第173話 多層術式
錬成の合間にアルフェとメルアの方を見ると、作業台に大きな円柱状のガラス容器が置かれているのが目に入った。
「これを闘技場だと思って、エーテルをミニチュアサイズに制御できる?」
ああ、実戦というのはそういうことなのか。さすがにアトリエでマチルダ先生の授業のようなことを始めるとは思ってはいなかったが、メルアがしようとしていることに何となく思い至った。
「うん。制御出来るとして、なにをしたらいいの?」
「
つまり、それを補うことのできる想像力と発動に耐えうるエーテル量を保有していなければスタートラインにすら立てない。だが、魔導士の戦闘方法としてはかなり実戦的であると言えるだろう。
「簡単なやつから行こっか。水魔法と氷魔法、一緒に出してみて」
「はい」
ひとつひとつは、アルフェの得意とする魔法だ。だが、アルフェはそれを同時に使ったことは多分ない。頷いたアルフェはガラス容器の外側に手を添えると、中央を注視した。
僕もつい手を止めてアルフェの方を見てしまう。
「あっ、ししょーは、こっち見ながら錬成お願いしまーす!」
視線を感じ取ったメルアが、僕の作業台の目の前に水鏡を出現させる。そこには彼女らの作業台にある円柱状のガラス容器が映し出された。
「それ見ながらでも、師匠は錬成出来ちゃうでしょ? 変によそ見するより、目の前にある方がやりやすいかなーって」
「ありがとう、メルア」
こんなふうに細やかに気を使ってもらえるのは、師匠としての利点なのかもしれないな。僕は有り難くメルアの厚意に甘えることにして、アルフェの手許を見守る。
「水よ、氷よ――」
アルフェの柔らかな声が水魔法と氷魔法の詠唱を同時に始める。詠唱に反応するように、ガラス容器の中が水で満たされ、同時に鋭い先端を備えた無数の氷柱が具現した。
「おっ、すごいすごい! 一発で出来ちゃうなんて思わなかったよ。さっすが浄眼持ちってだけあるね」
メルアがぱちぱちと手を叩いてアルフェを褒め、ガラス容器の中の水と氷柱を眺めている。
「うん。水もただ具現させただけじゃなくて、ぐるぐる渦を巻いてるっちゅーのが細かくていいね。想像力は申し分ないっちゅーか、想像以上かも」
「ありがとう」
まずまずの手応えだったようで、アルフェの声からも緊張が少し解けたのが伝わってくる。
「けどさ、これ、次は火と風、土と雷って言ったらすぐ出来る?」
「あ……」
メルアの問いかけに、アルフェが逡巡するのがわかった。
「実戦ちゅーのは、そういうこと。戦闘中に『はい、魔法使ってくださーい』なんちゅー、サービスタイムなんてないでしょ? うちらは常に敵と交戦しながら、複数の魔法を戦況に応じて、出してかなきゃなんないんだよね」
前世で常闇の魔女が戦う様子を見た時もそうだった。彼女らは、常人離れした思考処理能力を駆使し、複数の魔法を並列に発言させながら魔族を圧倒していたのだ。
「ちゅーことは、詠唱の時間すら惜しいってわけ。実戦で使うためには、無詠唱で下位魔法を発動しつつ、詠唱しながら中位魔法を発動するのがキモになるわけね」
アルフェは基礎を丁寧に行うタイプだが、実戦ではそれを徹底的に簡略化する必要があるということだ。
「どの属性を使ってもいいんだけど、簡単なやつは無詠唱で出せるくらいにしといてよ」
メルアは軽々しく注文するが、それは並大抵のことではない。アルフェは黙って頷き、自らが生み出した水の渦と氷柱を眺めた。
「あとさ、せっかく浄眼があるんだから、隠すのも止めといた方がいいよ。透過性が高いのはわかるけどさ、影響ってゼロじゃないじゃん」
ああ、ここで僕が作った
「それを作ってくれたのは、誰だかわかるよ。だけどさ、浄眼は特別だし、浄眼だからって差別なんてうちが絶対させない」
メルアは僕が作ったものだと見抜いた上で、それを明言しなかった。弟子として師匠の作ったものに文句を言うつもりはないという意思表示だろう。ここまで徹底されると、頭が下がる思いだ。
「自分の一部なんだからさ、ちゃんと受け入れて活用しなきゃ。損だよ、損♪」
メルアの明るい提案にアルフェが頷いて、
「ねっ、ししょー! アルフェちゃんはさ、このままの方がいいっしょ!?」
メルアの意見には完全に同意する。僕はアルフェの金色にキラキラ輝く浄眼が、この上なく美しいとずっと思ってきたんだ。
「そのままのアルフェがずっと好きだよ。もう
「リーフ……」
淀みなく紡いだ僕の言葉にアルフェが目を潤ませている。僕ももらい泣きしそうになってしまったけれど、それは辛うじて耐えた。
「……って、なんかいい雰囲気だけど、うちの指輪は順調なの、師匠?」
メルアがそう問いかけながら僕の作業台の方に歩いてくる。
「もちろんだよ。あとは簡易術式を彫り込めば完成だからね」
「やばっ! ガチで一時間くらいで出来ちゃうんじゃん!? うちの師匠天才すぎ!」
前世の量産の経験があるからこそ、たった一個を作るのにはそれほど集中する必要はない。ただ、彫り込む簡易術式だけはメルアの用途――つまり浄眼が捉えるエーテル量の制御を試みようと思っていたので、慎重にしたかった。一応、自分の部屋に戻って簡易術式を試してからの方が間違いないのだけれど、どうしたものかな。
「ねえ、メルア。同じものはすぐにでも出来るんだけど、メルア用にカスタマイズしても――」
「するする! お願いします、師匠!」
僕が言い終わらないうちに、メルアが僕の手をがっしりと握って前のめりに頼んできた。まだほとんどなにも言っていないのに、全部僕に任せるというところが面白いな。メルアの人柄みたいなものなのだろうけれど。
「じゃあ、続きは寮に持って帰って検討するよ。明日には渡せると思うから」
「待つ待つ! も~、師匠ってば最高!」
僕がメルア用にカスタマイズすると言ったのがよほど嬉しかったのか、メルアが飛び跳ねて喜びを表している。些細な動作だけれど、アルフェとちょっと似ているところがあるのかもしれないな。想像力が豊かだということは、感受性も多分豊かなんだろう。
「……って、いけない、こんな時間じゃん!」
気がつけば夕陽は沈んでアトリエも魔石灯の照明で照らされている。
「またやっちゃった! 大遅刻だよ~」
「メルア先輩、なにか約束?」
急に慌てだしたメルアに、アルフェが申し訳なさそうに問いかける。メルアは頷くと、アトリエを何をするわけでもなくブツブツと呟きながら右往左往しだした。
「ああ、片付け終わってないし、師匠の途中経過もじっくり見たいし、時間が~、時間がぁ~」
「慌てなくてもいいわよ、メルア」
不意に響いた涼やかな声に、メルアがハッと顔を上げる。
「エステア、ごっめーん☆」
「あなたって人は、夢中になるといつもこうなんだから」
アトリエの戸口に立っているのは、生徒会長のエステアだ。メルアに話しかけるエステアは、この前とは打って変わって優しげな表情をしている。
「1年F組のリーフとアルフェね。ちょうど良かった」
微笑んだエステアは、その場で姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「この前は本当にごめんなさい」
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