第321話 マグロナルドの女神
夜とはいえ、学園内とは違って街の中は煌々とした明かりに照らされている。
ヴァナベルが話していたマグロナルドは、港湾区の近くということで、僕たちは灯台の明かりに照らされるヴェネア湖を眺めながら、まだ当面の間眠りそうにない街の中を並んで歩いた。
「そろそろかな~、早く見えないかな~」
ヴァナベルと共に先頭を歩くヌメリンが独特の調子をつけてのんびりと歌いながら、身体を左右に動かしている。
「んー。まだ看板は見えねぇけど、旨そうな匂いはしてきたよな!」
「にゃはっ! ここ、飲食店街だからどれがマグロナルドの匂いかわかんないけどな」
お腹をさすりながら同意を求めるヴァナベルに、ファラが笑って返す。
「そういえば、どうしてマグロナルドという名前なんでしょう?」
「確かに。バーガーショップなら、もう少しそれっぽい名前でもいいのにね」
ホムの呟きにアルフェが小首を傾げる。
「ツナバーガーだからじゃない? カナド人はツナのことをマグロって呼ぶらしいし。ね、エステア?」
ホムとアルフェの話を聞いていたメルアが、母親がカナド地方出身のエステアに確認を取る。
「ええ、ツナといえばマグロね」
「だからマグロナルドかぁ~」
アルフェが納得した様子で呟くと、ファラが突然噴き出した。
「にゃはっ! じゃあナルドはどっから来たんだよ」
ファラの突っ込みにエステアとアルフェ、ホムが顔を見合わせて首を傾げている。確かに、ナルドという単語は聞いたことがないな。
「よくわかんないけど~、自由都市同盟の方が本店って聞いたから~、どっかそっちの方の言葉かも~」
話を聞いていたヌメリンが仮説を立ててくれる。ああ、なるほど、自由都市同盟の方なら、旧人類の遺物も残されているぐらいだし、かつての文明のなにかしらの名前からつけたのかもしれないな。
「おっ! 見えて来たぜ。あの黄色い看板だ! オレ、席取ってくる!」
「走るとあぶないよ~、ベル~」
緩やかな曲がり道を曲がったところで、ヴァナベルがマグロナルドの看板を見つけて駆け出す。
ヴァナベルが言っていた黄色い看板を見ると、バンズと呼ばれるハンバーガーに使われる丸パンに魚が挟まっているのがわかった。先ほどのエステアの説明を聞く限り、どうやらこの魚がマグロと呼ばれる魚のようだ。それにしても、わかりやすくて遊び心のある面白い看板だな。
「さっ、あたしたちも急ごうぜ!」
「うん!」
ファラに促され、アルフェとホムが歩調を速める。僕でさえ空腹を感じているのだから、皆はかなり空腹だろうな。
急ぎ足で店へと向かうと、ヴァナベルとヌメリンが広いソファ席を二つ確保してくれていた。この時間でも店内はドリンクや軽食を楽しむたくさんの人で賑わっている。営業時間が長く、遅くまで開いているということもあり、僕たちと同じように、遅い夕食を摂る人もいるようだ。
「ちょっと離れちまうけど、別にいいよな」
「私としても、ダンスパーティーの件で話したいこともあるし、
ヴァナベルの問いかけにリゼルが理由をつけてさりげなく席を分けてくれる。
「それじゃ、好きなモン頼もうぜ! オレは断然アーカンシェルバーガーだけどな!」
「にゃははっ。マグロナルドの女神様考案だもんな~。あたしもそれにしよっと」
「ヌメも~」
注文カウンターの上では、エーテル灯を使ったカラフルなメニュー票がまばゆく掲げられている。メニューの横には簡単な説明が書かれており、メニューの由来などが確認出来た。
その説明によると、マグロナルドの看板メニューは、以前にアルバイトをしていたアスカという女性が考案した大人気メニューらしい。アーカンシェル店のオリジナルメニューとして売られていたが、ファンの強い要望により、全店で展開するようになったようだ。
このメニューによってマグロナルドの売上げが飛躍的に伸びたことから、メニュー考案者のアスカは、マグロナルドの女神と呼ばれているらしい。
こんな風に紹介され、親しまれているのを見るに、きっと人好きのする明るい女性なのだろうな。もしかすると、まだマグロナルドのどこかの店舗で働いているのかもしれない。
「わたくしも、そのアーカンシェルバーガーにします」
「ワタシも! ポテトとドリンクもつけちゃおう♪」
アルフェとホムが楽しげに頷き合っているが、アーカンシェルバーガーはボリュームもかなりあるし、僕にはちょっと重そうだな。定番であるツナバーガーのツナパティをダブルにして、彩りの良い野菜を重ねて、クリームソースと粒マスタードをトッピングしているのは非常に美味しそうではあるのだけれど。
「リーフはなににする? ポテト、わけっこしようね」
「ああ、ありがとう。僕は定番のツナバーガーにするよ」
アルフェとホムを待たせてしまわないように、手早く注文を決めると、僕たちはカウンターで注文を終えて、ヴァナベルが確保してくれた席に着いた。
「なんだかワクワクしちゃうね」
「夕食前のティータイムとはまた違って、もう夜だものね」
メルアの呟きに、エステアが楽しげな表情で窓の外を見遣る。週末ということもあって、外には僕たちと同じカナルフォード学園の生徒と思しき学生たちが、寮の方角に向かって歩いている姿が見える。
「うふふっ。一応門限がありますし、その時間になる前に、
「それは助かるよ。生徒会は生徒の規範でなければならないからね」
考えるまでもなく、夕食を食べそびれたわけだから、もうかなり遅い時間なのだ。店内の客層を良く見れば、談笑しながら食事を楽しんでいるのは、高等部の学生というよりは大学部の生徒のように見受けられる。
「リーフの言う通りね。立場に甘んじることがなくて、私としても安心よ」
「マスターは、わたくしの誇りですから。いつでも、誰にも恥じない判断をしてくださいます」
「僕にだって欠点はあるけどね」
エステアの言葉にホムが誇らしげに応じる。流石に気恥ずかしくて苦笑を浮かべると、横のソファに座っているアルフェが、そっと手を伸ばして僕の腕に触れた。
「でも、ワタシ、どんなリーフも大好きだよ」
「にゃはははっ! アルフェはそうだよな~」
「も~、アルフェちゃん、ほんとししょーが好きだよね!」
アルフェのいつもの仕草に、ファラとメルアが楽しげに反応する。
「メルア先輩だって!」
アルフェが笑顔で講義すると、メルアは慌てた様子で顔の前で手を横に振った。
「うちもししょーのことは大好きだけど、あくまで弟子ね! 弟子として、そんけーしてるってことだから、安心して!」
「ふふっ! アルフェに関してはメルアの方が師匠ですのに、プライベートだと力関係がわかりませんわね」
メルアの慌てっぷりを見て、マリーが噴き出す。
「力関係もなにも! アルフェちゃん怒らしたら滅茶苦茶怖いってわかってるからね~」
「
「え? そんなに?」
「おーい! バーガー出来たってさ!」
マリーに指摘され、思わず聞き返したが、僕の問いかけはヴァナベルの呼び声に重なって有耶無耶になってしまった。
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