
誰よりも勇敢に戦うエステアを鼓舞する、生徒たちの声だ。
「この学校で学んできたこと、身に着けた技術を今こそ発揮するとき、大切な友人、愛おしい人、自分の命、理由はなんでもいい。……今を生きるため、持てる全てを発揮して共に困難に立ち向かうの! さあ!」
エステアの声に触発され、遠距離魔法、遠距離武器、をはじめとした攻撃が加わり始める。わたくしはエステアと共に前線を押し上げながら、膨らんでいくたくさんの勇気と闘志をこの背に感じた。
武器を手にした生徒が、校舎や講堂から集まり、戦えない人たちを守ろうと奮起する声がしている。エステアもわたくしも止まらない。数で圧倒されても、知識と技術を使えばいい。わたくしたちは、そのために学んで来たのだから。
わたくしたちの声が、レッサーデーモンの鳴き声を上回り、形成の逆転を感じる。
「このまま制圧するわよ!」
攻撃の勢いが落ちるのを確信しながらエステアが皆を鼓舞する。わたくしもそれに続いたその刹那。
「「正門から正午の方向、レッサーデーモンの群れが来る!!」」
時計塔から甲高い警鐘が鳴り響き、リリルル様が叫ぶ声がした。
「……あの数、前線では捌ききれません!」
エステアは疲弊している。退き時を誤れば、取り返しが付かなくなる。
「やるしかないわ!」
「エステア!」
――その判断に続くべき……?
エステアのエーテルの消耗は激しい。わたくしでさえ、肩で息をつかなければならないのだから、エステアはあとどれくらい持つのだろうか。気力が途切れたほんの一瞬、その隙を魔族は狙っている。そうなった時、この前線でわたくしはどう動くべきなのか。
「……ム、ホム!!」
迷いが、わたくしの判断を鈍らせた。気がついたその時には、レッサーデーモンがわたくし目がけて飛びかかって来ており、間髪いれずにエステアの疾風がわたくしの身体を弾いた。
地面に叩き付けられたわたくしの上を、魔導砲と思しき激しい炎が発せられてレッサーデーモンを貫く。
「今のは!?」
飛び起き、即座に状況を理解しようと首を巡らせる。
「ガイストアーマー!」
わたくしよりも早く、先ほどの援護攻撃の正体を見つけたエステアが叫んだ。
「無事か、ホム!」
「ヴァナベル!」
ガイストアーマーの拡声器を通じて響いてくるのは、ヴァナベルの声だ。
「ヌメもいるよぉ~」
ああ、無事だったのだ。ハーディア様を連れて逃げてくれたヴァナベルも、ヌメリンも。
「よしよし、間に合ったな。わしらが来たからには、簡単にはやられんぞ」
「タヌタヌ先生!!」
三機のガイストアーマーのもう一機の操手に、エステアが歓喜の声を上げる。生徒だけで戦った中、軍人であるタヌタヌ先生がガイストアーマーで現れたのは幸いだ。
「よく頑張ったな、ホム、エステア。ここはわしらに任せて、後退するんだ」
「ですが、ガイストアーマーとはいえ、たった三体では……」
「策なく魔族の群れに飛び込むわしではない。頼もしい援軍の到着だ!」
タヌタヌ先生が後方を示す間に、数台の蒸気車両が猛スピードで迫ってくる。
「あれは、プロフェッサー……」
先頭の蒸気車両で指揮を執るのは、プロフェッサーだ。
「ホムちゃん、エステアさん、伏せて!!」
アルフェ様が氷魔法と風魔法で結界を展開する。わたくしたちは言われるがままその場に伏せた。氷の壁越しに、マスターとアルフェ様、エステアとわたくしをそれぞれ狙って押し寄せたレッサーデーモンたちの群れが見える。
「やれ!」
プロフェッサーの号令と共に、公安部隊の魔導砲掃射が行われる。おぞましい悲鳴が断続的に続く。悲鳴が聞こえなくなる頃には、透明な氷の壁は向こう側が見えなくなるほどのレッサーデーモンの体液でべっとりと染まっていた。
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