第266話 先輩たちとの休日
新学期最初の休みは、アルフェのリクエストで外出することに決めた。
ウルおばさんから以前作ったクッキーがまた食べたいと聞いていたので、クッキーの材料を調達するのにも丁度いいだろう。アルフェと僕とホム、それにアルカディア帝国のグルメを求めるファラという珍しい組み合わせで、まだ新年の余韻を残す賑わいのある街へと繰り出した。
商店と歓楽街が広がるエリアを抜け、リゾートエリアへと向かう。冬はヴェネア湖のキャンプや遊泳などを目的とした観光客が激減するため、この辺りは一部の宿泊施設を除いて閑散としているのだが、今日は湖の青をイメージしたらしい大きな天幕が街路いっぱいに張られ、たくさんの露店が連なっていた。
「新年が明けてしばらく経つのにすごい人だね!」
冬の冷たい空気の中でアルフェの白い吐息が踊っている。
「そうだね――」
「年末年始は学園の生徒が帰省してだーれもいないから、市場の開催をずらしてるっちゅー話だよ」
相槌を打つ僕の声に、どこからかメルアの声が重なった。
「メルア?」
だが、声が聞こえた方向を頼りに辺りを見回しても、メルアの姿は見えない。まあ、僕の身長では人混みに紛れられたらほとんど探せないのだけれど。
「あっ! メルア先輩!」
いち早くメルアを見つけたアルフェだったが、その指先が示している場所にメルアの姿はない。
「にゃははっ。浄眼なら見えるってわけか」
「そういうこと。メルア先輩、隠れてもわかりますよ」
ファラが笑って近づいて行くと、何もなかったはずの空間に突如としてメルアが姿を現した。
「あっちゃ~! 上手く隠れたつもりだったんだけど、アルフェちゃんがいるならそうなるよね~」
声がしたかと思うと、目の前の空間で薄いカーテンのようなものが翻り、メルアの姿が露わになった。
「ああ、透明化ローブを着てたのか」
「そっ、ししょーのエーテル遮断ローブで、めちゃめちゃ刺激受けたし、光屈折操作が可能な素材がちょうど手に入ったからやってみよーって。どう? どう?」
「なかなかいい出来映えだと思うよ」
良く見れば、ローブの糸には複数の魔石を溶かしこんだ七色に光る繊維ラルカンシェルを使っている。ラルカンシェルの刺繍は、ローブに当たる光を屈折させる役割を担い、ローブに周囲の景色を投影してあたかたも透明になっているかのように視覚誤認させるという仕組みだ。
古典的な錬金術ではあるが、簡易術式ですら細かな作業が苦手だと主張していたメルアがこれを手縫いで作っているのにはかなり感心した。
「やった~! ちゅ~わけで~、ししょー、出来の良い弟子にご褒美のお年玉お願いします!」
「……お年玉? それはなんだい?」
耳慣れない言葉だが、なんだか縁起の良さそうな名前だ。メルアに問い返したところで、彼女の後ろから近づいて来ていたエステアに気がついた。
「エステア!」
「メルアったら、急にいなくなるから探したわよ」
「ごっめーん! 本当はエステアを驚かせるつもりだったんだけど、ししょーたちを見つけたらつい足が勝手に……」
そう言いながら、メルアが透明化ローブで自分の手を透かして見せる。
こうして一部分だけ透かされると、境界がはっきりとわかって面白いな。
「エステアと一緒だったんだね」
「そーそー! でさっ、エステア。お年玉って説明するとしたらなんて言ったらいいの?」
相槌を打ちながら、メルアがお年玉の説明をエステアに丸投げする。エステアは、苦笑を浮かべながら僕を見ると、丁寧に説明してくれた。
「お年玉は、私の故郷の風習みたいなものね。新年を祝うのに目上の者が目下の者に金品を贈るのよ」
「で! うちはししょーの一番弟子だから、もらえるかな~って」
にこにこと期待の笑顔を向けるメルアが金銭で困っていることはないだろうし、僕に頼むからには当然錬金術絡みなんだろうな。
「いや、別にお年玉でなくても、なにか欲しいものがあればつくるけど?」
メルアにはかなり世話になっているし、僕も課題とは別に好きなように錬金術に没頭出来る時間を得られるのは嬉しい。
「さっすがししょー! 話がわかる! 心が広い! 最高~!」
僕の応えが余程嬉しかったらしく、メルアが抱きついてきた。
「いや、褒めてもなにも出ないけどね」
「えっ!? そこ引っ込めちゃう系!?」
メルアが慌てて僕から離れ、怖々と顔色を窺ってくる。
「引っ込めはしないけど、なにが欲しいんだい?」
「そうそう! それを言わないと始まんないよね!
メルアは真剣な眼差しで僕を見つめると、顔の前で手を合わせて拝むような仕草をした。
ああ、そう言えばメルアには
「やったー!!」
「んも~!」
メルアの歓喜の声を打ち消したのは、マリーの不機嫌そうな声だった。
「あっ、お帰りなさい、マリー」
「
エステアの労いの言葉にふんと鼻を鳴らし、マリーが不満げに腰に手を当てる。
「立ち話っちゅーか、新年の挨拶っちゅーかー! あっ! マリーに紹介するね! このお方がうちの尊敬して止まない超絶技巧の錬金術師、リーフししょー!!」
「1年F組の生徒なら、もう把握済みですわ」
身振り手振りで僕を恭しく紹介してくれたメルアだったが、マリーの反応は冷ややかなものだった。
「へ? なんで?」
「魔導砲の特別講師に呼ばれたって言いましたでしょ? それがA組とF組の合同授業だったんですわ」
「ふーーーーーん?」
マリーの発言に今度はメルアが訝しげな視線を向ける。
「な! なんですの!? ちゃんと講義はやりましたわよ」
「うん! とってもわかりやすくてタメになりました!」
マリーを擁護してかアルフェが挙手して発言すると、メルアは納得したようにうんうんと頷いて見せた。
「まっ、アルフェちゃんが言うならそうなんだろうね~。あ、ちなみにアルフェちゃんはうちの弟子ね~。伸び代ハンパなくて超すごい子なんだよ」
「カナルフォード杯の活躍は本物ということですわね。あまり敵には回したくない相手ですわ」
マリーは改めて合点が行ったと言う様子で、僕たちを観察するように見つめた。
「珍しいわね、マリーがそんなふうに言うなんて」
「だって、エステアもメルアも既に親しいんですもの。
なぜマリーが僕に聞くのかはわからなかったが、同意を込めて頷いておく。
「ところでリーフ、今日はなんの用事? 新学期だし、なにか買い出しかしら?」
「……ああ、ちょっと観光とお菓子の材料の調達を兼ねて出てきたんだ」
「でも、思っていた以上にすごい人で、迷っちゃいそうだなって……」
エステアの問いかけに応える僕に、アルフェが補足してくれる。それを聞いたエステアは、なにか言いたげにそわそわとしているメルアに目配せした。
「そうなのね。だったら、案内するわ」
「そうそう! うちらについてくれば間違いないよ」
「流石にそれは申し訳ないです。マリー様もいらっしゃるのに」
エステアの申し出に、ホムが遠慮を示す。きっとエステアを気遣ったんだろうな。彼女たちにも予定があるのに、たまたま出会った僕たちに付き合わせるのは流石に申し訳ない。
「
「でも、さっきチケットとかなんとか言ってなかった?」
マリーが意外にも乗り気なので、一応先ほど得られた情報を確認しておく。
「それはそうなんだけど、まだ時間があるから」
エステアはそう切り出すと、僕たちに付き合って街を案内してくれた。
* * *
エステアたちの案内で新年の露店をぐるりと周り、リゾートエリアの名物料理であるラップサンドなる片手で食べられる薄皮生地のロール状のサンドイッチで軽食を摂った。
リゾートエリアに入る前はあまりの人の多さに驚いていたが、実際に中に入ってみると不快なほど混雑しているという訳でもなく、どの店でも混雑対策で人員が潤沢に確保されていることもあって買い物もスムーズだった。
「思ったより早く終わっちゃったね」
予定通りのお菓子の材料とクリーパー粉を仕入れて軽食を摂ったのだが、まだ陽があって外は明るい。帰るつもりだった時間よりも、かなり早めに用事が終わってしまったのを少し名残惜しそうにアルフェが呟いた。
「もう一度市場に戻るかい?」
「ううん、なにか欲しいものがあるわけじゃないから」
僕が人混みで疲れていると思って遠慮しているのか、アルフェが笑顔で断ってくる。
「にゃはっ! あたしも流石にお腹いっぱいだし、戻ってもすることないよな」
「名残惜しいですが帰りますか、マスター?」
ホムの口から名残惜しいという言葉が出たのは少し意外だった。もしかすると、エステアともう少し過ごしたいのかもしれないな。この年末年始で二人は打ち解けたみたいだし、迷惑でなければ親睦を深めるために一緒に過ごすのも悪くない。それに、生徒会総選挙のことももう少し話し合っておきたいところだ。
「じゃあ――」
「待って待って、ししょー! ここで解散はもったいなさすぎでしょ!」
解散を切り出そうとしたのを悟られたのか、いち早くメルアに阻止された。
「でも、用事があるんだよね、メルア?」
「用事っていってもライブに行くから、一緒に行けば問題ないっしょ! だよね、マリー?」
「そう言うと思って、もうチケットは手配しておきましたわ」
メルアの問いかけに、マリーが全員分のチケットをポケットから出して示した。
「ただ、勝手に用意しただけですので、不要ならそれはそれで」
このまま帰るのは僕としても少し微妙なところではあったので、メルアたちの提案には興味が湧いた。
「……ライブって音楽を聴きにいくってことでいいのかな?」
「そうよ。行ったことない?」
質問から僕の興味を感じ取ったエステアが、笑顔で問いかけてくる。
「ワタシ、歌は大好きだけどそういうのはまだ……」
「じゃあ、なおさら行こうよ、アルフェちゃん! そしたらししょーも絶対ついてくるし!」
「にゃはははっ! なんか餌みたいに言われてるじゃん」
メルアの露骨な表現にファラが笑ったが、アルフェは大真面目に頷いて、僕を見つめた。
「リーフが食いついてくれるって意味ならワタシは大歓迎だよ! ワタシ、一緒に行きたいな、リーフ」
「アルフェがそうしたいならついていくよ。いいかい、ホム?」
「もちろんです、マスター」
ホムも笑顔で頷き、ファラも大きく頷く。
「にゃはっ。じゃあ、全員参加ってことで!」
「歓迎しますわ。チケット代は
ファラがそう宣言すると、マリーは笑顔で頷いて、僕たちにライブのチケットを渡してくれた。
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