第226話 折れない翼
「
司会の声が高らかに響いている。戦況が変わって明らかに興奮している様子だ。
「レムレス! レムレス!」
「アルタード! アルタード!」
依然わたくしたちが三対二で不利であることは変わらないものの、
「みんなも応援してくれてる。リーフもそう……。エステアさんと戦うまで、絶対に負けられないよ」
アルフェ様の頼もしい声で、わたくしは戦う目的を思い出した。
この戦いはわたくしの挑戦だ。マスターが心を込めて用意してくださった最高の機兵で望む再戦の舞台なのだ。
「ええ。エステア様にも負けるつもりはありません」
そう言いながらアルタードを前進させると、辺りを満たす水が波打った。それにしてもこの大量の水――アルフェ様はどんな作戦を考えているのだろう。
「もぉ~、こんなに水浸しになっちゃったら、もう砂煙作戦じゃいけないよ~」
拡声器を通じてヌメリンの声が聞こえてくる。少なくともあの目眩ましを警戒する必要はなさそうだ。水飛沫をその代わりに使うことも出来るはずだけど、そこまで考える余裕は果たしてあるだろうか。
「だったら正攻法で行くまでだ! ファラはアルフェを抑えろ! ホムはオレとヌメがやる!」
大丈夫だ。ヴァナベルもヌメリンも
「させません!」
「にゃはっ! そう来たか!」
アルフェ様への直接攻撃は可能な限り避けて時間を稼ぐ。アルフェ様を守るのではなく、攻撃のための隙をこじ開ける。
「お覚悟!」
短くなってしまった右腕を振るい、ファラ様のレスヴァールを牽制する。ファラ様の魔眼にはアルタードの動きは非常にゆっくり見えるはずだ。けれど、それに合わせて機体を素早く動かすことは不可能だ。機兵の反応速度はファラ様の魔眼に追いつくことは決してない。だから――
「はぁああああっ!」
「にゃ!? リーチが違う!?」
アルタードの腕の元々の長さに合わせて避けるのに合わせて、素早く身を屈める。初手の打撃を受け止める体勢に入っていたレスヴァールの双剣は空を切り、バランスを崩した。わたくしは狙い澄ました軸足を躊躇なく払う。
「おっと!」
辛うじてわたくしの初動をその瞳に映したファラ様が、後方に向けて
「はわわわっ! ファラがピンチだよ~!」
追撃はせず、わたくしはアルフェ様がファラ様の攻撃範囲から外れたことを密かに確認した。
ファラ様の双剣を振るってもここからならアルフェ様には届かない。
「ちっ! オレが行く! ヌメはアルフェを――」
「ホムちゃん、走って! 三時の方向!」
アルフェ様がわたくしの意図を汲んで指示を出してくれる。言われた通りに三時の方向に駆けると、アルフェ様の詠唱が聞こえて来た。
「目に見えぬ引き手よ、我は神速を尊ばん。渦巻く門を開き、招き入れよ。通るものには祝福をしかして矢の如き神速をも与えん。
目の前にはわたくしの行くべき道を示すように次々と魔法陣が具現していく。機兵を上回る巨大な魔法陣だ。
「レムレス! レムレスの魔法が発動したぁあああああっ! 魔法陣のゲートをアルタードが駆け抜けて行ぅうううううう!!!! これはぁああああっ! どうなるのでしょうかぁあああああっ!!!!???」
効果を考えている余裕はない。けれど、体感としてアルタードを通じて伝わってくる。魔法陣をひとつくぐるたび、アルタードが加速していく。それは
――これなら跳べる。
マスターと二人、クラス対抗戦の起死回生を狙うあの作戦の時のように、どこまでも高く跳ぶことができる。
「はぁあああああああっ!」
四つの魔法陣を通過し、最高速度に到達したアルタードで
「こ、これはぁああああっ!? 伝家の宝刀、
「ヌメーーーーー!!!」
「ひゃぁあああああっ!」
レスヴァールとフラーゴは逃したけれど、カタフラクトは逃さない。逃げ切れずに側面からアルタードの蹴りを受けたヌメリンのカタフラクトは、勢い良く弾き飛ばされ、
「カウントォオオオオオオオッ! ワァアアアアアン! ツゥウウウウウーーーー! スリィイイイイイイイイ!!! 操手戦闘不能とみなし、撃墜判定イィイイイイイイイイ!!!」
「アルタード! アルタード!」
「アルタード! アルタード!」
司会の声にアルタードへの声援が高まっていく。
「やったね、ホムちゃん!」
「ありがとうございます、アルフェ様」
けれど本当に称賛されるべきはアルフェ様だ。
わたくしが生み出したほんの一瞬の隙を突いて、六節詠唱の上位魔法を発動するセンスには本当に驚かされた。わたくしの戦い方に最も適した魔法を瞬間的に選択できるという意味では、マスターをも上回る。
「ヌメの仇を討つ! 行くぞ、ファラ!」
「了解!」
「このまま一気に行くよ、六時の方向!」
「はい!」
ヴァナベルとファラ様の声とほぼ同時にアルフェ様が指示を出す。わたくしが駆け出すと同時に先ほどの
「アルタードとレムレス! 素晴らしい連携! これを止められるのかぁあああああっ!!!?」
「側頭部を狙ってくるぞ! ガードして!」
ファラ様の叫びの方が僅かに早い。予備動作を終えたわたくしがアルタードの蹴りを繰り出した直後、ヴァナベルが左腕の
この加速の中でもアルタードの動きを捉えたファラ様はさすがだ。けれど、二人ともマスターが作った機体性能を見誤っている。
「はぁぁぁあああ!!」
防御があろうと構わない。ただそれを打ち崩すだけ。
わたくしは掲げられた
「嘘だろ!?」
驚嘆の悲鳴とともに、ヴァナベルのフラーゴが吹き飛ぶ。
「ヴァナベル!」
「ごめんね、行かせない!」
アルフェ様の声と同時に、ファラ様のレスヴァールの脚が止まった。
「……これは、一体……」
なにが起きたか理解出来ないのか、司会が戸惑った声を上げている。
「まだ終わってねぇ! オレを一撃で倒せなかったこと、後悔させてやるぜ!」
レスヴァールの状況を確かめる間もなく、大きく損傷したはずのヴァナベルの機体から叫び声が上がった。
フラーゴの左腕は歪にひしゃげているがまだ戦闘可能な状態だ。ヴァナベルは、そのボロボロになった左腕を地面に突き刺し体勢を低くして身構えている。
「その体勢は――」
「気づいたところで遅ぇよ!」
ヴァナベルの
「
ヴァナベルのフラーゴがレイピアを突き出しながら、物凄い速度で迫ってくる。この一撃に賭けた執念がマスターを撃墜した時よりも鋭い攻撃を生み出している。
――速い。
けれど、
わたくしには、ヴァナベルの動きが視えているのだから。
「うぉおおおおおおおおっ!」
「はぁああっ!」
ヴァナベルが繰り出した渾身の一撃を紙一重で
「ヴァナベル!!」
ファラ様の魔眼には見えていたはずだ。フラーゴの頭部が拉げ、大破するその瞬間が。
「決まったぁあああああああっ! アルタードのクロスカウンタァアアアアアアアアーーーー!!!! クリーィイイイイインンヒットォオオオオオオオオ!!!」
「ちっくしょおおおおお!!!」
ヴァナベルの悔しがる声が聞こえてくる。
「頭部、左腕の損傷により、フラーゴはぁああああっ!! 撃墜、撃墜判定ぃいいいいいいいい!!!!」
司会の声がどこか遠く聞こえる。
だから、アルフェ様が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます