第219話 機兵の血

 アーケシウスの右腕の調子がかなり良くない。落ち着いた状況で機体を動かしていると痛感するが、機体のバランス自体が崩れている感覚がある。恐らくグーテンブルク坊やの機体を殴ったのが原因だろう。従機アーケシウスで重機兵を殴るのは無茶があったのは自覚しているので、試合中に破損判定をもらわなかったのは奇跡だ。


 とはいえ、これ以上負荷をかけるわけにはいかないので、アルフェのレムレスに支えられながらバックヤードに戻ると、アイザックとロメオが機体整備のために待ち構えていた。


「祝! 二回戦突破でござる~!」

「ベスト4は確実で、次は準決勝だね」


 二人は機体から降りた僕たちを笑顔で迎えた後、すぐに機体の破損状況を調べ始めた。


「まずはリーフ殿のアーケシウスでござるな」

「仕方ないとはいえ、従機で重機兵を殴るなんてヒヤヒヤしたよ。右腕は特にしっかり点検しないと」


 戦いを見ていた二人の的確な分析に頷き、クレーンでアーケシウスの右腕の装甲を外す。


「肘関節の部品が歪んでしまっているね。関節ごと取り換えた方が良さそうだ」


 強い負荷がかかったことがはっきりと機体の損傷に現れている。幸い従機の部品は多くあるので、指示さえ出せば問題なく交換出来るだろう。三回戦は翌日なので、時間に追われる心配もなさそうだ。


「拙者、アルタードの右脚も気になっているでござる」

「リゼルの大盾と衝突しているからね。こっちも装甲を外そう」


 アイザックの懸念に同意し、ロメオにアルタードの装甲を外してもらう。


「わっ、黒血油こっけつゆが漏れてるよ! 離れて離れて!」


 クレーンで装甲を剥がし始めたロメオが警告するのとほぼ同時に、装甲の内側から黒い血のような油が流れ出た。


「腿の魔力収縮筋が断裂しているみたいだね」


 機兵に張り巡らされた魔力収縮筋の中には黒血油こっけつゆという魔導の油が流れている。この油はエーテルに反応して動く性質があり、エーテルが作りだす血流によって筋肉状の管が収縮することで機兵の出力は発揮されるのだ。


 人体の構造に例えるならば、今のアルタードの右脚は血管が破れて出血している状態ということになる。機兵の出力は管が破れて流れ出した黒血油こっけつゆの分だけ低下を余儀なくされるわけだ。


「これはどうしたものでござるか……。破れた管を塞ぐだけで良いのか、はたまた……」

「うーん」


 黒血油こっけつゆでどろりと汚れた機体内部に目を凝らしながら、アイザックとロメオが首を捻っている。


「破れた管を修復するのは絶対だけど、多分ここまでの黒血油こっけつゆ流出を見るに、細かな損傷もあるだろうね」

「機兵の失血死は絶対に避けたいところでござるな」

「どこでまた管が大きく破損するかわからないんじゃ、爆弾を抱えているようなものだからね」


 アイザックの言葉に頷き、アルタードの損傷部位を検める。僕の背丈では限りがあるけれど、やはり細かな傷が無数についているのは否めない。これらの破損が拡大し、黒血油こっけつゆの流出が止まらなければ、機兵を稼働させ続けるだけの量が足りなくなり、機体は失血死と呼ばれる動作停止に至るのだ。


「そう考えると、昔の機兵は大変だったよね。損傷を受けるたびに油圧弁を閉じて応急処置をする必要があったんだから」

「現代では自動で断裂した管を閉じて応急処置がなされるおかげで、今はこの程度で済んでいるでござるな」


 これからの戦いを考えれば――特にエステアとの再戦を考えれば、彼女の刃で魔力収縮筋が断裂させられる可能性は大いにある。ならば、やはり損傷したパーツは放置せずに、断裂している腿の魔力収縮筋全体を交換すべきだろうな。


 とはいえ、二回戦突破の代償がこの程度で済んだのは幸いだ。


「よし、手間だけれど損傷部位の魔力収縮筋を全て交換しよう」

「それがいいと思ってたよ」

「合点承知でござる!」


 かなり時間も手間もかかる作業ではあるが、アイザックとロメオは二つ返事で承諾してくれた。機兵の製造からずっと行動を共にしているだけあって、アルタードのことは二人に任せきりでも大丈夫なほどの信頼感があるのは有り難い限りだ。


「さて、アルフェのレムレスは――」


 損傷らしいものはないはずだが、念のための点検をと首を巡らせたところで、こちらに駆け寄ってくる三人の人影が見えた。


「二回戦突破、おめでとう~~~」

「すげぇ戦いだったな!」


 ヴァナベルとヌメリン、そしてファラがこちらに手を振りながらやってくる。


「正直従機アーケシウスでどうすんのかと思えば、あんな秘策があったとは驚きだぜ!」

「あれ、ちっちゃい頃に見たら怖かっただろうねぇ~」


 詳細を知らないヴァナベルとヌメリンがグーテンブルク坊やに同情している。ファラもうんうんと頷くと、笑顔でアルフェを見つめた。


「にゃはっ! それから、最後のアルフェの攻撃は見物だったよ。あたし、アルフェのことは絶対怒らせないようにしようって思ったし」

「……あ、ありがとう」


 僕のためにかなりの本気を出したことが今になって少し恥ずかしいのか、アルフェがもじもじと爪先を動かしている。


「でも、ファラちゃんに怒ったりすることはないと思うよ?」

「そうそう。あれは、全面的にリゼルが悪ぃよ。従機と重機兵じゃ、弱い者いじめだもんなぁ」


 おずおずとファラに言うアルフェに同調して、ヴァナベルが何度も頷くと、ヌメリンもアルフェの擁護に加わった。


「わかる~~。大好きなリーフがリゼルに追っかけ回されてたら、怒るのも無理ないよねぇ~」

「みなさんの仰る通りです」


 同意を示すホムの声にはまったく抑揚がない。これは、自分が下手に手出し出来なかったこともあってリゼルに対してかなり怒っているんだろうな。


「……まあ、リゼルが怒りで我を忘れてくれたおかげで、攻撃を防ぐのは問題なかったけどね」


 ホムを安心させるために僕が補足すると、アイザックとロメオがぶんぶんと首を横に振りながら否定した。


「その割には、かなりの損傷でござるよ~」

「けど、明日までに直せるだろ?」

「明日までどころか……」


 僕の笑顔の問いかけにアイザックとロメオが顔を見合わせて笑う。


「今日の全試合が終わるまでに直して見せるでござるよ!」

「任せて!」

「ありがとう。頼もしいメカニックが二人もいて助かるよ」


 本当に助かっているので思っていることを口に出すと、アイザックとロメオが照れくさそうに後ろ頭を掻いた。


「とはいえ、アーケシウスの機構にはそれほど明るくないから、リーフの指示がいるけどね」

「それはもちろん。自分の愛機なんだから、つきっきりでいるつもりだよ」

「しかし、リーフ殿、それでは――」


 アイザックがそこまで言いかけて思い直したように口を噤んだ。その視線は遠慮がちにヴァナベルを見つめている。


「ん? なんだ? オレがどうかしたか?」

「にゃはっ! さては、あたしたちの二回戦の応援に行けないって言いたいんだな?」


 視線から全てを察したファラがニッと尖った歯を見せて笑うと、ヌメリンが力強く拳を握りしめてポーズを取った。


「心配しなくても絶対勝つから大丈夫だよぉ~」

「それなら安心だね。健闘を祈ってるよ」


 僕の隣でアルフェとホムも頷く。


「あの黒竜神様がついてりゃ、ばっちりだろ!」

「ジョストにやられて消えちゃったけど~」

「やっぱ、あれ、やるの勇気いるだろうな。罰が当たりそうだもん」


 首を竦めてみせるファラに、ヴァナベルとヌメリンがハッとしたように目を瞬いた。


「そっか、だからライルはあんなに怖がってたんだな」

「それもあるけど……」


 小声でそっと切り出したのはアルフェだ。


「ん? まだなんかあるのか?」

「あのね。ワタシが小学校に入ったばかりの頃、この浄眼が原因でライルくんにいじめられたことがあって……」

「はぁ、ガキはそういうことやるんだよなぁ」


 アルフェが髪を分けて自分の浄眼を指しながら当時のことを説明する。ヴァナベルはそれを聞き、呆れたような溜息を吐いた。


「にゃはははっ。大人になってもやるヤツはやるんだよ」

「それって、どっかの教頭のこと~~?」


 ファラが面白おかしく茶化した発言に、ヌメリンが鋭く突っ込む。同じことを想像したのか、みんなの笑う声が揃った。


「まっ、大方リーフのことだから、そのクリエイト・フェアリーでさんざん怖がらせてやったんだろ? ありゃ、ガキんときに見たらちびっちまうだろうしなぁ」

「ベル~、はしたないよぉ~」


 大声で笑うヴァナベルをヌメリンが笑いながら窘める。


「まあ、相当なトラウマではあったんだろうね。それから僕たちへの態度は変わったわけだし」


 思い返して見れば、グーテンブルク坊やの成長はここにきてかなり大人びてきたと思う。本人的にも当時のことはかなり反省しているのも伝わってくるぐらいだ。


「今では、クラスは違えど同郷の友人って感じだもんな。リーフだって無用な怪我をさせたくなかったんだろ?」

「そんなところだね」


 グーテンブルク坊やが少々情けない負け方をしたけれど、アルフェの攻撃にすくんでしまったリゼルも相当情けない負け方のはずだ。ジョストの活躍を考えれば、グーテンブルク坊やの立場もA組の中でそう悪くはならないだろう。僕たちがこの後も勝ち進み、優勝したとなれば尚更だ。


「そんじゃ、オレたちは準備に入るぜ」

「じゃあ、整備と修理、頑張ってねぇ~~」


 二回戦の準備に向かうヴァナベルたちを見送った後、僕たちは機体の整備と調整に集中した。

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