第225話 従者の価値

---ホム視点---



 マスターが撃墜――


 目の前の光景に、視界が暗く歪んでいく。主を守れない従者わたくしに、一体どんな価値があるというのだろう。


「マスター、わたくしは、わたくしは……」


 撃墜判定を受けたマスターがアーケシウスごと回収されていく。まるで悪夢のような光景だ。


「……ホムちゃん……」


 アルフェ様の声がする。でも、どんな慰めの言葉も今は聞きたくない。聞きたいのはただひとつ、マスターの声だけだ。


 ――後は頼んだよ、ホム。


 せめてその一言を聞くことが出来ればどんなに良かっただろう。けれど、撃墜の衝撃で拡声器が壊れたのかマスターの声はどれだけ耳を澄ませても聞こえてはこない。


「ベール! ベール! ベール! ベール!」

「アルタード! アルタード! アルタード!」


 今大闘技場コロッセオは、ヴァナベルたちへの声援とわたくしのアルタードへの声援に沸いている。どうして……なぜ……?


「さあ、これで三対二だ。リーフが居なけりゃ、お前らの戦略はたかが知れてるからな!」


 マスターがいない。


 アーケシウスの姿も今はもう見えない。


 わたくしは、わたくしは――


「おい、ホム!! 撃墜されたヤツの心配してる場合かよ!」


 ヴァナベルのフラーゴとヌメリンのカタフラクトが、レムレスへと向かっていく。世界は白と黒に染まって、わたくしとはどこか遠い。


「アルフェちゃんが残ってるよぉ~!」


 ヌメリンの一言が頭の中に響く。


 ――アルフェを頼んだよ、ホム。


 マスターの声が聞こえたような気がして、わたくしの意識は悪夢から引き戻された。


「アルフェ様!」

「ホムちゃん!!」


 レムレスがフラーゴとカタフラクトに挟み撃ちにされている。アルフェ様だけは守らなければならない。


「おおっとぉおおおおおおっ! ここで戦意喪失状態からアルタードが立ち直ったかあぁあああああああっ!?」

「アルタード! アルタード!」


 プラズマ・バーニアはもう使えない。けれど、アルタードの肩の噴射推進装置バーニアはまだ生きている。


「アルフェ様から退きなさい、ヴァナベル!」


 噴射推進装置バーニアの力を借り、アルタードを二機に向けて突進させる。ヴァナベルのレイピアがこちらに向けられるのを確かめ、鋭く蹴りを入れた。


「ははっ! 目ぇ覚めたかよ!」

「そうこなくっちゃねぇ~!」


 わたくしの攻撃を見越したヴァナベルがフラーゴを横に避けるのと入れ替わりに、ヌメリンが大剣を振り下ろす。アルタードの身を屈めると同時に、二機の足許を回転蹴りで祓う。


「にゃはっ! らしくなってきたな、ホム!」


 背後のファラ様はまだ攻撃を仕掛ける素振りはない。かといって一瞬たりとも油断はできないのはわかっている。


 レムレスの前に立ち、アルフェ様の盾となる。わたくしがすべきは、アルフェ様を守ることだ。そのためならどんな手段も厭わない。


「んん!? ここでまさかの三対一を再現するのかぁあああっ!?」

「ホムちゃん!」


 司会の声にアルフェ様の声が重なる。レムレスの状態を確認する余裕はないけれど、まだ損傷はないはずだ。ならば、この状態を維持する。


「大丈夫です。アルフェ様は必ずお護り致します! お下がりください」

「でも――」

「下がって!!」


 ああ、アルフェ様のお声を遮ってしまった。でも、わたくしにはもう余裕がない。なぜならヴァナベルはもう体勢を立て直し、レイピアを構えているから。


 マスターを撃墜させた致命の一刺ヴォーパルピアスを最大限警戒しなければならない。尤も予備動作として体勢を低くするのを見極める猶予だけはある。


「三対一で勝てる相手じゃねぇってとこ、見せてやんよ!」

「行くよぉ~! よいしょぉ~!」


 ヴァナベルとヌメリンの息のあったコンビネーションだ。カタフラクトが巻き上げる砂塵は厄介だが、標的をわたくしに定めさせられるならアルフェ様を守ることができる。


「きたぁあああああっ! 砂塵を巻き上げる怪力カタフラクトぉおおおおおおっ!」

「ベール! ベール!」


 砂塵が巻き起こると同時に、強い風が起こる。アルフェ様の風魔法が来ることも想定している。だから、目の前のヴァナベルが良く見える。


「違う、致命の一刺ヴォーパルピアスじゃない!?」


 フラーゴの体勢が変わっていない。レイピアを構えて斬りかかってきたが、それだけだ。


 ならば、この砂塵は一体何のために――


「本命はあたしだっての!」


 風魔法で流れた砂塵の向こうから稲妻のような衝撃が降った。


「あ――」


 咄嗟に防御の姿勢を取るが、ファラ様の双剣がアルタードの右腕を捕らえて断ち切った。


「なぁああああんとぉおおおおおおおっ! ここで、レスヴァール! レスヴァールがきたぁあああああああっ!!!」


 二の腕から分断されたアルタードの腕が刎ね飛ばされていく。


「早くリーフに会わせてやるよ! 覚悟しな!」


 ヴァナベルのフラーゴが体勢を低くする。右腕を弾き飛ばされたこの状態で攻撃を防ぎきれるかという点においては大きな疑念がある。しかし、下手に避ければアルフェ様に攻撃の矛先が向けられる。


 雷鳴瞬動ブリッツレイドが封じられ、利き腕を損傷した今、わたくしには攻撃の要となるものがない。


 わたくしが勝てるとすれば、ヴァナベルたちの魔力切れに賭けるしかない。可能な限り回避を続けて、アルフェ様から注意を逸らせば、いずれは――


「はぁあああい! どんどんいくよぉおおおお~~!」


 ヌメリンが大剣を振り下ろし、地面が震動する。砂塵と土煙が渦を巻いて近づいてくる。


「アルフェ様……」


 先ほどの風魔法が仇となったせいか、アルフェ様は魔法を使ってこない。けれどそれでいい。前線から退いて、安全な場所にいてくれれば。


「よそ見してんじゃねぇぞ!!」

「キタぁあああああああああっ! 砂塵の中からフラーゴの鋭い刺突!」

「にゃはっ! ヴァナベルだけじゃないけどな!」


 魔眼を行使したファラ様が、全ての動きを見極めてわたくしにだけ的確に刃を向けてくる。鋭い剣戟に噴射推進装置バーニアで逃れるものの、すぐに追撃が迫る。


 ヌメリンが起こし続ける砂塵のせいで、視界不良は酷くなる一方だ。砂塵と土煙の間から、レイピアが、双剣が、次々と繰り出される。


 特訓でもこんな攻撃を受けたことはなかった。実戦は全てを上回る。魔力切れを期待してはいられない。反撃に転じなければ、決勝に行く前に負けてしまう。


「オラオラ! 逃げてばっかじゃつまんねぇよ!」

「くっ!」


 アルタードの背中に大闘技場コロッセオの壁が当たる。もう後ろには下がれない。横に退く? それとも前に突進する? 三機の気配はすぐ近くにある。わたくしは今、囲まれて退路を断たれているのかもしれない。


「すさまじい砂塵と土煙でぇええええええっ! なにも見えませぇえええええんっ! ぶつかりあう剣戟の音だけが重く響いてくるがぁあああああっ!!? どうなる!? アルタードォオオオオオオオオ!!!!!?」


 ――絶体絶命。


 マスターならこの状況をどう打破するだろう。蹴りも打撃もファラ様の魔眼にはお見通しだ。伸ばしたところを先ほどのように断ち切られたら、わたくしのアルタードは大破判定となってしまう。


 どうしたら……いったいどうしたら――。


「激流よ、全てを飲み込み大河となれ!」


 混乱と恐怖に支配される思考を破ったのは、アルフェ様の凛とした声だった。


「ウォーターハザード!!」


 詠唱と同時に、頭上から物凄い量の水が降ってくる。


「ぎゃっ! なんだぁっ!?」

「ベル~!!」


 ヴァナベルの悲鳴が聞こえたかと思うと、ヌメリンの声と共に遠くなった。砂塵と砂煙が押し流され、大闘技場コロッセオは機体の膝下まで浸水している。


「な……なんということでしょう……。強力な水魔法が、大闘技場コロッセオを一瞬にして水浸しにしたぁあああああ!!!!」

「レムレス! レムレス! レムレス! レムレス!」


 ああ、これはアルフェ様の水魔法だ。全てを押し流した水の底に、アルタードの右腕が落ちているのが見える。


 右腕はないけれど、左腕も両脚も残っている。わたくしは、まだ戦える。


「ちゃんとワタシを見て、頼ってよ、ホムちゃん」


 アルフェ様の水魔法を浴びて、今度こそ目が覚めた。わたくしは今までなにをしていたのだろう。なんのために戦っていたのだろう。


「ワタシたちはチームだよ。ホムちゃんがワタシを守りたいって思ってるのと同じで、ワタシもホムちゃんを守りたい。だから、お互いに補い合って、一緒に戦うの」

「アルフェ様……」


 アルフェ様の声にマスターの声が重なる。マスターは言っていた。自分に万が一のことがあっても、わたくしたちは自分の力を信じて自分のために戦うのだと。そうすれば、判断を誤らなくて済むのだと。


「……アルフェ様、わたくし……マスターの仰っていたことが、やっと理解できました……」

「そうだよ、ホムちゃん。ホムちゃんの大好きなリーフを信じるようにワタシも信じて」


 アルフェ様の声はどこまでも穏やかだ。わたくしが如何にアルフェ様の実力を見誤っていたのか咎めることさえしない。いつでもマスターのことを信じ、心を一つにしてきたアルフェ様はこんなにも頼もしく心強いのだ。


「一緒に勝とう、ホムちゃん」

「はい!」


 わたくしとアルフェ様は、チームメイトだ。アルフェ様は、わたくしがマスターに作られた頃のような守られるだけの存在では既にない。アルフェ様はこの場に立つに相応しく成長されたのだ。


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