第14話 異能の証
アルフェと出会ってから半年ほどの月日が流れた。アルフェも寝返りが打てるようになり、小さな手足を使って前進しようと試みることが多くなった。
『はいはい』という
「本当に、リーフちゃんには凄く助けられてるわ。あの足のマッサージなんて、私じゃ絶対思いつかなかったもの」
ジュディさんはことあるごとにあの足のマッサージを僕の功績として話題に出している。
なるほど、他の赤ん坊にもそういう時期があるんだなと最初は納得して聞いていたが、こう毎日のように聞かされるとどうにも気恥ずかしいものがある。
とはいえ、最近はアルフェがぐずることも少なくなったらしく、表情も疲れが抜けきらない感じから随分と明るくなったのは喜ばしいことだ。
「偶然ですよ。リーフがじゃれて遊んでいただけで――」
「でも、あんなに気持ち良さそうにウトウトしてるアルフェは初めてだったのよ]
こうしてアルフェの役に立っているという事実を聞かされるのは、悪い気がしなかった。少し先に生まれたからには、これからも何かしら役立つ知識もあるのかもしれない。これら幼少期の知識の蓄積は、グラスにはなかった知識なので、自分の身体の変化も記憶しておかなければ。
「さすがお姉ちゃんよね、リーフちゃん」
「あー……」
アルフェより数ヶ月早く生まれただけでお姉ちゃん扱いされるのはどうなのだろうか? そもそも僕はアルフェの友人であっても、姉ではないし――。
そこまで考えて、アルフェを友人と認めていることにふと気がついた。アルフェにそう言われたわけでもないのに、勝手に分類するのはよくないな。
「あーう、あーうっ」
いつものように僕の隣に寝転んでいたアルフェが、僕の服を引っ張った。僕が母親たちの会話に集中していると、こうして服の裾や袖を引くような仕草が増えてきた。
「あうふぇ」
「あーう!」
呼びかけると嬉しそうに僕の目を見て答えるアルフェは、どうやら僕の名前を呼んでいるらしい。なにを話しているかわからないが、僕に話しかける割合も増えていたので、アルフェの話の理解にも努める必要がありそうだ。僕には、母親たちの会話の方が世間の状況を知れて面白いのだけれど。
このところ父ルドラが家に不在になりがちなのも気にはなる。軍人という職業に就く父が忙しいということは、それなりの理由があるのだろうが、母の説明では『お仕事』という曖昧な状況しか伝わってこない。軍事機密もあるだろうし、成長を続けているとはいえ世間的にはまだまだ赤ん坊の僕がなにか知ったところでどうにかなるというものでもないだろうが……。
「あーう!」
物思いに耽っていたのが気に入らなかったのか、アルフェに頬を引っ張られた。
「きゃっ」
引っ掻かれて女の子のような小さな悲鳴が漏れた。アルフェ、君、ちょっと爪が伸びてきていないかい?
「あーあっ?」
小さな手を取って目の前にもってくる。アルフェは不思議そうに瞬きをしつつも、素直に僕に従う。アルフェにとっては、僕に構われていることの方がどうやら重要らしく、なんであれ僕の興味が自分に向いている時は大人しい。
「んーぅ?」
少しささくれのようになっているのが原因のようだ。やっと生え始めたばかりの前歯で挟んで切っておく。アルフェはくすぐったそうに身体を動かしていたが、手を解放するとお礼とばかりに僕の手を引いて口に入れようとした。
「だーっ」
遠慮します、と目で訴えながら手を引く。アルフェは少し残念そうに眉を下げたが、その興味はすぐに別のものへと向いた。宙を仰ぐように首を持ち上げて、まん丸に目を見開いてなにかを見つめている。
こういう時のアルフェの目は、とても綺麗だ。
アルフェの目は、左は空のような青色で、右は金色に輝くオッドアイだ。 単なるオッドアイではなく、右目は『浄眼』といわれる異能を備えている目なのだ。アルフェの右目には、魔導エネルギーであるエーテルなど、普通の人間には見えないものが映る。だからこうして時折なにもない宙を見ていることがあるのだが、僕にはそこになにがあるのかすらわからない。
異能の証である『浄眼』のことは知っていたが、本物をこうして間近で見る機会が訪れるとは思わなかったので、アルフェの見えているものにはかなり興味があった。
目を覗き込めば、そこに映っている世界が逆さまに見えるものだが、浄眼にもそれが成立しないものかとアルフェの左右の目を見比べるが、僕の目には同じように映っているようにしか見えなかった。
――それにしても、アルフェの目は見ていて飽きない。
出会った当初はあまり気にならなかったが、成長するにつれ、アルフェの左目が鮮やかな青に変わっていき、反対に浄眼の方は輝くばかりの金色に変化している。左右の目の色の差は明らかに際立ってきていた。
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