第265話 油断大敵

「……面白くなってきましたの。あなたたちはわざと残しましたわ」


 マリーがにっこりと微笑みながら、僕たちに魔導砲の銃口を向けている。今すぐ撃つ気がないのはわかっていたが、僕たちは警戒しながら障壁の裏に隠れた。


「いやいや! マリー先輩強すぎだし! A組との勝負っていうより、マリー先輩の無双になってんのは流石にヤバいだろ!」

「オーホッホッホ! お褒めいただき光栄ですわ。でも、一理ありますわね……」


 ヴァナベルの文句にマリーは高笑いし、それからふと思いついたように顎に手を当てた。


「では、特別ルールで一人一度の魔法の使用を認めますわ」

「作戦会議をしても?」

「一分だけでしたら、ご自由に。ただし、時間になったら問答無用で撃ちますわ」


 マリーの宣言に、リゼルとグーテンブルク坊やも頷いて魔導砲を下ろす。

 ほんの少しだけだが猶予を貰えたので、僕たちは身を寄せて囁き合った。


「ヌメリン、魔導砲の銃剣部分で地面を叩けるかい?」

「もちろん~」

「じゃあ、その雪を巻き上げるのと同時にアルフェの風魔法で小規模の雪崩を起こそう。敵陣地を覆ったところで、ホムは雷鳴瞬動ブリッツレイド、ヴァナベルは致命の一刺ヴォーパルピアスで同時に仕掛け、ファラが追撃する。出来るかい?」

「やるっきゃないだろ? お前はどうするんだ、リーフ」


 ヴァナベルが挑むように僕に訊く。


「僕は予備兵力だ。現状では大した戦力にはならないからね」

「けど、リーフには状況を見極める力がある。そうだよね?」


 アルフェの眼差しに頷いたところで、マリーに動きがあった。


「いっくよ~~~!」


 障壁から飛び出したヌメリンが機銃剣を地面に全力で叩きつける。


「またか!」


 リゼルの叫び声が上がったが、それはアルフェの詠唱とほとんど同時だった。


「風よ。幾重にも重ね束ね、破鎚となれ。エアロ・ブラスト!」


 アルフェが発動させた風魔法エアロ・ブラストは、雪を巻き上げて小規模な雪崩を起こしてA組の陣地を襲う。


「よっしゃ、出番だな!」


 ヴァナベルとホムが飛び出しかけたその時、僕の顔の横を強い風が擦り抜けていった。


「アルフェ!!」


 それが模擬弾によるものだと気づくのと同時に、僕は叫んでいた。だが、真なる叡智の書アルス・マグナを持たない僕に瞬時の魔法の構築は出来ない。


「きゃあっ!」


 どうすることも出来ないまま、アルフェとヌメリンが被弾するのを目の当たりにするしかなかった。それを悔いている暇さえ与えられず、雪崩が真ん中から割れてマリーが突き進んでくるのが見える。


「ヴァナベル、ホム!!」


 応えはなかったが、雪崩でけぶる視界の中で雷の一閃が煌めくのがわかった。


雷鳴瞬動ブリッツレイド!!」

致命の一刺ヴォーパルピアス!!」


 技が同時に炸裂して雪を散らす。機銃剣を突き出した二人が猛烈な速さでマリーに向けて突進する。


「そう来ると思いましたわ!!」


 二人同時の渾身の一撃にも拘わらず、マリーは二人の攻撃を二本の機銃剣でそれぞれ受け止めた。


身体強化フィジカルブーストはともかく、そっちは普通の魔導砲だよな?」


 ヴァナベルの問いかけと同時に、マリーの機銃剣が砕け散った。


「武器がなけりゃ、オレたちを撃破できない。そうだろ?」


 マリーの武装を破壊したことで、ヴァナベルは勝利を確信した様子だ。だが、マリーはまだ余裕を持った笑みを湛えている。


「確かにその通りですわ。でも、お忘れではなくて? これはチーム戦ですのよ」


「ホム!!」


 不敵に笑うマリーの意図に気づいたのか、ヴァナベルが突然ホムを突き飛ばした。その直後――


「今度こそA組の勝ちだ!」


 リゼルとグーテンブルク坊やが同時にヴァナベルを撃ち、白い防寒着に黄色のインクが散った。


「負けません!!」


 間一髪銃撃を免れたホムが体勢を立て直すと同時にグーテンブルク坊やを撃破する。だが、どこからともなく飛んできた模擬弾がホムの背に炸裂した。


「え……?」

ワタクシは被弾していませんの。それに、相手の銃を奪ってはいけないルールはありませんわよ」


 ヴァナベルから魔導砲を奪ったマリーが、撃破したばかりのホムの魔導砲を拾い上げる。


「ハッ! こりゃ一本取られたな!」


 それを一瞬の隙と見たファラが突撃する。


「まだまだ行きますわよ!」


 ファラに対し、マリーは二つの魔導砲を連射しながら迎撃するが、ファラはそれを遅滞の魔眼を使って見事に回避していく。


「あら、貴方。目が良いんですのね」


 感嘆の声を漏らすマリーだが、その顔には余裕の笑みが浮かんだままだ。


「走れ、リーフ!」


 魔導砲を撃つ余裕を与えず、模擬剣で接近戦に持ち込みながら、ファラが叫ぶ。


 A組の陣地にはもうリゼルしか残っていない。この状況で勝利するためには、全滅を狙うのではなく、フラッグを取りにいけばいい。


 こんなことなら真なる叡智の書アルス・マグナを持ってきておくべきだったな。今の僕が使えるのは下位魔法のみで、しかもルールの縛りで、その使用も一度きり。


 だったら風の浮力を得て、走る速度を加速させ、一気にフラッグに接近するしかない。


「逆巻く風よ、疾風の加護を。ウィンド・フロー」


 詠唱と共にA組の陣地に走り壁を蹴った僕は、虚を突かれたリゼルを飛び越えて一気にフラッグに肉迫する。


 だが、僕の手がフラッグに届こうとしたその一瞬。


「そうはいきませんわよ!」


 背中に衝撃を感じるのと同時に、僕は雪の上に投げ出された。


「マリー……」


 背に手を回すと、黄色のインクが僕の背を染め上げている。僕はここで退場だ。あとはファラに賭けるしかない。


 だが、蹌踉めきながら立ち上がると、ばつ悪そうに顔を歪めているファラの防寒着には既に十字に斬られたペイント跡がついていた。


「やったぞ! A組の勝利だ!」


 リゼルが勝利の声を上げる。


 だが、次の瞬間、雪煙が舞ったかと思うと、リゼルの防寒着に黄色のインクが散った。


「え? なんで……?」


 何が起きたかわからないと言った様子で、リゼルが呆然と呟く。


「「油断大敵。勝利を核心したときにこそ罠は潜む」」


 足許の、地面の中から二人の声が重なって聞こえる。


「この声は……」

「「お前たちの尊い犠牲は忘れない。この隠密作戦スニーキングミッションが成功したのはF同盟の力あってこそだ」」


 僕の前の地面が盛り上がり、二つの影が飛び出す。


「リリルル!」


 姿が見えないので撃破されたと思っていたが、まさか雪の中に潜んでいたとは――


「「真なる戦術は味方をも欺く。今こそ勝利を掴もう」」

「させませんわ~!」


 マリーが魔導砲を発射するが、リリルルは氷の防壁を張って難なくそれを凌ぐと、悠々と二人同時にフラッグを掴み高々と掲げた。


「「フラッグを奪った。A組は降伏するがいい」」


「嘘だろ……。ずっと、雪の中に潜ってたっていうのか!?」


 リゼルはまだ納得いかない様子で、リリルルを見つめている。リリルルはそれを褒め言葉と受け取ったらしく、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「「そうだ。エルフの森は冬、雪に閉ざされる。このくらいは朝飯前だ」」

「これはとんだ伏兵がいましたわね」

「こんなの予想できるわけがない…」


 マリーが呆れたように乾いた笑みを漏らし、グーテンブルク坊やが呆然と呟く。リゼルも勝利を目前にしていただけに落胆が大きいのか、その場に力なく崩れた。


「はぁ、やっと勝てると思ったのに……」

「「心配するな、捕虜の扱いはヴァース条約に基づいたものだ。三食昼寝付きを約束しよう」」


 フラッグを手にリゼルに近づいたリリルルが、リゼルの肩をポンと叩く。


「にゃはははっ、捕虜って!」

「リリルルちゃん。これ、模擬演習だから……ね?」


 あくまでマイペースなリリルルにファラが腹を抱えて笑い、アルフェが心配そうに補足している。


「まあ、オレらはやられちまったけど、これでまたF組が一歩リードだな!」

「「リリルルの活躍で、百歩はリードしただろう」」

「だな! リーフ、次もがっつりリードしてやろうぜ!」


 ともあれ勝利を勝ち取ったことで、ヴァナベルもかなり嬉しそうだ。


「リリルルの作戦を考えたのは僕じゃないけどね」


 本当にリリルルのこの動きは予想外だったな。でもそれが面白いと思えるのが不思議だ。


「まあ、油断大敵ってわけだ。次は俺たちも負けない」


 グーテンブルク坊やはもう吹っ切れたのか、悔しさを見せつつも清々しい笑顔を見せている。グーテンブルク坊やが余裕を見せたことで、リゼルも唇を噛みながら立ち直ろうと懸命に悔しさを堪えている姿が見て取れた。


「ライルの言う通り。こちらも、リーダーとして統率力を見直すべきだな」

「ん? それって、オレを見習ってってことか?」

「リーダーとしてって言ってるだろ!!」


 ヴァナベルが茶化すと、リゼルが顔を真っ赤にして否定した。でも、本気で怒っているわけではなさそうだ。


 A組とはなにかと対決する場面が多いが、あの武侠宴舞ゼルステラ後の打ち上げの一件から、こうして高め合える相手にまで成長したのだと思うと感慨深いものがあるな。


「……あら、おかしいですわね」


 僕がヴァナベルたちを眺めてると、近くに寄ってきたマリーが不思議そうに首を傾げながら呟いた。


「聞いていた話と違いますわ」

「なにが違うんですか?」


 思わず問い返すと、マリーは物珍しそうにA組とF組を観察しながら続けた。


ワタクシの知るこの学園は亜人差別が激しいんですの。A組とF組が楽しげに談笑するなんて、信じられませんわ」


 ああ、そういえば亜人差別は今の二年生が一年生の頃から始まったんだったな。そしてそれを撤廃しようとしているのが、エステアだ。


「……でも、これが今の僕たちだよ」

「ふぅん。貴方、さてはこの状況に一役も二役もかってますわね?」


 興味深げに問いかけられ、僕は漸く口を滑らせたことに気がついた。

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