第47話 アルフェの秘密

 翌日、アナイス先生に反物質ダークマターの情報を確認すると、少量ならば研究枠で個人でも採取と使用が認められていることが判明した。ただ、その採取と使用についても国が管理しているとのことで、僕は『反物質採取許可者』と『反物質取扱者』の二種類の試験を受けることになった。


 試験といっても、セントサライアス小学校に所属している人物は、専門機関での講習を免除されているため、筆記試験を受けるだけで難なく取得することができた。僕だけでなくアルフェも試験を受けて合格してくれたので油断していたが、生徒がこの資格を取得するのは創立以来初めてのことらしく、アナイス先生とリオネル先生にひどく驚かれた。


 考えてみれば、受験資格があって専門機関での講習を免除されているのだから、生徒ではなく教員向けの資格なのだろうな。とはいえ、無事に『反物質採取許可者』と『反物質取扱者』の資格を得た僕たちは、晴れて反物質ダークマターの採取が可能になった。


 取扱の際のゴーグルやグローブ、採取時の容器などはリオネル先生が調達してくれた。健康被害が起こらないように、ガスマスクと手袋の着用を口酸っぱく教えられ、調達の理由を簡単に聞かれた。


 さすがに『真理の世界』の件は先生方には伏せておくことにした。最終目的はそこだけれど、まずはダークライトの錬成が成功しなければ話にならない。アルフェには、段階を踏まなければならないと説明して、今回の目的はあくまでダークライトの錬成であることを印象づけた。


 アナイス先生も、リオネル先生も、僕がダークライトの錬成をやってみたいと話しただけで驚いていたので、表向きの理由だけを伝えておいて正解だったようだ。

 まさか、本当の理由がそれを利用して、真理の世界へ行き、錬金術師グラス=ディメリアが残した魔導書を手に入れることなんて思いもしないだろうな。なにが女神の禁忌に触れるのかわからないので、僕がグラスの生まれ変わりであることを明かすつもりはないけれど。


 次の週末、僕とアルフェはお互いの両親の許可を得て、アーケシウスに乗り、反物質ダークマター探しに出かけることになった。


 これまでは、街の外に出るには都市間連絡船と呼ばれる陸上艦に乗って移動するだけだったので、近場とはいえ、自分たちだけで外に出るのは初めてだった。


 この世界の街は、荒れ地にオアシスのように点在していて、高い壁で街の外周を囲んでいるのが一般的だ。街の外には、魔獣と呼ばれる獰猛な獣が存在するため、人々は生身では出歩かない。

 基本的には都市間を巡航している連絡船を利用するのだが、近場であれば蒸気車両や従機で移動する場合もある。今回は反物質ダークマターの採取が目的ということもあり、自分たちだけで移動が可能なアーケシウスを出すことにしたのだ。


「ねえ、リーフ。ワタシ、変じゃない?」


 トーチ・タウンの東側にある港湾区の前で、出発前の最終点検をする僕にアルフェが話しかけてくる。


「別に変じゃないし、いいと思うよ」


 エーテルタンクの接続を確認して、アルフェに視線を移す。アルフェは普段は髪に隠れている耳を指先で弄びながら、曖昧な笑みを浮かべた。


「……本当に?」

「うん。髪を縛ってるのも、たまにはいいね」


 普段は長く伸びた髪を下ろしているアルフェだけれど、今日はアーケシウスの頭部に乗ることがわかっているせいか、邪魔にならないようにまとめられている。前に良くやっていた髪型は、やはりアルフェに似合っていた。


「……あのね、リーフ……」


 アルフェが耳を触りながら、僕との距離を少し詰める。


「ワタシの耳……変じゃない?」

「変じゃない。可愛いよ」


 そう言うとアルフェは安心するだろうという言葉を選んで答える。耳のことを聞かれたのは初めてだったけど、別におかしなところはないと思う。


「本当に変じゃない?」


 改めて見るとアルフェの耳は少しとんがっていて可愛いな。さっきから耳を触っているのは、なにか違和感でもあるんだろうか。


「……どこか痛むの?」

「ううん。違うけど……。リーフによく見てほしいの」

「僕、お医者さんとかじゃないし詳しいことはわからないけど」

「だいじょうぶ」


 アルフェはそう言って横髪を手のひらで避けて、僕に耳を示した。良くわからないけれど、アルフェの耳を触りながら、自分の耳と比べてみる。それぐらいしかできないが、確かに個体差みたいなものは感じ取ることができた。


 ちょっととんがっているのは、アルフェの個性かな。軟骨もとんがっているのが面白い。


 他人の耳を触る機会はグラスとしてもリーフとしてもなかったことなので、少し興味が湧いた。特に違いのある耳の上の部分を指先で確かめていると、アルフェがもじもじと身体を動かし始めた。


「そこ……変?」

「あ、ううん。ごめん、そうじゃないよ」

「リーフのもさわっていい?」

「いいよ」


 アルフェがそう言いながら手を伸ばしてきたので、僕も髪を掻き上げてアルフェが触りやすいようにした。


「……リーフの耳、……とんがってない……」


 僕の耳を念入りに触りながら、アルフェがぽつりと呟く。


「アルフェの耳とはちょっと違うね。でもそれだけだよ」

「……うん」


 耳の触りっこはしばらく続いたが、アルフェは微妙そうな反応を示して俯いた。なんだか元気がないみたいだけど、一緒に出かけて大丈夫なんだろうか。


「……なにかあったの、アルフェ? もし、具合が悪いならまた今度でも――」

「あのね、リーフ」


 切り出した僕の言葉を遮って、アルフェが顔を上げた。


「二人だけの秘密……。絶対ぜったい秘密のおはなし、してもいい?」


 アルフェの声にはいつになく切実なものが混じっている。なんの話かはわからなかったけれど、ここで聞かなければならない気がしたので、僕もアルフェの目を見て頷いた。


「……アルフェがそうしたいなら」

「あのね、ワタシね……。ハーフエルフなんだって……」

「ああ、それで耳を気にしてたのか」


 驚きよりも奇妙なまでの納得感が得られて、それが口を突いて出た。


「うん……」


 アルフェは僕の反応に少し驚いたような照れたような顔をして、ぎこちなく微笑んだ。


 妙に魔法の適性が高かったのは、エルフの血が混じっていたせいだったとは――。


 気づくと同時に、ちょっとおかしくて笑ってしまった。これまでのリーフの人生を『普通』に過ごそうと努めてきたけれど、僕はもちろん、お手本にしてきたアルフェも全然普通じゃなかったな。でも、悪くないな。


 帝国だとエルフは珍しいし、浄眼の一件があるから、耳が尖り始めたらグーテンブルク坊やあたりにまたなにか言われるんじゃないかと心配になったんだろうな。


「……リーフは、びっくりしたりしないの?」

「どうして? 僕にとって、アルフェはずっとアルフェだ。なにも変わらないよ」


 ハーフエルフだと告げられたところで、アルフェは生まれてからずっとハーフエルフだったわけだし、その方が僕にはしっくりきたのでそう答えた。


「……っ」


 だけど、僕の答えを聞いて、アルフェは急に泣き出してしまった。角膜接触レンズコンタクトをつけていない、アルフェの生まれたままのあの綺麗な目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。アルフェは零れる涙を手の甲で拭いながら泣きじゃくった。


「……今の答えじゃ、駄目だった?」

「……違うの。ママと同じこと、言うから……。リーフに嫌われなくて良かったって……」


 どうにか涙を拭ったアルフェが、僕の顔を見つめる。僕と目を合わせるその間にも、アルフェの目には涙が溢れていく。


「僕が? アルフェを嫌いに?」

「……うん。それが怖くて……言えな……ひ、っく、言えなかったの……」


 ああ、あの浄眼の一件がアルフェをこんなにも苦しめてたなんてな。僕がアルフェを嫌いになるなんて、あるわけないじゃないか。


「ハーフエルフは生まれつきのことなんだから、それがわかったからって、アルフェが変わるわけじゃない。嫌いになる意味がわからないな」


 アルフェにもわかるように、僕の考えをできるだけ噛み砕いて説明する。ここまで話してから、僕は、アルフェのことがすきなんだとわかった。


「……だから安心していいよ」


 それでも、面と向かってその言葉を発するのはまだ少し早い気がする。


「リーフ、すき」

「……僕も」


 だから、アルフェのすきに同意を示すのが、今の僕には精一杯だ。アルフェが言うような『すき』とは違うかもしれないけれど、僕はアルフェが好きだ。それを僕からきちんと言葉にして、アルフェに伝える勇気はないけれど。


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