第237話 ワタシの切り札

-------アルフェ視点------



 巨木が這うように根を伸ばし、地面だけでなく触手のように空中にまで伸びてくる。


 狙いはただ一つ、ワタシのレムレスだ。


「させない!」


 レムレスを追ってくる木の根をウィンドカッターで薙ぎ払い、拘束から逃れる。


「さっすが~って言いたいとこだけど、敵は他にもいるんだよねぇ」


 メルア先輩の声が響く。危険を察して磁力騎士団マグネットナイツの姿を追うと、すぐ後ろまで迫っていた。


「来ないで!」


 ウィンドカッターの標的を巨木の根から磁力騎士団マグネットナイツに変えて射出する。


 けれど敵であるワタシに対してメルア先輩は、何故忠告を発したのだろう。


 そのことにワタシはもっと早く気づくべきだった。


「ほーんと、アルフェちゃんってば素直なんだから~」

「!?」


 声と同時に足許に衝撃が走る。地中から忍び寄っていた巨木の根が一斉に突き出し、レムレスの両脚を捉えた。


「灼熱の炎よ、爆炎となり、猛り荒れ狂え。イクスプロージョン!」


 考えると同時に決死の覚悟で自爆紛いの詠唱を口にした。迷っている暇なんてない。根に巻き付かれたら、ワタシはどのみち負けてしまう。


「ああーーーーーーっとぉおおおおおおおお!! ここでレムレス、捨て身の攻撃ぃいいいいいっ!!! 磁力騎士団マグネットナイツ諸共吹っ飛んだぁああああっ!」


 爆炎でレムレスごと吹き飛ばされたけれど、磁力騎士団マグネットナイツを何体か破壊することができた。けれど、大事なエーテル遮断ローブに引火してしまっている。


 もう時間がない。火を消す間が惜しい。このまま突っ切るしかない。


「わーお! 大人しい子だと思ってたけど、アグレッシブな攻撃も出来ちゃうんだ」


 メルア先輩の驚く声が聞こえてくる。ワタシがその判断を下すとは思っていなかった様子だ。だけど、ワタシの本当の力はまだ見せていない。


「……咄嗟の判断だったけど、でもお陰で準備が整った……」

「ねえ、アルフェちゃん。ローブが燃えてるけどそれでいいの?」


 ローブが燃えていいわけじゃない。でも、この技と引き換えになら、リーフは喜んでくれるはず。


 ワタシはこの戦いが始まってから、ずっと一つの魔法の準備をしていた。その発動条件を揃えるには中位以上の雷、氷、炎魔法を使う必要があった。


「本気で行かせてもらいます、メルア先輩」


 エーテル遮断ローブが焼け落ちる。メルア先輩の浄眼にはワタシが何をしようとしているか明らかなはず。だけど、もう回避出来ない。


「待って待って。レムレスの機体に満ちているエーテル、はんぱない! 水色と赤色と黄色って、それってまさか……!」

「メルア先輩はこの魔法は術式構築が難しくて実用的じゃないって言ってたけど、ワタシは違った。三属性の異なる術式を瞬時に構築するのは難しいけど、一属性を構築するだけなら多層術式マルチ・ヴィジョンを用いれば他の魔法を使いながらでもできる」

「まさかずっと並列思考で魔法の構築をし続けていたの!? そんな過負荷、人間の脳に耐えられるわけないよ……!」


 それはそうだと思う。ワタシの頭はもう限界で、詠唱と術式ではちきれそうだ。頭が割れそうに痛むし、鼻血がぽたぽたと零れている。


 でもね、でも、ワタシはこれに賭けた。


「好きな人の前でみっともないところなんて見せられない! ワタシは負けない!」


 鼻血を手の甲で拭い、魔導杖を高く掲げる。


「旧き神槍の穂先のごとく、三色みついろの魔力もって、我が敵を討ち果たさん。氷炎雷撃ジャドゥ・トリシューラ!」


 詠唱とともに、ワタシの切り札が発動する。


「レムレスの背後にぃいいいいいいい!!! 巨大な三つの魔法陣が浮かびあがったぁああああああああっ!!! 炎、氷、雷の魔法陣が渦を成しているぅううううううううっ!!!!」


 ――あと少し。


 ワタシはレムレスの噴射推進装置バーニアを噴かして、一気にメルア先輩に肉迫する。


「ちょっ、やばっ!?」


 メルア先輩は巨木の根で防御結界を構築しようとする。


「灼熱よ!」


 ワタシの詠唱で炎の魔法陣から火炎が迸り、巨木を丸ごと包み込んで燃え上がる。


磁力騎士団マグネットナイツ!!」


 アルケーミアを後退させながらメルア先輩が磁力騎士団マグネットナイツで攻撃を仕掛けてくるけれど、ワタシはそれを魔導杖にまとわせた炎の刃で薙ぎ払った。


「レムレス! レムレス!」

「レムレスの魔法剣と言うべきかぁあああああっ!? 炎の刃が炸裂して、磁力騎士団マグネットナイツを切り刻んだぁあああああああっ!!!」


「うっそでしょ!?」


 驚嘆の声を上げたメルア先輩がアルケーミアの噴射推進装置バーニアを起動させる。


「逃がさない。氷獄よ!」


 詠唱に反応し、氷の魔法陣から煌めく氷の結晶が集結する。それは鋭い氷の柱となり、アルケーミアの半身を捕らえた。


「ああもう!」


 メルア先輩はアルケーミアの脚を藻掻かせながら、火炎魔法を繰り出し、氷を粉砕しようと試みている。氷が割れる、けれどこれで終わりじゃない。


「裁きの雷よ、来たれ!」


 最後の詠唱とともに雷の魔法陣が輝く。同時に大闘技場コロッセオの真上に暗雲が形成されて、無数の落雷がアルケーミアに殺到した。


 ワタシの目の前で、落雷の直撃を受けたアルケーミアは、黒煙を上げて燻っている。その全貌はまだ良く見えない。


「はぁ~。さすがのうちも、これは詰んだなぁ。愛の力ってやつは偉大だぁ……」


 メルア先輩の声が煙の向こうから聞こえてくる。


「風よ――」


 攻撃意図がないことを示すために、敢えて詠唱とともに風を起こす。風が黒煙をさらうと、アルケーミアは上体を辛うじて起こし、魔導杖をゆっくりと回転させて柄をワタシのレムレスに向けて差し出した。


「メルア先輩……」


 ワタシは知っている。これは、杖を相手に差し出す魔導士の礼だ。魔導士として最大限の敬意を、メルア先輩は今ワタシに対して払ってくれているのだ。


「まっ、最後くらいは先輩らしいところを見せないとさ、かっこつかないじゃん」


「ありがとうございます」


 ワタシがメルア先輩から杖を受け取ると、メルア先輩は魔力を振り絞るように宙に『祝福』を示すルーン文字を描いてくれた。


「あの短期間でうちを追い抜くなんて凄いよ。アルフェちゃん」


 その言葉を最後にアルケーミアが大闘技場コロッセオに崩れる。


「こ……これは、アルケーミア……レムレスの圧倒的な多重魔法により大破!! ……大破判定が下されたぁあああああああああああああ!!!!」


 ジョニーさんがワタシの勝利を告げてくれる。嬉しくて誇らしくて涙が出そうになるのを、ワタシはぐっと我慢した。


 泣くのはまだ早い。次に泣くのは、リーフとホムちゃんと、勝利を喜ぶ時だ。

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