第6話

 僕の部屋に入ると、薫は深呼吸をした。山の頂上で新鮮な空気を味わうみたいに。

 ……え、変なにおいするかな? 焦って僕も深呼吸してみる。うーん、特に変なにおいはしないと思うけどな……。


「におい、する……?」

「うん。京ちゃんのいいにおいが」


 いいにおい? 腕を鼻に近づけて、くんくんとにおいを嗅いでみる。別段、汗臭くもないし、普通だと思うんだけど……。

 にこっと微笑むと、薫は僕のベッドに座った。


「京ちゃん、なにして遊ぶ?」

「うん、そうだね……ゲームとか?」

「ベッドでするゲーム?」

「そんなゲームはありません」


 やれやれ。これじゃあ、盛りのついた高校生カップルじゃないか。一応、校則には『不純異性交遊ダメゼッタイ』って書いてあるのにな。でも、まあ、同じく校則で禁止されているアルバイトも黙認されてるし。乱れすぎなければいいのかな?


「でも、ほら、お姉さんも『ちょっとくらいなら全然かまわない』って言ってたじゃん」

「隣の部屋に姉がいる状況でいちゃいちゃできないよ」

「京ちゃんって、意外と神経質なところあるよね」


 薫は僕の頭を撫でた。


「そういうところもかわいくて好きだよ」

「と、突然なんだよ……?」


 薫ってこんなキャラだったっけ?

 幼馴染で、長い付き合いがあるというのに、僕は薫のことを全然知らない。知ってるつもりでいたけど、それは大きな間違いだった。


 薫が僕のことを好きだと知らなかった。

 薫が肉食(?)なのも知らなかった。

 知らないことだらけだ。でも、そんなことを言ったら、薫だってきっと僕のことを全然知らないはずだ。


 お互いに、知っていることはほんの少しだけ。

 他人のすべてを理解するなんて、一生付き合ってもできないんだと思う。一生かかってようやくその人のことが半分くらいわかるのかも――。


「えいっ」


 ぼーっと油断していた僕は、薫に押し倒された。


「ちょ、ちょっと……!?」

「大丈夫。ハグだけだから」


 しかし、肉食獣を彷彿とさせる爛々とした目つきが、その言葉が偽りであると物語っている。


『大丈夫。○○だけだから』


 この構文が文字通りの意味合いだった例を、僕は寡聞にして知らない。

 薫の端正な顔がゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。どう考えても、ハグだけで済ますとは思えない。少なくともキスはするつもりだ。


 いや、まあ、キスくらいだったら構わないんだけれど……。

 薫の顔が――唇が、僕の唇へと迫り、あと数ミリで触れ合うといったところで。


 ガチャ、と。

 ノックもせずに、ドアが勢いよく開けられた。

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