第190話 比類なき才能

「それではぁあああああっ! 試合開始ィィイイイイイイ!」


 司会のジョニーがブリッジ並に身体を後方に反らせて甲高く叫ぶ。試合開始の合図と同時に剣で武装したナイルの機体が、噴射式推進装置バーニアを駆使してエステアへと一息に肉迫した。


「おらぁああああっ!」


 浴びせられる斬撃を難なく刀でいなしたエステア機がくるりと反転し、下から上へと刀を薙ぐ。ちょうどそこに打ち下ろされていたヒースの槍は華麗にかわされ、間一髪のところで刀の切っ先を避けた。


「一人一人では埒があかねぇ。二人がかりで行くぜ!」

「おう!」


 エステア機の振る舞いからそのおよその攻撃力を図ったナイルとヒースが、二人がかりで攻撃を仕掛ける。剣と槍の上下段に渡る攻撃をエステアはまともに取り合わず、後退しはじめた。


「おい! 逃げてるんじゃねぇぞ!」


 初撃を簡単にいなされたナイルが苛立った声を上げ、エステア機を真横に薙ぐ。エステア機が噴射式推進装置バーニアで素早く後退したところで、場内の空気が変わった。


「アメリさんが!」


 エーテルの流れで勘づいたのか、アルフェが後方に控えていたアメリ機を指差す。機体の下肢を突くように繰り出されたヒースの槍を、エステア機が跳躍したところでアメリはクロスボウの矢を射った。


「仕留めたわ!」


 エステアの着地地点を狙って頭部にクロスボウの矢が殺到する。場内からは悲鳴や怒号が上がったが、エステアは冷静そのものだった。大きく動くことはせず、ただ機体の首を動かして紙一重で矢をかわすと、ステップを踏むように数歩退いて刀を構え直した。


「今のは……」

「近距離、中距離、遠距離……。それぞれの武器が得意とする攻撃を上手く組み合わせているね」


 流石は大学リーグの覇者というだけあり、非常にバランスの取れた連携が素晴らしい。


「次は必ず仕留めて見せるわ」

「たった一人で俺たちに挑むその驕りをくじいてやるよ!」

「いくぞ、皆!」


 バーニングブレイズの三機が、さらなる攻勢に転じ、三機同時に畳みかけるような攻撃を仕掛けていく。剣と槍の接戦とクロスボウによる遠距離攻撃を同時に処理しなければならないエステア機は、防戦一方を強いられ、じりじりと後退していく。


「おぉっとぉおおおおおっ! エステア選手、防戦一方ぉおおおおおっ! たった一人で大学リーグの覇者に挑むのは、無理があったかぁあああああっ!?」


 司会者の激しい実況の合間にも、ナイルの剣とヒースの槍を受け止める金属音が激しく響き渡る。


 エステアはナイルとヒースの同時攻撃を受け止め、さばきながら、機体を幾度となく反転させ、アメリからの矢の攻撃を的確に撃ち落としていく。


「ははは! 手も足も出ないか!?」


 ナイルの嘲笑めいた声に反応したのは、ホムだった。


「……違います」

「なにが違うんだい、ホム?」

「エステア様は、相手の実力を見定めているだけです。その証拠に、まだ一度も攻撃を食らってはいません」


 ホムの指摘に僕は目の前にある映像盤で、エステアを追う撮影魔導器カメラの映像を追った。ホムの言う通り、エステアの機体にはまだ傷ひとつつけられていない。その上、あの身体を反転させる素早い動きも、だんだんと踊るように優雅なものになってきている。


「……相手の攻撃をもう見切っているはずです。あの余裕は、実力を計り終えた合図。間もなく反撃に転ずるはずです」


 今のエキシビジョンマッチの状況が、あの時の決闘と重なるのだろう。ホムの声が微かに震えているのがわかった。三対一で挑むことを僕たちは無謀だと感じていたけれど、エステアは勝算があるどころか、この状況でもまだ本気を出していないというのか。


 やれやれ。改めて、僕たちはとんでもない相手と戦わなければならないのだな。こんな相手に勝たなければならないなんて、無謀な挑戦をしているのは僕たちの方だ。


「さぁあああて、試合開始からまもなくぅ~5分!が経過ぁああああっ! こんな防戦一方の戦いなんて、誰が予想したでしょう。エステア選手、このまま終わってしまうのかぁああああああっ!?」


「おい! なんとかしろよ!」

「そっちにかなりの大金を賭けてんだぞーーーー!」


 防戦一方のエステアに焦れた様子で、観客席からも野次が飛び始める。罵声が聞こえるに至ったその時、大闘技場コロッセオを一陣の風が吹き抜けた。


「な、なんだ!?」


「来ます!」


 突如吹き抜けた強い風に、観客の帽子やチラシなどが飛ばされて舞う。機体の操縦槽に乗っているバーニングブレイズの三人は、この風に気づいてはいない。


「よし、このまま勝負を決めに行くぞ。合わせろ、ヒース、アメリ!」


 ナイルの号令でヒースとアメリが陣形をつくる。三人同時の攻撃を仕掛けるため、ナイルとヒースが左右に分かれ、アメリの射線を確保したその刹那。


旋煌刃せんこうじん伍ノ太刀ごのたち空破烈風くうはれっぷう


 エステアの凛とした声が響き、エステア機が渦を巻く風に包まれはじめた。


「やっと反撃する気になったか! でも、もう遅――」

「いいえ、充分です」


 エステアが言い放った次の瞬間。風を纏ったエステア機が噴射推進装置バーニアの出力を上げて三機に向かって突進する。


「あぁあああああっ!」


 正面のアメリが放ったクロスボウは、機体が纏う風に弾き飛ばされて迎撃の意味を成さない。


「終わりです」

「アメリーーーーー!!!」


 ナイルの絶叫の中、アメリ機の懐に飛び込んだエステア機が目にも留まらぬ三段突きを繰り出し、両腕と頭を同時に破壊した。


「こ、これはどういうことだぁああああぁ!? エステア選手の疾風のごとき早業で、アメリ選手の機体が大破したぁあああああっ!!!」


「よくも、アメリを!」


 崩れ落ちるアメリ機と入れ替わりに激昂したヒース機がエステアに肉薄する。


「落ち着け、ヒース!」


 ナイルの忠告が響く中、繰り出された渾身の突きは上半身を軽く動かしただけで簡単にかわされてしまった。


「あなたも、ここで終わりです」


 無防備にエステアの前に突き出されたヒース機の両腕が、エステア機の一刀により切断される。


「あぁあああっ!? 俺の腕がぁああああ!」


 絶叫するヒースはエステアの攻撃から逃れようとしてか体勢を崩し、エステア機に背を向ける形になった。


「ヒーーーーース!」


 全てを悟ったナイルの絶望の叫びの前に、エステア機が追い打ちでヒース機の首を斬り落とす。ヒース機は黒血油を噴き上げてその場に崩れ、動かなくなった。


「なぁああああんとぉおおおおおっ! アメリ選手に続いて、ヒース選手も戦闘不能ぉおおおおおおおおおおぅ! エステア選手の猛攻が止まらなぁああああああいぃいいいいいっ!」


 あまりに突然の出来事に、しんとなった会場に、司会のジョニーの声が響き渡る。彼の独特な実況が会場に木霊すると、呆然としていた観客たちも目を覚ましたように歓声を上げた。


「すごいぞ!」

「なんて戦いだ!」

「エステア、エステア!」

「エステア! エステア! エステア!」


 先ほどまでの罵声や怒号は、エステアを称賛する声へとすっかり変わっている。エキシビジョンマッチが始まった時に会場を満たしていたバーニングブレイズへの応援の声は、ほとんど聞こえなくなってしまっていた。


 反撃に転じたエステアの攻撃が、それだけ劇的だったという証拠だろう。


 試合開始前にエステアが言っていたように、驕りではなく余裕であることが証明されたというわけだ。


「……これで、一対一か。エステア、あんたの強さは俺たちとは比べものにならないというのはよーくわかったぜ。けど、手加減は無用だ。俺は、この誇りあるバーニングブレイズのリーダーであり、エースだからな」

「お互いに悔いのない試合を致しましょう。私は、武人としてあなたに敬意を表します」


「次で決めようぜ。出し惜しみはなしだ」

「……ええ」


 エステアとナイルの双方が、それぞれの剣と刀を構えたまま静止している。さすがのジョニーもここには実況は無用とばかりに拡声魔導器を握りしめ、会場の観客とともに固唾を呑んで見守っている。


「行くぜ! これが俺の渾身の一撃だぁああああああっ!」


 雄叫びを上げながら、ナイルが噴射推進装置バーニアを最大出力にしてエステアに迫る。


壱ノ太刀いちのたち――」


 不思議とエステアの詠唱が涼しげな風を纏って耳に届いた。エステアの刀に集まった風は、疾風の刃となって輝き出す。


はやて


 ナイルを迎撃するように繰り出されたエステアの一撃は、ナイル機の剣を正面から受け止めた。双方の剣と刀が激突した次の瞬間、ナイルの剣が粉々に砕け散る。


「お見事でした」


 エステアはそのまま二撃目を繰り出し、ナイル機は胴体と腰を真っ二つに薙がれて崩れた。


 切り離された機体の胴体が闘技場に落ちると同時に、歓声と悲鳴、怒号が入り混じって会場全体が大きく揺れる。


 僕もアルフェもホムも、いつの間にか身を寄せ合うようにして瞬きすらできずにエステアの戦いに刮目していた。


「勝者、エステアァアアアアアアーーーーーーー!!!! その実力は大学部リーグの覇者をも凌駕するぅうううううっ!! 圧倒的、正に圧倒的ィイイイイイ!!!!」


「エステア! エステア! エステア!」


 司会のジョニーの勝利宣言に、会場全体がエステアの名を叫ぶ。熱狂的な観客達に包まれたエステアは、その場で刀を収め、周囲をゆっくりと見回すと、深々と頭を垂れた。


「怖ろしい人ですね……」


 ぽつりと呟いたホムの言葉に、僕も苦笑を浮かべて頷く。


 今日のエキシビジョンマッチを見て、やっと理解出来た気がする。エステアは高等部最強の生徒なのではない。この学園で並び立つ者のいない、絶対的な強者なのだ。


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