第141話 紅蓮の花

 ヌメリンが起こす土煙と灰が、反撃の狼煙のように上がり続けている。


「リーフ、ここでいい?」


 高台の中心に集まった僕たちは、すぐに雷鳴瞬動ブリッツ・レイドの準備に入った。


「参ります!」


 ホムが武装錬成アームドを利用して軌道レールを展開し、真上に向けて高く伸ばす。目的は上空からA組の位置を把握することなので、ホムも作戦をよく理解している。


「失礼致します、マスター」

「頼んだよ、ホム」


 僕のそばにかしずいたホムが、僕の膝の裏と背中に手を回し、横抱きに抱き上げる。


「五分以内で決着をつけたい。出来るかい、アルフェ」

「もちろん!」


 アルフェが軌道レールに雷魔法を流し、射出のための魔力の充填を始める。


 今回は最大出力で撃つことを前提としているので、アルフェの全力で少なくとも三分以上かかるはずだ。アルフェはきっと全ての魔力を注いでくれるだろう。だからチャンスは一度きり。絶対に失敗は出来ない。


「……時間を稼いでくれよ、ヴァナベル……」


 ホムに抱きかかえられたまま、軌道レールの先端からA組と戦うヴァナベルたちを見下ろす。


 真なる叡智の書アルス・マグナのページがひとりでに動き、集音魔法と視界共有魔法が同時に展開された。


「なんだ!? なにも見えない!」

「目くらましだ! あの辺りを狙え!」

「させるかよぉ!」


 狼狽えるA組の様子が手に取るようにわかる。ヴァナベルとファラによる奇襲で、既に二名が戦線を離脱したようだ。


「もういっちょ~!」


 ヌメリンが戦斧を振り回し、マチルダ先生の爆裂魔法イクスプロージョンによって生じた灰燼を巻き上げる。旋風が巻き起こり、A組の悲鳴が聞こえてきた。


「おっしゃぁ~!」


 共有された視界は白く煙って見えないが、ヴァナベルがまた一名倒したようだ。


「……くっ! なんで、なんでわかるんだ!」

兎耳族ヴァニーの耳をナメんじゃねぇよ!」


 リゼルの憎々しげな言葉に、ヴァナベルは高らかに笑い、音を頼りにA組を翻弄していく。


「にゃはっ! あたしの眼もな!」


 ファラにとってはこの灰燼と土煙の舞う視界ですら、なんの妨げにもならないのだろう。じりじりとA組を追い詰めていくのがわかった。


「お前達、この砂嵐をなんとかしろ! 今すぐ吹き飛ばせよぉ!」


 リゼルが絶叫に近い声で指示し、すぐさま魔法科の生徒達が反応する。


「にゃはっ、気づいちゃったかぁ~」


 ファラが笑いながら、魔法科の生徒たちを数名倒す音がした。だが、リゼルの指示で巻き起こされた風は突風となって吹き抜け、目くらましの役割を果たしていた灰燼と土煙を吹き飛ばしてしまった。


「ヌメ!」

「あ~~~い!」


 ヴァナベルの鋭い指示にヌメリンが戦斧を振り上げる。だが――


「させるか!」


 A組の生徒らが一斉に放った風魔法により、ヌメリンの身体が吹き飛んだ。


「ヌメ!!」


 咄嗟にヴァナベルが手を伸ばすが届かない。その代わり、マチルダ先生のシャボン玉がどこからともなく出現し、ヌメリンの身体を包み込むようにして受け止めた。


「あらぁ~、ヌメリンちゃん。集中攻撃を受けて脱落ねぇ~」


 ヌメリンと巨大な戦斧を包んだシャボン玉が、A組の頭上を飛んでいく。


「はい、回収、回収♪」

「ヌメリンちゃんが……」


 もう何度聞いたかわからないマチルダ先生の声を聞きながら、アルフェが声を震わせているのが聞こえて来た。


「……混乱から立ち直るのが予想より早いな」

「うん……」


 アルフェの相槌に焦りが混じっている。ここで切り上げるべきか迷ったが、口には出さずに戦況を見守った。


「リゼル様!」


 A組の隊列から鋭い声が上がり、彼らの視線が僕たちに注がれるのを感じる。早くも雷鳴瞬動ブリッツ・レイド軌道レールを見つけられてしまった。


「なんだ、アレは!?」

「あの砲台で反撃するつもりか。一斉掃射で破壊しろ!」


 リゼルの命令で爆裂魔法イクスプロージョンの火炎弾が殺到する。僕は素早く真なる叡智の書アルス・マグナにエーテルを流し、迎え撃った。


「石腕よ、我が呼び声に応え敵を撃ち砕け――ストーンブラスト」


 土魔法ストーンブラストにより、無数の岩石の塊を生成して、火炎弾を撃ち落とす。


「怯むな! 撃ち続けろ!」


 しかし、A組の複数の生徒たちと僕ひとりでは、数の点で分が悪いな。立て続けに第二射が放たれるが、詠唱が間に合うかはかなり怪しい。


「石腕よ――」

「マスター!」


 被弾覚悟で詠唱を続ける僕に気づき、ホムが身じろぎする。


「動くんじゃねぇぞ、ホム!」


 忠告すら出来ない僕の焦りを誰よりも早く察したのはヴァナベルだった。


「ヴァナベル!」

「くっ……!」


 高く跳躍したヴァナベルが、両手を広げてA組の放った火炎弾を受け止める。被弾の音に目を閉じることも出来ずに、僕は負傷していくヴァナベルの背を呆然と見つめた。


「……がはっ」


 火炎弾の衝撃で宙に留まっていたヴァナベルが地面に落下する。


「大丈夫か、ヴァナベル!?」


 あまりに突然の出来事に、僕は詠唱も忘れてヴァナベルの名を叫んでいた。


「ハッ! これぐらいでくたばるオレじゃねぇよ。けど、ガラにもねぇことしちまったなぁ……」


 ヴァナベルが真っ黒に煤けた顔に笑みを浮かべながら、僕を見上げて呟いている。炎で焼けた喉の掠れた声が、集音魔法のせいでよく聞こえた。


「絶対、勝て……負けんじゃ……ねぇ……ぞ」


「リーフ!」


 意識を手放す前のヴァナベルの最後の呟きにアルフェの鋭い叫びが重なる。ヴァナベルがくれた最高の機会を逃す手はない。


「発射!」


「「雷鳴瞬動ブリッツレイド!!」」


 僕の合図と同時にアルフェとホムの声が重なり、真上に向かって僕とホムが放たれる。


 最大出力で射出された僕たちは、遥か上空まで一気に昇り詰めていく。


 ホムが僕を決して落とすまいと、掻き抱くように強く僕を支えている。僕はといえば、空気を突き破る圧に息も出来ず、奥歯を噛んでひたすら耐えた。


 ホムは雷鳴瞬動この技を使う時に、これだけの負担に耐えているのか。


「間もなくです、マスター」


 その声とともに、目も開けていられないほどの圧と、耳鳴りがぷっつりと途切れた。


「……いいな。よく見える」


 広く開けた空から見下ろすと、A組の生徒の位置が手に取るようにわかる。


「炎の息吹よ――」


 既に記憶している詠唱とともに真なる叡智の書アルス・マグナを高く掲げるとページがパラパラと捲れ、炎の渦が僕の手許に浮かび上がった。


「大地に降り注げ……」


 残りのA組の生徒を倒すのに規格外の大魔法を使う必要はない。今僕が使うこの魔法は、戦況に合わせた最適の選択肢となる。


「フレアレイン!!」


 詠唱を唱え終わるのと同時に、炎の渦が花びらを散らすように灼熱の大花を頭上に散らした。舞い散る花びらは、明々と燃えさかり、その美しさを見せつけるようにさらに大きく散ったかと思うと、熱線と化して雨のようにA組の生徒たちを襲った。


 雨のように降り注いだ熱線は、地上に着弾すると同時に小爆発を起こし、急成長する種子のように一斉に芽吹いていく。


 次々に花開く火炎の花々は、上空から見ると炎で作られた花園のようだ。


 A組は逃げることも悲鳴を上げることも出来ず、完全に沈黙してしまっている。


 その様子を見届けた次の瞬間、僕たちを包み込んでいた浮遊感が切れ、落下が始まった。


「リーフ!」


 アルフェの声が耳に響いた次の瞬間、僕たちはシャボン玉のような柔らかなものに受け止められ、ゆっくりと降下を始めていた。


 眼下ではファラに受け止められたアルフェが、ぐったりとしながらも笑顔を浮かべて僕たちを見上げている。


「A組は……」


 思い出したように呟く僕に、ホムが微笑みかける。


「わたくしたちの勝ちです、マスター」


「A組は全滅判定により、F組の勝利とする!」


 間髪入れずに、演習場のあちこちに取り付けられた拡声器からタヌタヌ先生の声が響いてくる。


「見事な逆転劇だったぞ、お前たち!」


「リーフ!」


 アルフェが僕に抱きつき、残っている力の全てを使って抱き締めてくる。僕もアルフェを精一杯抱き締め返した。


「俺たちの勝ちだ!」


 僕たちの周りに、タヌタヌ先生を始めとしたF組の生徒たちが集まってくる。


「最高の仲間でござる!」

「よくやった、リーフ……」

「お前、実はすごかったんだな!」


 F組の生徒たちが、僕たちの健闘を讃えながら押し寄せ、身長差のこともあって僕はすっかりもみくちゃにされてしまった。


 でも、みんながこうして喜んでくれるのは悪くないな。そういえば、ヴァナベルは無事だろうか。


 気になって首を巡らせると、ヌメリンに支えられながら近づいてくるヴァナベルと目が合った。


「ははっ、やりやがったな」

「約束したからね」


 素直じゃない喋り方だが、それでもヴァナベルの喜びが伝わってくる。手放しで喜べない事情も、その複雑な表情から痛いほど伝わった。


「ありがとな。……それと、悪かった」


 こうしてお礼を言いながらも僕と目を合わせないところがいかにもヴァナベルらしい。でも、きっと僕にとっても、彼女にとっても大きな進歩だ。


 言葉にするのは気恥ずかしいけれど、鈍いヴァナベルのことだから、きちんと伝えなければ伝わらない。


「……ヴァナベル、その……」

「ん?」


 僕の緊張が伝わったのか、ヴァナベルも少しだけ身構えた。


「守ってくれてありがとう」

「バカッ。お前が作戦の肝なんだから、当たり前だろ。けどよぉ……」


 治療を中断して駆けつけたらしいヴァナベルの身体は、まだ火傷の跡が痛々しい。だけどその傷が消えても、それを覚悟で守ってくれたことを僕は忘れてはならないだろう。


「本当にありがとう」

「……お前がちんちくりんで良かったぜ。デカかったら、オレひとりじゃ守り切れなかったな」


 手を伸ばしたヴァナベルが、僕の頭をぽんぽんと軽く叩く。その手つきは、これまでのどの仕草よりも優しかった。


 ずっと嫌だと思っていた仕草なのに不思議と嬉しいと感じるのは、きっと僕の心境の変化なんだろうな。


「ああ、不便だが。悪いことばかりじゃない」


 そう言って笑うと、ヴァナベルもつられたように笑ってくれた。

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