第174話 エステアの謝罪
エステアの突然の謝罪に困惑したのは、僕たちだけではなかった。
「えっ。ちょっと待って待って、いきなりなにしちゃってるの~!?」
メルアが驚きに目を丸くして訊ねるが、エステアは頭を下げたまま動かない。
「茶化さないで、メルア。これは私なりの誠意だから」
「誠意……?」
エステアの言わんとしていることがわからず、オウム返しに問い返す。
「と、とにかく顔を上げてください、エステアさん」
居心地の悪さを感じたアルフェがエステアの元に寄り、身振り手振りで頭を上げるように促す。アルフェの働きかけで、エステアはゆっくりと頭を上げ、真っ直ぐに僕を見つめた。
「ホムにもそう伝えてください。それとも、機会を見て直接謝った方が良いかしら?」
「……謝られる理由がわからないです」
エステアがなぜ僕たちに謝罪してくるのか、本当に意味がわからなかった。僕たちとエステアの最大の接点は、この前の決闘以外に思い当たらない。
その決闘にしても、生徒会の威信をかけたものであって、エステアなりの理由があったわけだ。もしも、勝ったことを謝っているというなら、ホムにとってこれ以上屈辱的な謝罪はないだろう。ホムの心を護るためにも、それは絶対に避けたい。
「いずれにしても、謝罪されるような覚えはありません。もしも今のであなたの気が済んだのなら、この話はここで終わりにしましょう」
「それは――」
「いやいやいや! ししょー! なんで、そんなバチバチに怒っちゃってるの!? エステアもエステアだよ~! うちも、なんでこんなことになってんのか、全然わっかんないし~!」
言いかけたエステアの言葉を遮ったのは、メルアだった。
「別に怒っていないよ、メルア」
正直なところ、腑に落ちないことばかりでエステアのことを面倒だと思った。だから、今言った言葉のとおり、エステアがどんな思いで謝罪を切り出したにせよ、この話はここで終わりにしたい。
「……あのね、リーフ」
僕の隣に落ち着いたアルフェが、言いにくそうに僕の服の袖を引く。アルフェが遠慮がちに僕に切り出すところを見るに、アルフェから見ても僕は普段と様子が違うのかもしれないな。ホムのことがあるにせよ、もう少し冷静でいなければ。
「なんだい、アルフェ?」
「エステアさんの話、聞いてあげてほしいの。……アルフェも、どうしてあの時決闘しなきゃいけなかったのか、知りたいから」
ああ、どうやらエステアの行動を不可解に思っていたのは、僕だけではなかったようだ。あの場の雰囲気、周囲の空気で決闘を行わないという選択が出来なかったことを悔いていたけれど、アルフェが同じ想いを抱いて苦しんでいるのなら――もし、エステアの話を聞いてそれが楽になるのなら、聞いておく必要があるのかもしれない。
「……わかったよ、アルフェ」
僕は頷き、アルフェの肩をそっと撫でた。こういう時、本当は頭や髪を撫でた方がアルフェが落ち着くのはわかっているのに、もう届かなくなってしまったな。
「……生徒会長。今の謝罪で、気が済みましたか?」
「師匠、言い方っ!」
挑むような僕の問いかけにメルアが突っ込む。エステアは悲しげな微笑みを浮かべて首を横に振り、アトリエの扉を閉めて凭れ掛かった。
「今ので良くわかりました。表面を取り繕うだけでは、あなたたちを納得させることはできない」
「つまり?」
「本当のことを話しておく必要がある、ということです」
話の先を促すと、エステアが挑み返すように僕の目を見つめた。青く澄んだ瞳が、僕だけを真っ直ぐに見つめている。
「貴族寮の人間に他言はしません。僕を信用してくれるのなら、続きを」
「内容によっては、ホムやお友達には話すということですね」
僕の発した言葉の意味を汲み取り、エステアが微笑んだ。
「少なくともホムには知る権利があるはずです」
貴族寮の誰かに聞かれては困る話題だということは、エステアの口ぶりだけで理解できた。
「想像以上に頭が切れるのね。話が早くて助かるわ」
エステアは頷くと、扉に鍵をかけ、僕たちに近づいた。
「私はイグニス・デュランを信用していません」
予想どおりと言っていいのか、イグニスの名が出た。
門閥貴族ラズール公爵家に仕えるデュラン侯爵の次男であるイグニスは、カナルフォード学園に在籍する貴族の中で最も高い家格である。成績と家柄を重んじられるカナルフォード学園において、そのイグニスが生徒会副会長であることの意味は、僕だって考えなかったわけではない。
「彼の振るまいは、生徒会の名誉を真に毀損しかねません」
「ここだけの話、副会長ちゅーても、教頭先生からいーっぱい下駄を履かせてもらった上でのことだしね。機兵適性値なんて、なんで去年から30近く上がったんでしょーか」
イグニスについては、メルアもかなりの不満を持っているらしく、聞かれてもいないのにぺらぺらと喋った。
「決闘をけしかけたのも、わざとホムに負けたのも、恐らく私を始めとした生徒会を陥れるため。だから私は――」
「そっちの理由はわかったよ。でも、巻き込まれたこっちは納得出来ない」
少し聞いただけでも、イグニスにはかなりの疑惑や確執があることはわかる。貴族でありながらあの振る舞いや亜人を正面から差別するあの態度からは、本来あるべきはずの気品すら感じられない。
「……でも、だからこそエステアさんは謝ってくれたんだよね。それで、ホムちゃんがまた元気になるとは思えないけど」
アルフェはアルフェで怒っている。考えてみれば、僕と同じようにホムを家族のように思ってくれているアルフェが、ホムの傷心に気づいていないはずがない。恐らく、ホムが気を遣わせないように気丈に振る舞おうとしているのを、妨げないようにずっと気にかけていてくれていたはずだ。
「納得できないけれど、理解できないわけじゃないよ。ただ、理由を聞いて謝罪を受けたところで、受け入れる用意がないだけだ。器が小さいのは申し訳ないことだけど」
「さっすがししょー! 怒ってるとみせかけて、滅茶苦茶冷静じゃん! 器おっきい~! ヴェネア湖くらいあるっしょ!」
器うんぬんは皮肉のつもりだったのだが、なぜかメルアに尊敬の眼差しを向けられてしまった。
「……生徒会の事情を押しつけるつもりはありません。ただ、私は、この学園を貴族平民の分け隔てなく、自由で楽しいものにしたいのです。その実現のためには、残念ながら生徒が主体となって亜人差別の撤廃に動かなければなりません」
「教頭先生には逆らえないから?」
「それとイグニスが幅を利かせてんのが、厄介なんだよねぇ」
エステアが言いにくそうにしていることを、メルアが遠慮なく補足してくれる。メルアにとっては僕は師匠なので、なにも隠すことはないということなのだろう。それだけメルアが僕を信頼していることがわかるのは有り難い。
「カナルフォード学園の本来の理念に従えば、優秀な生徒に相応の環境を用意し、健全に育んでいくことこそ、生徒らの熱意に応える術なのです。クラス対抗戦で優秀な成績を収めた1年F組が未だ虐げられている現状は、なんとしても打破しなければ」
メルアが包み隠さず話してくれることで、エステアの話もだんだんとわかりやすくなってきた。
「
「結果を出せば、僕たちを見る目も待遇も変わる。そう言いたいんだよね?」
僕も変に駆け引きはせず、直接的な聞き方をした。敬語も崩して、エステアの反応を探る。
「そうです。総合戦闘力に問題がないのであれば、二次選考である機兵評価値を高めるのみとなります」
「で、その機兵の評価値は第五世代機兵のレギオンが100点、第六世代機兵のレーヴェは200点じゃん。F組の子たちは、学校に置いてある第五世代機兵になっちゃうだろうから、この時点で100点のハンデがあるっちゅーことだね」
メルアの説明に僕は頷いた。
「実はそれについてはあまり心配していないんだ。元々、自分たち用にカスタマイズするつもりだったからね」
「あっ、そっか! ししょーは魔装兵とか作っちゃうタイプだもんね!」
「まあ、ちょっと違うけど……」
ファラについても実父の愛機があると話していたし、ヴァナベルとヌメリンもヌメリンの実家から何かしらの機体を調達するだろう。
「……全て想定済みとは、驚きです」
「この人を誰だと思ってんの、エステア!」
感嘆の吐息を漏らすエステアに、メルアが胸を張る。
「そういえば、メルア。さっきから『ししょー』ってなんのこと?」
「えへへっ。なにを隠そう、うち、今日から師匠に弟子入りしたんだよ! まっ、その代わりにアルフェちゃんの魔法の先生になることになったんだけどね!」
「え……? え……?」
さすがのエステアも、メルアの話の展開にはついていけなかったようだ。僕たち三人を交互に見比べて不思議そうに目を瞬いている。
「あ、あの……。ワタシ、
「でっ、うちはこのリーフ大先……じゃなくて、リーフ様の錬金術の腕に惚れ込んで、一番弟子に志願したっちゅーわけ!」
アルフェとメルアがこれまでの経緯をざっと話してくれる。
「ああ、そういうことでしたか……」
エステアは漸く話が掴めたように頷いて笑った。
「
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