第109話 ガイスト・アーマーとの戦い
湖の水面に月が映っている。
男たちの怒号が飛び交う廃墟を抜けたアーケシウスは、湖畔を駆け抜け、荒れ地を走り、森へと向かっている。
あの偽都市間連絡船で追ってくるのではないかと警戒を強めたが、今のところその動きはない。恐らく、アーケシウスを手にした僕たちを相手にするには、やはりあのガイスト・アーマーが必要だということなのだろう。機転を利かせて動力パイプを切っておいて良かった。急場しのぎの修理が終わったら、どうなるかはわからないけれど。
「マスター」
アーケシウスを誘導するように前方を走っていたホムが声を上げる。集音機が拾い上げたその声に、僕は映像盤で前方を注視した。
「ガイスト・アーマー、一体が接近しています」
あのアウロー・ラビットが出現した森の方から、月に照らし出された機影と従機の動力部の明かりが見える。機体の上に見える小さな頭部は、恐らく搭乗者のものだろう。暗視ゴーグルと思しきものが微かに光って見える。
「リーフ……」
アーケシウスの頭上で、アルフェが怯えた声を出している。間違いなく、あの搭乗者と視線が合ったと感じたのだろう。その証拠に、ガイスト・アーマーが真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「ホム、戦えるか?」
「はい、マスター」
「アルフェは、あの大きな岩のところに隠れて」
少し離れたところにある巨岩の上ならば、アルフェが身を隠せそうだ。アーケシウスから浮遊魔法で移動出来るように、腕を岩の方へと伸ばした。
「でも――」
「僕たちなら大丈夫だから、早く!」
申し訳ないが、アルフェに迷ってもらう時間はない。僕が強い声でせき立てると、アルフェも事態を呑み込んでくれたのか、巨岩の上へと避難してくれた。
「ここから離れるぞ、ホム」
「迎え撃つのですね、マスター」
アルフェに危険が及ばないように、こちらからガイスト・アーマーとの距離を詰める。こちらに戦う意思があると察したのか、近づいてきていたガイスト・アーマーが、警戒を強めて立ち止まった。
「……ハッ!」
ホムがアーケシウスの機体を足場にして、
「ホム!」
思わず叫んだが、ホムは空中で身を
「……っ!」
だが次の攻撃も空を切り、ガイスト・アーマーの操手には届かない。接近戦を得意とするホムが高所にある操縦槽を狙うためには、どうしても予備動作が入る。その時間差を操手は見極めて攻撃を
だとすれば、従機同士、僕が攻撃するしかない。右腕に装着していたドリルが外されていなかったのは、不幸中の幸いだな。
「こっちだ!」
ドリルを繰り出し、操手の注意をこちらに引きつける。だが、アーケシウスの攻撃はホムの俊敏さよりもさらに劣るため、巨大な盾で簡単に阻まれてしまった。
とはいえ、それは注意を引きつけ、予備動作を見せているからだ。
攻守ともに優れているガイスト・アーマーに比べると、アーケシウスは俊敏さにおいてのみ勝っている。大きなダメージを与えることは出来なくても、少しずつガイスト・アーマーを損傷させることはできる。問題は、この手練れの操手の隙をどうやって作るかだが――。ガイスト・アーマーを囲むように、ホムと距離を詰めていたその刹那。
「鬼さんこちら!」
アルフェの声がガイスト・アーマーの背後から響き渡った。
「はっ! 丁度良い、人質が出来そうじゃないか」
慌てる僕の声に反応し、操手の男がガイスト・アーマーの向きを変える。
「アルフェ、逃げろ!」
隠れていろと言ったのに、どうして出てきたんだという困惑のまま叫んだ僕の視界で、がら空きのガイストアーマーの背に向かって跳躍するホムの姿が見えた。
だが、アルフェを人質に取られれば、その攻撃はむしろ危うい。
「ホム!」
「今です、マスター!」
ホムが動力パイプにぶら下がりながら、ガイスト・アーマーの背面装甲を示す。迷っている暇はないと判断した僕は、ドリルで装甲を攻撃し、素早く退いた。
「アルフェ!」
「っ! ガキがいねぇ! どこだ、どこだ、どこだぁ!?」
アームを振り回し、背中に取りついているホムを引き剥がしながら、ガイスト・アーマーがその場をぐるぐると回っている。
「こっちだよ、こっち!」
アルフェの姿は僕にも見つけられない。それなのに、声は確かにガイスト・アーマーの傍で響いている。
――もしかして、これはアルフェの魔法なのだろうか?
今までも、僕のすぐ傍で声がしたのに、姿を見つけられないことがあった。もしも、今のアルフェが魔法で声だけを、相手の元に飛ばすことが出来ているのなら――。
「ホム、アルフェを頼む!」
「承知しました、マスター!」
僕の意図はホムに上手く通じたようだ。ホムは機体の死角になる場所を素早く擦り抜け、アルフェの声がする方へと向かっていく。
「こっちこっち!」
ホムの動きに気づいたのか、アルフェが再び声を飛ばした。
「ちょこまかと動きやがって、このガキがぁ!」
ホムの素早い動きと、アルフェを見つけられない苛立ちからか、ガイスト・アーマーがパイルバンカーで、ホムの軌道を薙ぎ払う。
「ハッ!」
ホムはその攻撃を躱して高く跳躍すると、槍の上を駆け抜けて剥き出しの操縦槽に接近した。
「小癪なガキめ!」
ホムを振り落とそうと、操手が
「舐めやがって!」
だが、アーケシウスの接近に俊敏に反応した操手がドリルを盾で防ぐ。機兵の装甲と同じ堅牢な盾は、アーケシウスのドリルを受け止め、火花を散らしながら押し返していく。
「……くっ」
強く操縦桿を押し込むが、子供の腕力では大人には敵わない。ホムを振り落としたガイスト・アーマーは、
「おやすみの挨拶をしな!」
「マスター!」
僕を援護しようと、地面に降り立ったホムが再び跳躍し、
「避けろ、ホム!」
「!!」
僕の警告は間に合わず、宙に留まっていたホムが盾で薙ぎ払われる。
ホムの身体が木の葉のように舞い、荒れ地の断崖に落ちていく。アーケシウスを疾走させ、ホムを受け止めようとしたが、間に合わなかった。
「ホムー!!」
僕の絶叫に答えるように、暗闇から白い手が持ち上がる。どうやらまだ息はあるようだ。
「申し……マスター……」
「いい。喋るな」
息があれば、まだどうにかしてやれる。だが、その前に目の前のガイスト・アーマーを倒さなければ。
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