第31話 アルフェの笑顔
旧図書館での放課後の予習時間は、ジュディさんと母両方の公認を受け、日課として承認された。
入学からまだ一週間も経っていないのに、僕とアルフェの話は教職員の間で既に知れ渡っているらしい。特に頼んでもいないのに、最初に僕を案内してくれた司書の女性が放課後の旧図書館に常時滞在して僕たちの対応をしてくれることになった。
「……僕のせいで、お手を煩わせてしまってごめんなさい」
「これだけの蔵書を眠らせておくのは、凄く勿体ないと思っていたから嬉しいわ」
僕のせいで配置換えされてしまって大変だろうに。そう思ったが、司書の女性は嫌な顔ひとつ見せず、それどころか笑顔で僕たちを迎えた。
「リーフもアルフェも、大人たちのことは気にせず、貪欲に学んでね。あなたたちの成長が楽しみだわ」
セント・サライアス小学校の教育方針は、一貫して生徒の自主性を尊重する。生徒が学びたい、知りたいと思っているものにアクセスする環境が充分過ぎるほどに整えられているのだ。
新しく建設されている錬金術棟と呼ばれている新校舎も完成が近いらしく、校舎のあちこちに使用イメージを伝える張り紙が掲示されているのも印象深かった。
将来的になにか込み入ったものを作ろうとしたら、学校の設備を借りられるというのは、かなり大きいな。
それにしても、司書の女性の言うようにこの旧図書館の蔵書を読む生徒はごく僅からしい。古さもさることながら、小学生程度の知識を補うのに、ここにある本はどうにも難しいのが原因だろうな。
グラスとしての僕の死後、三百年の間に教育方法が確立され、後進の育成のみならず、早期教育にも力を入れてきたはずなので、その変遷が記された蔵書もあるのかもしれない。
いっそ、この学校の歴史を紐解くのも面白そうだ。リオネル先生のように研究者として学校に残る道もあるようだし。
そんなことを考えながら、興味を持った本を手に取って読みふける放課後の時間は、周りに気を遣わずに自分のことに没頭できる貴重な時間だ。
隣にアルフェがいるけれど、赤ちゃんの頃からずっと一緒で慣れているので、全く気にならない。アルフェは僕の邪魔をしないし、二人で過ごす時間は自分でも驚くほど居心地が良かった。
本を数冊読み終えたところで、アルフェの方を見ると、彼女は僕があげた術式基盤を書き直しているところだった。
他人が書いた簡易術式を書き直すのは、骨が折れるだろうな……。
「アルフェ、手伝おうか?」
「自分でする」
声をかけてみたが、アルフェに断られた。いつもなら笑って頷くところだが、珍しいこともあるものだな。
――僕を頼りにするばかりの時期は、もう過ぎたのかもしれない。
そう思うとなんとも言えない感情が僕の心をざわめかせたのを感じた。なんだろう、この冷たい風が抜けるような、虚しさとは違う心細い感情は……?
自分でも戸惑うような心の動きに、僕はアルフェから思わず目を逸らしてしまった。
――寂しい? この僕が?
グラスとしての生涯をほぼ一人で、誰とも関わらずに過ごすことを好んでいた僕が?
いやいや、なんでそうなるんだ? アルフェに『お願い』をされたからといって、子供の約束がいつまでも有効じゃないことは、僕自身が誰よりもわかっていることじゃないか。それに、手がかからなくなって良かったと思っていたはずじゃないか。
そう自分に言い聞かせながら、他のことに集中した方が良いだろうと今日の魔導工学の授業を振り返ることにした。
クラスメイトたちが作っていたフェアリーを、記憶している限りざっとノートに書き出して、子供らしい傾向を掴むことに努める。
大抵は目にしたことのある動物や植物をベースにしていて、男の子は強そうなものを、女の子は小動物やかわいらしい人形のようなものを生み出す傾向があった。アルフェのような花と妖精を組み合わせたものは他の生徒たちは作っておらず、当然僕が生み出した両目の色が異なる現実よりもかなり小さい猫というのも、いなかった。
アルフェを見て安心していると、とんでもないレベルに引き上げられることがわかってきたので、今後の授業では適当にスライムのフェアリーを作っておいた方がいいだろうな。
そう考えながらノートにスライムの簡易術式を書き綴ってみる。半固形、流動的……あとどんな特徴を備えれば子供らしくそれっぽい感じが出るだろうか。新字の一覧からそれっぽい字を見つけて当てはめてみるのも悪くないな。
「……出来たっ!」
スライムの簡易術式を考える僕の隣で、アルフェが嬉しそうな声を上げた。
「ねえ、見てて」
僕と目を合わせたアルフェが、にこにこと微笑みながら術式基盤に指先を添える。
「我が
アルフェが唱えると、そこには僕が作ったあの白猫が出現した。驚いた……あの術式基盤を本当に書き直してしまったとは。
「えへへ。ネコちゃん、ちゃんと直せたよ」
しかも行動様式を書き加えたらしく、ネコが僕の元に寄ってくる。
「すごいね、アルフェ。でも、これだけできるなら、最初から作った方が早かったと思うけど……」
「ううん」
僕の言葉をアルフェは笑顔で否定し、術式基盤を顔の前に示した。
「リーフとアルフェのがっさくなの!」
「合作?」
「ふたりでつくったものってこと」
その意味はわかっていて、どうしてそうしたかったのかがわからないんだけどな。でも、僕にはよくわからないけれど、アルフェにとっては意味があることなんだろう。
「そっか。良かったね、アルフェ」
触れるわけじゃないけれど、白猫を撫でるように手を動かし、アルフェに共感してみせる。アルフェは途端にくしゃくしゃに顔を歪めて、にっこりと笑った。
「うん。リーフ、だいすき」
泣き虫のアルフェは嬉しくても悲しくても目を潤ませる。今、アルフェの目を潤ませているのは嬉し涙の方だ。根気よく修復していたし、ちゃんと直せて本当に嬉しかったんだろうな。
「アルフェが頑張ったからだよ」
アルフェの努力をたたえると、アルフェは小さく声を立てて笑って、首を横に振った。
「リーフのおかげだよ。リーフがアルフェのことを想って作ってくれたのが、本当にうれしかったんだよ」
「そっか……」
アルフェの笑顔につられたのか、僕の頬も緩む。これは、僕にとっても嬉しいということなんだろうな。なぜだかわからないけれど、急にそう思えてしまった。
僕が他人の感情を想像して共有するなんて、なんだか不思議な気分だ。
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