第261話 魔界と魔族
短い冬休みが終わり、カナルフォード学園に戻った翌日から新学期がはじまった。
「さあ、予告した通り学力テストを行う。三学期に習う分も入っているからな」
「わぁってるって! さっさと始めようぜ。せっかく覚えたのが頭ん中から出てっちまうだろ!」
タヌタヌ先生とヴァナベルのやりとりも久しぶりに聞くな。冬休み明けのテストは
これまで習ったことと、これから改めて習うことを総合した学力テストだ。予習分に該当するものは単純に加点対象となり、クラス別で総合点を競うのでヴァナベルはかなり勉強してきたらしい。
「よし、始め!」
テスト用紙が配布され、一斉にペンを走らせる音が教室に響き始める。僕もまずは復習問題にとりかかり、次に予習範囲の問題に手をつけた。
加点対象となる予習範囲のテスト内容は人魔大戦と、この大陸についてに大別されていた。
『魔族が扱う異能とその特徴について述べよ』
前世で人魔大戦を経験している僕にとってはごく簡単な問題だ。魔族は
まあ、こんなところだろう。答案用紙を埋めながら、ふとアルフェの言葉を思い出す。イグニスが扱っていた炎魔法はエーテルを使っていない――そんなことを言っていたが、
さて、次の問題だが――
『この大陸には正式な名称がない。それはなぜか?』
ああ、そういえばそうだったな。聖王国の人々は自分たちが信奉する聖華の三女神にちなんで『聖華大陸』と名付けようとしたが、僕たちが暮らすアルカディア帝国の人々は同じ理由で自分たちの神である『黒竜大陸』と名付けようとしていた。両国間には幾度となく戦争が起きているが、今日に至るまで勝敗の決着が付いていないため、いずれの呼び方も正式名称ではないのだ。
まあ、両国間の戦争に加担していない大陸南部の自由都市同盟の人々や、北部草原地帯のカナド人たちは旧歴の頃の呼び名である『北米大陸』を継続しているが、アルカディア帝国および聖王国では旧人類の文明は禁忌とされているため、大っぴらにこの名前で呼ぶことは出来ない。故に結局のところ、この大陸には正式な名称がなく、俗称と呼ばれるそれぞれの国の名で呼ばれるしかないのだ。
最後の問題は、『魔界について解説せよ』というごく短いものだった。
魔族のことが問いに出るほどなので、そうだろうなとは思っていたが、魔界自体はまだ滅びずに残っているらしい。より正確に言えば、魔族は異世界から人間界になんらかの方法で接続出来、人類はまだそれを完全に防止する手立てを持っていないということになる。
とはいえ、この設問で深く掘り下げて回答する必要はないだろう。回答欄がそんなに大きく設けられていないところを見るに、最低限の知識を確かめたいだけなのだ。
そうなれば、答えは簡単だ。
魔界は魔族たちが異世界から侵略してきた際にこの大陸に作った彼らの拠点である。その全貌は、魔界全土を覆う闇の
やれやれ。嫌なことを思い出してしまったな。
今はさほど活発ではない魔族の動きも、いつまた人魔大戦の時のような脅威になるとも限らない。その最悪の状況に陥ったとき、僕にはなにが出来るだろうか。
* * *
学力テストが終わると、三学期の教科書が配布された。
良い機会なので自分の知識と現在の状況を確認しておいた方がいいだろう。魔族相手には慎重にならざるを得ないので大して研究が進んでいないのが実情のはずだが――
教科書の該当箇所を調べると、思ったとおりだった。人魔大戦の頃に見た覚えのある「二つの月」「赤い空」「枯れた大地」「紫の水」「黒い森」などのイメージ画とともに、注釈の説明が描かれていた。
魔界は、闇の帳で覆われているため太陽の光が届かない。一節には魔族が陽の光を避けるからという話もあるが、陽光そのものが弱点というわけでもないようだ。
魔界には太陽がない代わりに、光を司る
人間界における天体の法則は通じず、闇の帳がすなわち空になり、
赤く血のような色をした
枯れた大地を潤す役目を担っているのは、冥界の門という穴から流れ出る紫の水だ。この紫の水は冥界の門から絶え間なく流れ出で、腐海と呼ばれる海を形成している。
腐海と呼ばれる所以は、紫の水が人間界に元々あった大地を奥深くまで浸蝕しており、人間界の生命体にとって強力な毒であるからだ。当然、飲料はおろか肌に付着するだけでも未知の感染症を引き起こすため、安易に近づいてはならない。
そういえば、人魔大戦の頃に従軍していた錬金術師が、魔界の水を
最新の報告書によれば、魔界の内部には人魔大戦で敗れた魔族の残党たちが暮らしているらしいが、その勢力が小さいことから、長年放置され続けているらしい。そういえば、僕がグラスだった頃、聖王国には魔界の内部を調査する退魔組織が存在するなんていう噂があったが、その後はどうなっているのだろうな。案外この報告書を記しているのも、その組織の末裔なのかもしれないな。
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