第64話 現代の錬金術とホムンクルス
入学式翌日から、授業が始まった。
入学前の学力調査と、専攻希望によってあらかじめクラスやカリキュラムは決められており、特待生の僕とアルフェは小学校に引き続き同じクラスだ。基礎教養科目の他に設けられている専攻科目は、僕は錬金術を、アルフェは魔法学を選択した。
第一回目の錬金術の授業を受けに、教室を移動する。階段状に座席を設けた比較的広い教室には、中学校からセント・サライアスに入った生徒たちが多く集まっている。てっきり魔法学の授業が人気だと思い込んでいたので、四十名ほどの生徒がいることに驚いた。
とはいえ、アルフェ以外の人間と親しくするつもりもその必要もないので、教室の一番後ろの席に座ることにする。階段状になっているので、身長を理由に前に座る必要がないのは助かるな。
それにしても、教室で一人でいると、嫌でも他の生徒の話が耳に入ってくる。グラスの時には無視しただろうが、ここで得た情報が何に役立つかわからないし、流し聞きくらいはしておくか。そんなことを考えていると、授業開始を知らせる鐘が鳴り、リオネル先生が教室に現れた。
「……白衣が渋くて素敵」
「優しそうな先生だね」
中学校から入ってきた生徒からは、どうやら渋くて優しそうな先生という評価を受けているようだ。トレードマークの白衣はそのままで、僕としてはずっと同じ印象だっただけに、不意を突かれたような気分だった。
(まあ、確かに……)
当たり前だが、小学校の頃から数えると、リオネル先生とはもう六年の付き合いになる。初対面の頃の評判だった好青年から、六年分の歳月を経たリオネル先生を改めて見ると、かなり落ち着いた雰囲気を感じた。
「これから三年間、錬金術の授業を担当するリオネルです。この中学校においては、私もみなさんと同じ一年生です。共に、錬金術の研究者として研鑽を積んでいきましょう」
リオネル先生らしい明るくわかりやすい挨拶を受け、一部の生徒たちから黄色い声が上がっている。その後、授業に関係のない質問が始まったので、僕は無視して教科書を捲り始めた。
小学校の知識は全く問題なかったが、錬金術史が絡んでくる中学校の知識は、グラスの頃の知識をうっかり出さないように、より一層気をつけないといけないな。
付録の年表と、目次をざっと頭に入れた僕は、ホムンクルスの項目にページを進めた。中学に入り、簡易実験のようなこともやるようだが、まずは概要をおさらいしておこうか。
教科書の記述によると――
ホムンクルスとは、今からおよそ七百年前に活躍した冠位錬金術師アルビオン・パラケルススが生み出した人造生命である。
人間に近しい生体組織を持ち、条件付けがたやすくインプットした情報に基づいて活動する。総じて寿命は短く、個体差はあれど二十年程度の活動期間をもって生命活動を終える。
ホムンクルスは、理想的なヒューマンリソースの量産を目的として、長年にわたって錬金術師たちによる研究と開発が進められてきた。二百年前の産業革命を契機にホムンクルスの量産化技術は飛躍的に向上し、アルカディア帝国とカーライル聖王国との大戦においては、量産型ホムンクルス兵が戦線に大量投入されることとなった。
大戦は激化し、ホムンクルスたちは特攻兵器の操縦者として使い捨てられ、夥しい数の犠牲を生み出した。この凄惨な行いに心を痛めた各国の人権団体からの訴えもあり、ホムンクルスの製造や所持を制限する項目が国際法『ヴァース条約』に追加されている――。
このあたりの知識は、小学校入学時に司書の女性に頼んで選んでもらった文献のとおりだ。
だが、グラスの知るホムンクルスは、不死の探求を目的として研究されてきた分野だ。完全素体ホムンクルスの用途は、人間の魂を受け入れる器であったはずだが、
その証拠に、ホムンクルスの研究史に言及している教科書でさえ、ホムンクルスの研究史は徹頭徹尾ヒューマンリソースとしての研究と位置づけられている。
「……リーフ」
「ア、アルフェ……?」
「どうしたの? もう昼休みだし、みーんないないよ?」
言われて教室を見渡せば、残っているのは僕だけだった。教科書を読みながら考えごとをしているうちに、いつの間にか昼休みになっていたらしい。
初日ということもあり、大した授業はしていないだろうが、中学生らしく、ノートに板書くらいは写しておこうか。でも、アルフェを待たせるのは悪いな。
少し考えてから板書の内容を記憶し、あとで復習することにした。教科書と照らし合わせるに、恐らく冒頭の数ページ程度だろう。
「……気になるの?」
開いたままのページにあるホムンクルスの年表を見つめながら、アルフェが聞いてくる。
「ああ、ちょっとね」
さすがに相手がアルフェでも、前世の嫌な記憶を思い出していただなんて言えない。
「……それはそうと、久しぶりに錬成をしようと思っているんだけど、アルフェに聞きたいことがあるんだ」
料理上手なジュディさんの娘のアルフェなら、料理に必要な知識を僕よりも持っているだろう。
「なに? なんでも聞いて」
「料理が美味しくなるフライパンがあったら、便利だと思う?」
「そんなこと出来るの!?」
僕の問いかけに、アルフェの目が輝いた。かなり興味があるらしい。
「多分ね。まだ理論の段階で、錬金術で出来たら面白いなって考えてるんだけど、どういう機能があったらいいかな?」
「……うーん、焦げ付かないとか、温度の管理が簡単……とかかな?」
思ったとおり、アルフェの答えは的確だった。
「すぐに温まるとか、冷たいものを入れても温度が下がらないとか、そういう理解でいいの?」
「うん!」
それなら、火の魔石を錬金釜で煮詰めて溶かしたものでフライパンの表面をコーティングすると良いかもしれないな。
ガラスの性質を持ち合わせた火の魔石を使えば、フライパンの丈夫さに加えて、ガラス質由来の化学的耐久性も期待出来るだろう。そうすれば、酸や塩にも強くなって、食材の味や風味の変化を及ぼしにくくなるはずだ。
焦げ付きにくさに関しては、オート洗浄の機能をつけるといいだろうな。調理中はある程度の焦げ付きを許容して、その分、洗うときに手間をかけないように出来ればいい。フライパンの底部に、水とエーテルに反応する簡易術式を仕込めば、条件を満たした時のみの発動が叶うはずだ。
「……ねえ、リーフ。それ、アルフェも使いたい」
僕の長考に焦れたのか、アルフェが甘えた声を出す。
「もちろん。使ってくれる人が多い方が、僕も嬉しいからね」
「ありがとう、リーフ! 大好き!」
アルフェに勢い良く抱きつかれ、僕は椅子の上に尻餅をついてしまった。
「ちょ、ちょっとアルフェ! まだ作ってもいないよ」
「リーフの気持ちが嬉しいの」
すぐ隣の椅子に座ったアルフェが、なおも僕に抱きついてくる。体格差のこともあって、僕は長椅子の上に完全に押し倒されてしまった。
やれやれ、アルフェにはそろそろ加減というものを覚えてもらわないとな。
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