第138話 A組の罠
いよいよクラス対抗の模擬戦が開始された。僕とホムは足手まといになることを避け、演習場の端にある森に入り、まずは
アルフェが気を利かせて拡声魔法と集音魔法をかけてくれているのと、魔法で視界を共有してくれていることもあり、離れていても前線の状況は手に取るようにわかった。
「皆、オレに続け!」
「みんな、いくよぉ~!」
ヴァナベルとヌメリンを先頭に、F組が作戦通りの縦深攻撃を仕掛ける。
「慌てるな、落ち着け!」
最後方に下がっているリゼルが拡声魔法を通じて号令を出すと、整然と整列しているように見えたA組の陣形が三つに分かれた。
両端は左右二手に分かれて退避の体制を取り、防御魔法が展開される。
「リリルル!」
「「雷光よ、迸れ――スパークショット」」
ヴァナベルが鋭く叫ぶのとほぼ同時に、宙に浮かび上がったリリルルが左右の陣形に対して雷撃魔法を放つ。
「防御結界、展開!」
間髪入れずにリゼルが命じると、半円状の薄い膜のような防御結界が左右に分かれた生徒たちによって展開され、リリルルの放った無数の稲妻は全て相殺された。
「はははっ、学年トップの魔法力も、多勢に無勢だな」
「ハッ! そんなのは承知の上だぜ!」
煽るリゼルに惑わされることなく、ヴァナベルが真紅の魔剣を振るいながらA組の中央隊列に突進する。
「ヌメ、いっけぇえええええっ!」
「あ~~~い!」
ヴァナベルの合図でヌメリンが巨大な戦斧を振るう。地面に叩きつけられたその勢いで地面が抉れて砂礫が舞い、リゼルをはじめとしたA組の生徒らはさらに後方への退避を余儀なくされる。
「逃がすかよぉ!」
逃げ遅れた生徒の剣を跳ね上げ、ヴァナベルが膝蹴りでその場に押し倒す。
「とおりゃぁああああああ~~~っ!」
ヌメリンが戦斧を振り回し、大旋風を起こすと、辺りを覆っていた砂埃が晴れ、負傷したA組の生徒の姿が露わになった。
「F組の先制~♪ 回収、回収♪」
場違いとも思える楽しげなマチルダ先生の声がどこからともなく響き、負傷したA組の生徒二名がシャボン玉のような透明な膜に包まれて浮かび上がる。
「おっし! 残り十八人! この調子でどんどんいくぜ!」
「おー!」
先制攻撃で二名を倒したことで、先陣を切る生徒らがにわかに活気づく。だが、なおも後退を進めるリゼルらの挙動に、僕は違和感を覚え始めていた。
「……マスター」
恐らく同じことを感じているホムが、不安げに僕に声をかける。僕はその声に頷き、改めてA組の陣形を見つめた。
リリルルの先制攻撃以降、左右に広がった両端の生徒らは、今やF組を囲むような扇状に広がっている。
「……これでは、まるで――」
中央の生徒らを囮にして、罠に誘い込んでいるかのようだ。
「ヴァナベル、罠だ! 下がれ!」
気がついた瞬間には大声を上げていた。
「はぁ!?」
ヴァナベルの耳がぴんと立つ。かなり警戒して周囲の音を集めているようだ。
だが――
「うるせぇ! 怖じ気づいてるんじゃねぇよ!」
警告は怒号とともに一蹴されてしまった。
「ベル!!」
ヌメリンの制止も聞かずに、ヴァナベルが先陣を切って最後部のリゼル目がけて突進していく。一見有利な戦況だが、僕が罠だと声を上げたこともあり、F組のなかでも慎重派が後退をはじめた。
「てめぇら、なんで逃げてんだよぉ!」
ヴァナベルが叫びながら魔剣を振るい、A組の中心陣形を崩していく。
「退きなさい、ヴァナベル!」
僕の言葉に耳を貸さないヴァナベルに業を煮やしたホムが叫んだその刹那。
「馬鹿め、かかったな!」
リゼルの合図で、左右に分かれていた生徒が一斉に魔法の杖を掲げた。
「灼熱の炎よ――」
「マズい、
魔眼を使ったのであろうファラが、大声で警告を発する。イクスプロージョンというのは、投げつけた火球によって大爆発を起こす高次の攻撃魔法だ。二メートルに迫る大きさの火球の攻撃影響範囲は半径四十メートルに及ぶため、F組の生徒はこのままでは到底避けられない。
「猛り荒れ狂え、我に仇なす者どもを紅蓮に染めて焼き尽くし――」
「みんな、伏せて!」
いち早く反応したアルフェが土魔法で壁を作るが、全員を守るには到底間に合わない。
「灰燼と化せ、イクスプロージョン!」
「「吹き荒れる暴風よ、荒れ狂う嵐の渦よ、我が意に従いて防壁となり我らを守れ! ストーム・ヴェール!!」」
リリルルの風魔法による相殺が行われたが、それでもA組から一斉に放たれた火球は大爆発を引き起こし、灼熱の爆風は僕のいる森にまで及んだ。
「なんだ!? なにが起きてる!?」
ヴァナベルの混乱に満ちた声が響き渡るが、辺りは土煙でなにも見えない。
「マスター、これは……」
ホムが力なく呟き、睨むように土煙の向こうに目を凝らしている。
「罠だよ。ヴァナベルの作戦は、A組に漏れていた……」
苦々しく呟き、ホムを見遣る。
「ええ……」
ホムは歯痒そうに歯噛みしながら、土煙が晴れるのを辛抱強く待った。ここで下手に動くのが悪手であることは、老師タオ・ランの教えから理解しているのだろう。
「ははは! 飛んで火に入る夏の虫だな!」
勝利を確信するようなリゼルの声が高らかに響く。土煙が晴れていくなか、僕は最悪の状況を覚悟して戦況の把握に努めた。
「ギード殿!」
僕が状況を把握するよりも早く、アイザックの悲鳴が上がる。
「あらぁ~、ギードちゃんは、尊い犠牲になったのねぇ~♪」
調子外れに歌うようなマチルダ先生の声が響いたかと思うと、大きなシャボン玉に包まれたギードの身体が宙に浮かび上がった。
「ギード……」
集音魔法をかけていたアルフェから、苦しげな呟きが漏れる。目を覆うような重傷のギードは、即座にマチルダ先生の治癒魔法を受けながらふわふわと宙を漂って戦線を離脱していく。その他に七名のクラスメイトがギードと同じようにマチルダ先生率いる救護班に回収されていった。
「……なんてことしやがる……」
ヴァナベルが忌まわしげに声を震わせているのが聞こえてくる。リゼルは全く意に介さない様子で笑うと、ヴァナベルを指すように剣の切っ先を向けた。
「さあ、これでお前たちは袋のネズミだ」
「はぁ!? 誰がネズミだぁ!?」
「だから~もののたとえだからぁ~」
これだけの状況に追い込まれても、ヌメリンの調子は変わらない。ある意味でそれだけがヴァナベルの精神を保たせているような気がした。
「罠でござる! 皆、逃げるでござるよ!」
一方で、アイザックら後列のクラスメイトたちはパニックに陥り、右往左往しながら撤退を始めている。
「落ち着け、アイザック! ちゃんと周りを見ろ! ぎゃあっ!」
ロメオが注意を促すが、次の瞬間には二人ともA組の生徒が放った魔法の矢によって負傷し、その場に倒れた。
「よし、その調子だ。どんどん倒せ!」
リゼルの合図で、逃げ惑うF組の生徒らが次々と倒されていく。ヴァナベルもヌメリンも剣を手にしたA組の生徒らに取り囲まれてしまった。
「……おい、嘘だろ……」
「大ピンチだよ、ベル~」
「わぁってんよ! オレがなんとかする!」
ヴァナベルが苛立った声を上げると、体勢を低くし、A組の包囲を突破する。突破のついでに数名の生徒を倒そうと剣を振るったが、攻撃は
「焦ることはない。そいつはじっくり追い込め」
「畜生! どこへ行きやがった!」
ヴァナベルが闇雲に剣を振り回しながら、自らを取り囲むA組の生徒らを追い払っている。リゼルはもう攻撃範囲外に逃れており、愉悦の表情を浮かべているようだ。
「……水鏡よ、影を写しとれ――
アルフェが投影魔法でクラスメイトの幻影を作り出す。ゆらゆらと水鏡に映る姿のように現れたファラやヴァナベル、ヌメリンの幻影は、縦横無尽に走り回り、A組を
「今のうちに逃げて!」
かなりの集中を要するらしく、アルフェの声には鬼気迫るものが混じっている。撤退して陣形を立て直すにしても、F組の被害は大きすぎる。これが想定していた最悪の事態と見て、僕も覚悟を決める時がきたのかもしれない。
「……なんかわかんねぇけど、助かったぜ!」
ヴァナベルとヌメリンがA組の包囲から抜け出し、一気に後退をはじめる。
「「さすがだ、アルフェの人」」
空中に逃れていたリリルルが、アルフェを讃えるように魔法の杖を掲げている。アルフェはかなり集中していてリリルルに応じる余裕はない。しかも、リリルルの行動で
「あのエルフを狙え! この訳のわからない魔法を止めさせろ!」
リゼルの叫びに、A組の陣形の両翼を担う魔法科の生徒が一斉に詠唱を始める。
「アルフェ――」
「「エルフ同盟は虚栄に非ず。リリルルは同胞を決して見捨てない」」
リリルルがアルフェの前に躍り出て、捨て身で防御結界を展開した。
「「我らを守れ! ストーム・ヴェール!!」」
防御結界を展開すると同時に、リリルルが次の詠唱を始める。
「「猛き大気よ、荒れ狂い空の覇者を引き摺り下ろせ……地を目指し吹き荒び、打ち下ろせ――フォールゲイル」」
鋭く魔法の杖を振り下ろしたリリルルが、上空からの突風を巻き起こす。
「ば、馬鹿な!」
「化け物か!?」
立っていられないほどの強烈な風が、驚愕の叫びを上げるA組の前線の生徒らを吹き飛ばす。
「怯むな、相手は魔力切れ寸前だ!」
一気に四名が戦線を離脱したA組だったが、リゼルの号令でリリルルに対して
「リリルルちゃ――」
アルフェの絶叫が巻き起こった爆煙によって掻き消える。A組の魔法科による総攻撃をその身に受けたリリルルは、宙をふらふらと漂いながら、最後の力を振り絞って詠唱を続けている。
「まだなにか来るぞ。防御しろ!」
リゼルが警戒心を露わにして叫ぶ中、リリルルが爆風で乱れた髪をそのままにゆっくりと地上に降りてくる。波紋を思わせる同心円状の光の輪が、甲高い音を響かせて広がり、A組の生徒らがじりじりと後退を始める。
「「リリルルはここで死ぬ……だが、お前は生きろ、アルフェの人」」
仰々しく語るリリルルの声が、幾重にも木霊して聞こえてくる。
「「……そして忘れるな。リリルルの功績を後世まで語り継ぐことを!」」
リリルルはそう言って魔法の杖を天高く掲げ――、そして力尽きた。
「あらあらまあまあ! リリもルルもここで魔力切れね。はーい、回収回収♪」
唖然とするA組の生徒の頭上を、リリルルを回収するシャボン玉が飛んでいく。その隙にアルフェに近づいたホムが、アルフェを誘導し、演習場の端にある森へと導いた。
僕たちの動きに反応したファラとヴァナベル、ヌメリンもホムとアルフェに続く。他の生徒らもなんとか撤退を試みたようだが、森に辿り着いたのは、アルフェとファラ、ヴァナベル、ヌメリンだけだった。
「……みんな……みんなやられちまった……」
ヴァナベルが木の幹を拳で叩きながら、呻くように呟いている。震える背中は、泣いているようにも見えた。
「はははっ! 降参するなら今のうちだぞ。こっちは十四、お前らはもう六人しかいないんだからな!」
リゼルの嘲笑が追い打ちのように森に響いてくる。
僕とホムを入れても、F組はもう六人しかいないのだ。
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