第8話

 僕と薫の交際はその後も順調に進み、気がつけば高校三年生になっていた。

 幼稚園、小学校、中学校、高校――クラスはずっと一緒だったわけではないけれど、通う学校はずっと一緒で。

 だから、もちろん、目指す大学も同じところだった。


 第一志望の大学は、僕たちの住む場所からは遠く、もしも無事合格したとしたら、アパートかマンションを借りて二人暮らしをすることになる。

 そう、二人暮らし。

 そこを第一志望にした理由の一つが、同棲するためだったりする。


 難易度(偏差値)は結構高い。低い大学なら、親としてはあえてそこに行かせる理由なんてない。地元にもたくさん大学があるのだから。

 だから、自分たちの今の学力では入れないような大学を志望したのだ。そこに合格したら、僕と薫の両親は一切の文句なく、同棲のための生活費を出してくれる。


 まだ一年ある。

 高校一年のときから、二人で少しずつ地道に偏差値をあげていった。この一年、頑張って努力すれば、その大学に合格することは十分可能のはずだ。


 放課後、僕たちはいつものようにまっすぐ帰宅し、今日は薫の家で一緒に勉強することになった。一緒に勉強したほうが、集中力が続くのだ。


「あら、京介くん。いらっしゃい」


 薫母が出迎えてくれた。


「お邪魔します」

「今日も二人で受験勉強?」

「はい」

「頑張ってね」


 薫母は穏やかで品のある女性だ。薫も将来的にはこの人みたいな感じになるのかな、なんて僕は思った。想像してみるけれど、うまく想像できない。


 僕たちは薫の部屋に行き、さっそく勉強を始めた。

 勉強は好きじゃないけれど、薫と一緒なら頑張れる。同じ目標に向かって一緒に努力してくれる人がいる――これはかなり心強い。薫が頑張ってるんだから、僕も頑張らなくちゃ。そして、一緒に第一志望の大学に合格するんだ! 僕のモチベーションはすこぶる高かった。


 二時間ほど黙々と勉強する。

 うーむ、そろそろ集中力が保てなくなってきた。英語の問題文がまるで頭に入ってこない。何を問われているのか、よくわからない。

 薫も疲れたのか、ふうと大きくため息をつき、


「休憩、する?」


 と、尋ねてきた。


「うん」


 僕は頷き、後ろのベッドにもたれかかった。


「勉強して疲れたときは、甘いものを食べたり、体を動かしたりするといいって聞くよ」


 そう言いながら、甘えるように僕に抱きついてくる。

 薫からいい匂いがする。何の匂いだろう? シャンプーとかリンスの匂い? それか、香水でも振りかけているのだろうか?


「体を動かす、体を動かす――この部屋で体を動かせそうな場所はベッドくらいしかないね」

「いや、そんなことはないでしょ」

「ベッドで運動してすっきりしよう」

「いや、くたくたに疲れるだけだって」

「大丈夫大丈夫。ちょっとだけだから」

「ちょっとだけって何さ!?」

「そいやっ」


 赤ちゃんを持ち上げるように、僕の体をひょいと持ち上げると、相撲の技みたいな華麗な動作でベッドに投げた。

 ぎしぃ、とベッドのスプリングが抗議のきしみ音を出す。


「京ちゃん、ここは私の部屋だよ? 逃げ場なんてどこにもないんだよ。覚悟しいや」


 覚悟しいや、って何? 最近、任侠映画でも見たのかな?

 どうしよう、とおろおろしているうちに、薫の顔がすぐそばまで迫っていた。こんな感じのシチュエーション、今までに何度かあったな。

 で、こういう場合、大体は……。


 案の定、絶妙なタイミングで――コンコン、というノック音。

 ガチャ、とノンストップでドアが開いた。

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