第215話 アルタードの初陣
一試合目の僕らは、休む間もなくそれぞれの機体に乗り込んだ。
一回戦は、2年A組の貴族チーム、ロード・オブ・ロードとの対戦だ。
「さぁああああて! 早速ぅぅううううのぉおおおおおっ! 一回戦ッッッ!!!」
「まずは初出場のぉおおおおおっ! ロード・オブ・ロードぉおおおおおおっ!」
司会のジョニーの紹介を受けて、入場口にレーヴェ三機が姿を現す。サーベルを携えた、レーヴェとしてはごく一般的な姿の機兵だ。
「亜人クラスの連中なんて、叩きのめしちまえ!」
貴族たちのいる観客席が明らかに盛り上がっている。2年A組というトップクラスが恣意的に設けられた差別クラスの1年F組に負けるわけにはいかないということなのだろう。
事実、トーナメント表には2年F組はおろか、D組やE組の名前すらなかった。入学時の成績のみならず1年次の成績を反映しているので、学年が上がるにつれ、実力差が開いていくのだろう。
「お前達、どこの馬の骨とも知れない下等なヤツらに負ける訳ないよなぁ!?」
イグニスの檄が飛び、それに応えるように取り巻きたちが声援を送る。ロード・オブ・ロードもイグニスの取り巻きらしく、レーヴェの歩みを止めると機兵の手を僕たちに向けて、四本の指を折り曲げて挑発してきた。
「おおっとぉ! ここでいきなりの挑発ぅうううううっ! それだけ、相手への期待が大きいということかぁあああああっ!?」
子供じみたわかりやすい挑発に対して、ジョニーがすかさずフォローを入れる。
「にゃはははっ!」
「今にスゲー戦いが見られるから、よーく見ておけよ!」
観客席に負けず劣らず貴族寮の生徒たちの大歓声が溢れるバックヤードから、弾けるように響いた笑いと声援は、僕たちの緊張を和らげた。
「……あの声は、ファラ様たちですね」
「あの大声援の中で遠慮なく笑えるところが、彼女たちらしいね」
ヴァナベルたちの反応は、少なくともこの状況をプレッシャーに感じてはいないということだ。
「緊張してるって言ってたけど、大丈夫そうで良かった」
「ヴァナベルのことだから、今の逆境で、闘志に火が点いているかもしれないね」
逆境をものともしない強さが、同じ状況下の僕たちにとっても心強い。
さて、そろそろ僕たちの入場する番だが――
「そしてぇえええええっ! わたくし的にも注目の機体ぃいいいいいっ! アルタードを筆頭にしたリィィィィインフォォオオオオスゥウウウウウウウッ!」
心の準備が整う前に、ジョニーが高らかに僕たちを紹介した。
「お先に参ります、マスター」
「後に続くよ、ホム」
ホムが入場すると同時に、観客席からアルタードへの歓声が上がる。名称までは出していないものの、フェリックス理事長の挨拶で言及された機体とあって、アイザックやロメオのような機兵オタクと呼ばれる人や、機兵愛好家にとっては注目の的らしい。
「魔装兵もすごいぞ!」
「あのレムレスを操れる学生がいるのか!?」
ホムに続いて入場したレムレスの評価も上々だ。映像盤で表情を確かめることは出来ないけれど、集音魔法で共有された弾んだ息遣いから、アルフェの喜びが伝わってくる。
「さて、僕も行くとしよう」
深呼吸をひとつ吐いて、愛機アーケシウスを前進させる。
改造機兵であるアルタードとレムレスへの驚嘆と興奮に沸いてた会場は、僕の入場と同時に別の意味でざわめきだした。
「なんだあの従機……?」
「骨董品のオラムじゃないのか?」
まあ、チームで出ている以上、全員が改造機兵であると期待するのは当然だろう。僕が成長しない身体を持つエーテル過剰生成症候群を患っているとは、観客には周知されないわけだから、この反応も頷ける。
「アルタードにレムレス! 想像以上に素晴らしい機体だぁあああああっ! しかぁああああしっ! それに続くのは、まさかの従機ィイイイイイイイだぁあああああっ!」
「ナメやがって! どれだけ凄い改造を施したか知らねぇが、従機ごときにレーヴェの相手が務まるかよ!」
「……ええ。マスターのお手を煩わせるまでもありません」
ジョニーの発言にカッとなった様子の相手チームに対し、静かな声を返したのはホムだった。
「やっちまえー!」
「誇り高き貴族の戦いを見せてやれ!」
戦いを目前に、イグニスを中心とした観客席の貴族らが声を張り上げる。
「行って参ります、マスター、アルフェ様」
「頼んだよ、ホム」
「頑張ってね、ホムちゃん」
ホムが一歩前に進み出たタイミングで、僕とアルフェがそれぞれ後方へと下がる。僕たちの動きに反応した相手チームが、僕たちをサーベルで指した。
「おいおい、ふざけるなよ! なんで三対一みてぇな陣形になってんだぁ!?」
「ちんちくりんの従機は、レムレスにお守りをしてもらうんでちゅかぁ~?」
「もちろん、わたくしが一人でお相手するからです」
僕たちへの嘲りの言葉が向けられるが、ホムは冷静なままだ。
これなら、安心してホムを送り出すことが出来そうだ。
「なぁあああんと! ここでまさかの三対一はつげぇえええええんっ! どっかで聞いたと思えば、エキシビションマッチでのエステア選手と同じシチュエーションだぁああああっ!」
エキシビションマッチの司会でもあったジョニーが、あの伝説の戦いとホムの戦いを重ねてくる。
入場時にアルタードとレムレスへの強い興味を示していた客席から、どよめきが上がった。
「我々わぁあああっ! ココでぇえええっ! あの伝説のエキシビションマッチの再現を目の当たりにするのかぁあああっ!? それともぉおおおおおおっ! 新星アルタードは儚く散ってしまうのかぁああああっ!?」
ジョニーの言うとおりだ。もしもホムがたった一人でレーヴェ三機を瞬殺してみせることが出来れば、エステアのエキシビションマッチの再現になるはずだ。
「それではぁああああっ! 試合ぃいいいい、開始イィイイイイイイ!」
試合開始の合図と同時にホムは前屈みになり、左手を地面につけた。
「ははははっ! なんだぁ!? そのポーズは!?」
「ごめんなさいの格好かぁ!?」
相手チームがアルタードの姿勢を笑い飛ばしているが、僕とアルフェにはもうホムがしようとしていることがわかっていた。
「
アルタードの帯電布が放電を開始すると同時に、プラズマ・バーニアの噴射口が展開する。
メインユニットの魔石灯が眩い橙色に点灯すると同時に、プラズマ化された大気が放出され、アルタードは爆発的な加速で突き進んだ。
轟音と疾風が駆け抜ける中、目にも留まらぬ速さでホムの回し蹴りが炸裂する。
アルタードの正面に位置していたレーヴェは両脚を粉砕され、崩れ落ちた。
「あぁあああーーーーーっと! まさにまさに電光石火ぁあああああっ! アルタードがレーヴェの両脚を粉砕したぁああああっ!」
試合開始直後の撃墜判定に、会場が歓声に沸く。
「これが、ホムちゃんの新しい
「そう。アルタードの
「はぁっ!? なん、で……ッ!」
「試合はもう始まっています」
撃墜判定を受けたレーヴェを飛び越え、ホムが残り二機を追撃する。
「くっ、来るなぁぁああああっ!」
何が起こったか分からず混乱している相手チームはサーベルを振り回しながら、恐慌状態で応戦している。
「無駄です」
アルタードの腕部に取り付けた
「み、見えねぇ! どうなってる!?」
「退け、退け!!!」
頭部の破壊と同時に
ホムは逃げ遅れた頭部破損機体の右腕を取ると、関節の可動部とは逆の方向に折り曲げ始めた。
「おおっとホム選手! レーヴェの腕を取ったぁああああっ! そしてぇええええっ、そのままぁあああああっ!」
ジョニーの白熱した実況に負けず劣らずの歓声で、
「あぁあああああっ! 畜生! や、やめ……っ、やめろぉおおおおおっ!」
どうにか逃れようと藻掻くレーヴェに構わず、ホムはそのまま機体を押し倒し、腕を背中側に引き上げると、右腕を折った。
「なんということだ! ロード・オブ・ロード! 抵抗虚しく撃墜判定ぃいいいいいいっ! 残るはあと一機だが、どうやって戦うのかぁああああっ!?」
「くそったれぇえええええええっ!」
最後の一機がサーベルを振り翳し、
だが、ホムは最小限の動きでそれを避け、操縦槽を避けた胴部に膝蹴りを食らわせ、そのまま浮き上がったレーヴェを前蹴りで吹き飛ばした。
勢い良く吹き飛ばされたレーヴェは、
ホムはすぐに反撃を警戒して構え直したが、レーヴェは倒れたまま微動だにしない。
「おっと……これは……?」
実況席からそろそろと出てきたジョニーが、耳許に手を当てながら遠巻きにレーヴェを観察する。
「カウント! カウントを開始しまぁあああああすっ!」
どうやら機体の損傷ではなく、操手の問題で起き上がれないという判断のようだ。
「ワァアアアアアン! ツゥウウウウウー!」
「スリィイイイイィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
カウント3は、操手戦闘不能で失格となる指標だ。
「操手戦闘不能状態と判断し、撃墜判定を下します。よって、勝者はぁああああああっ!
リインフォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォオオオオオオオオオオオオスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
ジョニーによる高らかな勝者宣言に、どっと歓声が沸き起こる。賭け事に使われているチケットが紙吹雪となって宙を舞い、機体の操縦槽の中にいる僕のところにも、客席の熱気が伝わってきた。
「なんたる一回戦、なんたる戦い! 思わぬダークホースの登場にわたくしも興奮が止まりませぇええええええんっ!」
試合開始からわずか三分足らずの決着に、多くの観客が我が目を疑い、興奮し、僕たちへの拍手を送っている。
「アルタード! アルタード!」
「アルタード! アルタード!」
一般客からアルタードコールが起こると、それは瞬く間に広がって
「マスター……」
ホムのアルタードが僕とアルフェのところまで戻ってくる。
ホムの表情は見えないけれど、きっと誇らしげな顔をしているはずだ。
「よくやったね、ホム」
「はい。アルタードがやっと馴染んだ感覚があります」
息を切らせながらそう話すホムのアルタードは明らかに観客席の方を意識している。そこにエステアの姿があるのだろうことは、すぐに理解できた。
「どうだい、エステアは?」
「エステア様は、わたくしの挑戦状を受けてくださったようです」
僕の問いかけに応えるホムの声は、どこか明るく楽しげな響きを帯びていた。
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