第34話 浄眼の力
午後の授業は魔導工学の授業から始まる。他の生徒との接触を避ける目的で、食堂を遅めに出て、教室に戻った。
「次の授業も術式基盤づくりかな?」
「またフェアリーを作れるといいね、リーフ。ワタシ、リーフと合作したいなぁ」
合作か……。アルフェの作りたいものを僕の知識で補えば、割と理想的なものが作れるかもしれないな。色々考えながら子供騙しのスライムを作るより、手っ取り早いかもしれない。
次の魔導工学の授業は、制作が絡むらしく工作室への移動が指示されている。
教科書とノート、筆箱をまとめている僕の傍で、アルフェが泣き出しそうな顔をして机の引き出しや鞄の中を落ち着かない様子で見て回り始めた。
「どうしたの、アルフェ?」
「教科書がないの……」
魔導工学の教科書は、アルフェのお気に入りだ。授業がない日も持ってきているぐらいなので、忘れているはずがない。だが、アルフェと一緒に鞄や机を検めても、授業の開始を知らせる鐘が鳴っても見つけることができなかった。
「……どうしたのですか? 移動教室の時間ですよ」
通りがかったアナイス先生が、教室に残っている僕たちに声をかける。顔を上げたアルフェの目には、零れ落ちそうなほど涙が溜まっていた。
「教科書が見つからないんです。でも、僕のを貸しますから」
仮に誰かがアルフェの教科書を隠したのだとしても、これで授業に遅れるのは悪意に負けたことになる。アルフェのためにも、それは避けた方がいいはずだ。
「行こう、アルフェ」
「やーっ!」
アルフェの手を引いて促したが、アルフェは僕の手を振り払って反抗した。
「アルフェ……?」
彼女にしては珍しい反応だった。いつもだったら、嫌々ながらも納得して僕についてきてくれるのに。手を振り払われるのも初めてだった。
「あ……」
アルフェも自分の行動に驚いているみたいだ。なにかがよほど嫌だったのだろうな。ちゃんと話した方がよさそうだ。
「どうしたの、アルフェ。授業に遅れるよ」
動揺を出さないように努めながら、できるだけ落ち着いた声でアルフェに問いかけた。アルフェは俯いて首を横に振るばかりだ。
「……やなの……」
目にいっぱいの涙を溜めたアルフェが、弱々しく呟く。なんだかいつもと雰囲気が違うということはわかったが、この場合はどうするのが良いのだろう。少なくとも、遅刻せずに教室に向かうことは諦めるべきだろうな。
「……わかりました。私も手伝いましょう」
アナイス先生が理由も聞かずに、教科書を探すのを手伝ってくれる。こんなところにも、生徒の自主性を尊重する姿勢が垣間見えた。
「……ねえ、アルフェ。僕と教科書を見るのが嫌だった?」
念のため僕の机と鞄の中身も検めながら、アルフェに訊ねる。
「……違うの……あのね……」
僕の質問が悪かったのか、アルフェは遂に泣き出してしまった。
「……っ、……あ、あのねっ……リーフにもらった、猫さんの簡易術式の基盤をはさんでたの。だから――」
「ああ、そういうことか」
あの術式基盤をことのほか大事にしていたのは知っていたのに、思い至らなかったな。それなら、見つける手段もあるし、すぐに解決しそうだ。
「だったら、エーテルの流れを辿ったらいいんじゃないかな?」
「エーテルの……ながれ……?」
僕の言わんとしていることが、アルフェには上手く伝わらなかったようだ。自分で説明するよりも、アナイス先生に解説を頼んだ方が子供らしいだろうな。
「そうですよね、アナイス先生?」
「良く気づきましたね。その通りです。僅かだとは思いますが、術者のエーテルが残っている可能性は高いでしょう。アルフェの浄眼なら、それが見透せるはずです」
術式基盤はエーテルを流すことで、そこに書き込んだものを発動させる仕組みだ。僕がアルフェにあげた術式基盤には、僕とアルフェ、二人のエーテルの痕跡が残っているはずなのだ。
「あ……」
アルフェがやっと気づいて目を瞬かせた。
「できそうですか、アルフェ?」
「はい」
アルフェが泣き止み、静かに呼吸を整える。落ち着きを取り戻したアルフェは、目を見開き、教室をじっくりと見渡した。
「あっち」
アルフェが指差したのは、教室の隅に置かれた掃除用具の棚だった。アルフェの浄眼にはエーテルの流れがちゃんと映ったらしい。
「ここだね」
掃除用具入れの扉を開いてみたが、僕が見える範囲にアルフェの教科書はない。
「うえ」
「……ありましたよ、アルフェ」
アルフェの指示に従い、上の棚に手を伸ばしたアナイス先生が、魔導工学の教科書を見つけてくれた。
「ありがとうございます」
教科書を胸に抱き、アルフェが安堵に顔を綻ばせる。アナイス先生は頷き、アルフェと目を合わせて真剣な顔で続けた。
「いえ、見つかって良かったです。このようなことが今後ないように、私から厳重に注意しましょう」
その後、僕とアルフェはアナイス先生とともに工作室へ移動した。
授業開始から大幅に遅れて工作室に到着したが、リオネル先生はアナイス先生が僕たちを連れて来たことで全てを察してくれた。授業を中断したリオネル先生が教壇をアナイス先生に譲ると、工作室の中はしんと静まり返った。
「他者を貶めるよりも、自分の研鑽に努めなさい。人生は有限です。あなたたちはまだ若い、それを知らず、想像することもできないのだとしても無理はありません」
アナイス先生が、丁寧に現状の愚かさを説いている。
「引き返すなら今のうちです。少なくとも我々は、そのような思考の生徒を求めてはいません。続けるようならば、然るべき処分を」
アナイス先生は穏やかに微笑んでいる。その表情は、お説教をしている人間のものとしては不釣り合いなはずなのに、下手に怒りを露わにされるよりもずっと説得力があった。
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