第103話 大人たちの助け

 登校した僕たちを、アナイス先生とリオネル先生が待っていた。アナイス先生の話によると、父から連絡が入っていたようだ。


「力になれることがあれば、なんでも言ってくださいね、リーフ」


 中学生になったとはいえ、この世界ではまだまだ子供であるということを改めて実感する。グラスの頃の僕は、この年頃でも一人で生きて行かざるを得なかったが、リーフは両親をはじめとした周りの大人たちを頼っても良いのだ。


「ありがとうございます。それでは、アナイス先生、折り入ってお願いがあります」

「……なんでしょうか?」


 アナイス先生が真摯に応対し、リオネル先生もそれに頷く。


「アナイス先生、リオネル先生、お二人の力が今の僕には必要なのです。将来的には、母の治療薬を――今は、せめてその進行を止めるための抑制剤錬成の手助けをしてほしいのです」


 本音を言えば、学業を休み、学校の設備やそこにある材料を借りて黒石病抑制剤の錬成に集中したい。だが、先生方を心配させないようにあくまで助けを求めることにした。


「……あなたなら、きっとそう言うと思っていました」


 僕の口から黒石病抑制剤の名が出たことに、アナイス先生もリオネル先生も驚かなかった。それどころか、リオネル先生は、父から母の黒石病発症の報せを聞いてから集めたらしい研究資料をまとめたものを僕に示してくれた。


「ありがとうございます。拝見しても?」

「もちろんです。この複写コピーは差し上げます」


 リオネル先生から受け取った論文に、ざっと目を通す。グラスの研究には及ばなかったが、同じアルモリア草を用いた黒石病抑制剤の効果を検討している若い研究者がいるようだ。ただ、その最新研究が五年前で止まっているところを見ると、追跡研究を行っている望みは薄いだろう。だが、それは僕にとって好都合だ。


「……リオネル先生、このアルモリア草を使用した研究が、母上と僕の理論に最も近いです」


 アルモリア草は別名、モノマネ草と言われており。主に変化の薬の材料として知られている。その葉が周りの物体の色素を写すという特徴を持っていることから、周囲にあるモノの色に自在に変化する。この色素を写すという特徴が錬金術では重宝されており、グラスもその特徴から、人体の細胞を複製することに成功している。


「このアルモリア草の特徴を使って、人体の細胞を『複製』し、黒石病に冒された細胞と置き換える効果を持たせることを検討しています。そのためには――」


 僕は論文の該当箇所を示しながら、グラスの研究を掻い摘まんで説明した。正確な製法レシピ以外はもうすっかり思い出せるようになっている。これは、今の僕が唯一誇れる前世の仕事だ。その功績を、今度こそ誰かのために活かさなければ。


「……悪くない着眼点だ。だが、それを実現させるためには急がなくてはね」


 リオネル先生の指摘は的確だった。黒石病が重症化すると、細胞の再生が困難となる。僕が生み出した黒石病抑制剤は、いわゆる対処療法に当たる。新しい細胞と置き換えるスピードが病気の進行に追いつかなくなれば、その時点で破綻するのだ。


「わかっています。すぐにでも試作に取りかからせてください」

「……わかりました。特例として、休学を認めます。もちろん、この学校から受けられる恩恵には何らの制限はありません」


 ああ、本当にこの学校は生徒の考えを最大限尊重してくれるんだな。学長ではないアナイス先生が即答したということは、既に学校として僕への対応が決められているということだ。僕の意思を尊重し、出来ることを全てさせてくれる。その力をこの人たちは与えるつもりで、朝早くからここで待っていてくれたんだ。


「本当にありがとうございます。この学校で学ぶことができることを、誇りに思います」

「こちらこそ、ありがとうございます。リーフ。……若いあなたの聡明さとその眩いばかりの才能を改めて実感しました」

「……それに、この学園の理念にかなった素晴らしい研究が生まれる場面に立ち会ったような気がします」


 リオネル先生に続いて、アナイス先生も目を潤ませている。前世の僕が人類のために研究をしていれば、こんなことにはならなかったのだけれど、同じ研究を今世の僕が蘇らせるというのは女神からすれば、ちょっとした皮肉な運命だろうな。


 だが、現代の医学の進化を考え、そっちの道に進むのも良いかもしれない。将来のことなんて漠然としか考えていなかったが、錬金術と医学の融合を実現できたなら、きっと誰かの役に立てるだろう。



   * * *



 セント・サライアス中学校の厚遇のおかげで、昼過ぎには全ての材料を調達することができた。アルモリア草だけは、その入手の困難さからごく少量の培養液が代わりに手に入ったのみだったが、かえって手間が省けた。


 あの論文にリオネル先生が着眼してくれたおかげで、僕の理論もすんなりと受け入れられ、午後には追試研究のための実験を行うことができた。


 必要な材料は、アルモリア草の培養液、人体用の魔素液化触媒である生理液化魔素溶液、火・水・風・土・雷の五大属性魔石の粉末。それから、黒石病の原因である反物質ダークマターだ。


 通常は浄眼がなければ見ることができないが、特別に高濃度のものを少量だけ用意してもらえた。これで、採取した僕の細胞を使って、実験器具の中で疑似的に黒石病を発病させる。もちろん、扱いは厳重で手袋や防護服等を着用した上、庫内を陰圧に保った安全キャビネットの中で行うこととなった。


 先生方が来るまでに、僕は真なる叡智の書アルス・マグナからグラスのレシピを写し取り、分量通りに魔石の粉末を調合した。


 魔石の粉末を使うのは、アルモリア草で復元した細胞を定着させるためだ。魔石粉末を調合して人体の身体の構成元素に近い薬剤として完成させれば、健全な細胞への置き換えがスムーズにはじまる。経過を観察させる余裕はないので、ホムの時に使用した簡易術式を用いて、細胞が置き換わる速度を意図的に早めた。これはあくまで、生身の人間ではなく、細胞が対象だからこそ出来る技だ。


 結論からいえば、実験は成功だった。


 疑似的な黒石病を発病させた細胞は、アルモリア草で復元した健全な細胞に置き換わり、黒い斑点が明らかに減少した。これで、僕の理論が正しいことが証明され、より臨床的な試薬を作る段階に進むことができた。製法レシピについては、既に真なる叡智の書アルス・マグナを取り戻してある。あとは、試行錯誤しているふりをして完璧な試薬を完成させるだけだ。


 だが、その前にアルモリア草を大量に仕入れなければならないな。それと、新しい細胞の核を生成するために、母の細胞も採取しておかなければ。

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