第7話

「優しい優しいお姉ちゃんがお菓子とジュースを持ってきてあげたよ――って、ええええっ!?」


 驚愕の声をあげた姉が、お菓子とジュースの載ったトレイを落としそうになる。落としたら大惨事だったが、なんとかバランスを保った。

 薫はぴたりと精密機械のように動きを止めると、姉のほうを向いて赤面した。


 ああ、よかった。薫にも恥じらいってもんがあったんだな。ほっと一安心すると、僕も急激に恥ずかしくなって赤面した。

 姉も微妙に赤面したので、この場にいる全員が赤面したこととなり、微妙に気まずい空気が流れた。

 テーブルの上にお菓子とジュースを置くと、


「あらあら……」


 と、姉は言った。


「ちょっとした冗談のつもりで言ったんだけど、まさか本当にいたそうとするとは……うひひひ」

「いや、これはそのー……」


 言いながら、僕は薫をはねのける。


「ううん、いいのよ。薫ちゃんになら、うちの愚弟をあげちゃっても構わないわ」


 いや、誰が愚弟だよ。ひどいな。


「あ、というか、既にいただいちゃってるんだっけ?」

「あ、はい。おいしくいただきました」


 正座した薫が言う。お茶とかお菓子みたいに言わないでほしい。


「結婚は? いつ頃するつもりなの?」

「ちょ、お姉ちゃん――」

「そうですね……大学卒業してから――いや、学生結婚もいいなあ」


 まだ高校一年生だっていうのに、結婚まで話が進んでいる。

 気が早い。早すぎる。


 僕も、将来的には結婚してもいい――いや、結婚したいという気持ちが湧いてきているのは確かなんだけど……。

 けれど、僕たちはまだ高校一年生で、結婚というのはずっとずっと――というほどでもないと思うけど――先の話だろう。その前に、大学受験や就職活動なんていう壁がある。


 だから、結婚のことを考えるのはまだ早い。

 こんなこと考えるのは薫に申し訳ないけど、結婚までたどり着く前に僕たちが別れる可能性だって、決してゼロというわけじゃないし……。


「ねえ、京ちゃんはいつ頃結婚したい?」

「……え? う、うーん……」

「も、もしかして……」


 僕の微妙な反応を見て、薫は両手で顔を覆う。


「私と結婚するつもりなんて、なかったりする?」

「いや、そんなことは――」

「京介っ! 遊びのつもりで――軽い気持ちで薫ちゃんと付き合うなんて、お姉ちゃん許さないんだから!」

「いや、遊びとかじゃないって!」


 恐ろしい形相で詰めてくる姉に、僕は慌てて言った。

 そもそも、手を出してきたのは薫のほうなんだよ……? 真実を言ったところで、きっと誰にも信じてもらえなさそうだけど。


「薫とは本気で――結婚前提で付き合ってるんだ!」

「結婚前提? う、嬉しいっ!」


 薫が感極まった表情で、僕の両手を握る。

 あ、しまった。ついうっかり、結婚前提なんて言葉を使ってしまったぞ。前言撤回なんてできる雰囲気じゃない。言ってしまったことには責任を持たなくちゃいけないんだなあ。


「で、京ちゃん。いつ頃結婚したい?」

「……い、いつか」


 僕は薫から目を逸らして、回答を保留した。

 上機嫌になった姉はにこにこしながら部屋を出て行こうとし、ドアの前で振り返ると、僕たちに向かって言った。


「勉強しようと思ったけど、ちょっと買いたいものあるから出かけてくるね。多分、一時間は戻ってこないだろうから……」


 うふふふふ、と口元に手を当てて不敵に笑う。


「大きな音出しても大丈夫よん」


 僕が抗議の声をあげる前に、姉はドアを閉めてどたどた階段を下りていった。


「……」

「……」


 僕と薫は無言で見つめ合う。


「京ちゃん――」

「不純異性交遊ダメゼッタイ」


 僕は鋼の意志で拒絶し、ゲーム機のコントローラーを薫に渡した。

 高校生の恋愛ってのは、もっとピュアでプラトニックじゃないと。深い深い河のような恋愛は、大人になってからでいいじゃないか――。


 こうして、僕は幼馴染においしくいただかれなかった。

 いただかれなかった代わりに、二人で楽しく大音量でゲームをしたのだった。

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