第50話 錬成事故
一応水を入れて沸騰させて問題なく使えることは確認済みだ。沸騰時間なんかも他の錬金釜と遜色なさそうなので、まずは一安心といったところだな。
「面倒なことを頼んで悪いね、アルフェ」
「ううん。リーフの役に立つの、嬉しい」
気を遣わせないように朝早くから一人で始める予定が、アルフェに先回りされてしまった。僕の行動をよくわかっているのは、さすがはアルフェだ。僕はアルフェの行動なんてなんとなくしかわからないのにな。
「じゃあ、早速だけど、この錬金水に
「量の加減がわかればいいんだよね。どのくらい入ればいいの?」
思えば、グラスのときは結晶を手に入れていたので、
「そうだな、簡易錬金釜は小さいし、半分くらいかな」
「わかった」
触媒である錬金水に
「あっ、黒くなってきたよ」
すぐに触媒と
「そうだね」
「これ、リーフにも見えてるの?」
「もちろん。錬金水に溶かせば、僕の目にも
瓶を傾け、中身を少しずつ追加しながら木べらで混ぜていくと、透明だった錬金水は、黒くて粘度のある液体に変化していく。木べらを持つ手にも、もったりとした
――浄眼の生体移植が出来たらやっぱり便利だったよな……
「そろそろ半分だよ、リーフ」
「……あ、え?」
考えごとをしていたせいか、アルフェの呼びかけに少し反応が遅れてしまった。
「……入れ過ぎちゃったかな? 半分より少し過ぎちゃったけど……」
「ああ、その程度なら大丈夫なはずだよ。僕がぼーっとしていたせいだし、気にしないで、アルフェ」
この後は、錬金釜で煮詰めていくので、錬金水の水分を飛ばせば特に問題ないはずだ。
錬金釜で煮詰めることで、
錬金釜の中では、既に火の魔素を吸収した
「……大丈夫かな……」
「煙が出て気化が始まってるけど、ちょっと微妙だね。アルフェ、アーケシウスの陰に下がっていて」
ガスマスクと手袋は着用しているが、念のため防護服なんかも手に入れた方が良かったな。そんなことを考えながら、僕もお気に入りの帽子を脱いでアルフェに託した。
「アルフェ、伏せて!」
アルフェに指示を出し、僕もアーケシウスの方に下がる。その刹那。
小さな爆発音を立てて、
「はぁ……」
「無事かい、アルフェ?」
「うん……。でも、まっくろ……」
僕の帽子を大事そうに抱えたアルフェが、困惑の表情で倉庫を見渡している。幸か不幸か今の衝撃で火は消えたので、もうこれ以上の被害はなさそうだ。
「……またやり直しかな?」
「いや、そうでもないよ」
割れた簡易錬金釜の残骸に、赤紫色の鉱石のような結晶がくっついて転がっている。部分的に結晶化には成功していたようで、目的のダークライトは手に入った。
「リーフ、リーフ! 大丈夫!?」
今の爆発音が聞こえたのか、母が走ってくる音がする。
「母上、ダメです! 反物質の煙が――」
僕が言うよりも早く、倉庫の扉が開かれ、黒い煙が外に向かって漏れ出して行く。
「……っ、げほ! げほげほっ!」
「母上!」
激しく咳き込む母に駆け寄り、姿勢を低くするように促す。母は頷き、咳き込みながらも倉庫の端へと向かっていった。僕はそのまま倉庫の扉を全開にすると、
「……怪我はない? リーフ、アルフェちゃん?」
「……はい」
ガスマスクを着けた母が戻ってくる。まだ少し咳をしているが、僕たちを叱るという感じではなさそうだった。
「とにかく無事でよかったわ。それにしても立派な結晶ができたのね……っ、げほ、ごほっ」
「すみません、加減がわからなくて……。それより母上、その咳、反物質の煙を吸い込んだせいでは……?」
どのくらいの量を吸い込んだのかわからないけれど、健康に害があるとわかっているだけに気が気ではない。
「大丈夫。このぐらいなら……若い頃にも失敗したことがあるし、大したことないわよ。そんなことより、あなたたちが……ちゃんと……対策してくれていてよかったわ。アルフェちゃんもごめんなさいね」
母は咳を耐えるように不自然に言葉を区切りながらそう言うと、安心するようにとの意図か微笑んで見せた。
「ううん。ワタシがもっとちゃんと視ていれば良かったのに……」
アルフェが落ち込んだ様子で呟いている。その声は今にも泣き出しそうな時の声だった。
「アルフェのせいじゃない。それだけは誓って言えるよ。だから気にしないで」
僕の甘い考えで、アルフェに怖い思いをさせてしまったのが本当に申し訳ない。どうにかアルフェの気持ちを上向かせようと、慎重に言葉を選んだ。
「それより、可愛い顔が台無しだよ。お風呂に入って着替えておいで」
「リーフ……。うん、そうするね」
柄にもないことを言ってしまったが、アルフェは納得してくれた。
アルフェが去り、倉庫には僕と母の二人きりになる。
「……ねえ、リーフ」
そう切り出されて叱られるのを覚悟したが、母は決して僕を叱ろうとはしなかった。
「健康を害する危険もあるし、次からは立ち会わせてくれないかしら?」
――ああ、どうしてこの人は、こんなにも僕を大事にしてくれるのだろう。
母が心から僕を心配していることがわかる。その上で、僕がしたいことを尊重し続けてくれるというのは、本当に凄いことだ。
「……ありがとうございます、母上……」
どう答えるべきか迷い、僕は僕なりの反省を言葉にすることにした。
「でも、これで危険性はわかりましたので、もう少し安全性が確保されるまでは次の錬成は行うつもりはありません」
「……そこまでしなくてもいいのに……」
「いえ、反物質の健康への害は楽観できるものではないですから。母上もどうか、お医者様に罹られてください……。母上になにかあれば、僕は……僕は……」
黒石病がどんなに絶望的な病気かは、僕が身をもって知っている。母上にはそんな目に遭ってほしくない。それでは恩を仇で返すことになってしまう。
「母上、本当に……どうか……」
胸にじくじくとした嫌な感じが広がっている。心が冷えて不安で押しつぶされてしまいそうだ。身体的反応として起こっているものを精神だけで制御できなくて、僕の目からは勝手に涙が溢れてくる。
やっとわかった。僕はこの家族を、今の生活を失いたくないんだ。
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