30 夏祭り

 髪を纏めて、簪などで飾られている律夏りつかは可愛い。

 色白の首筋にうっすらと汗が浮かぶさまはなんとも色っぽくて、お外に出したくなくなっちゃうのだけど。自慢して歩きたい自分も確かにいるから、私は彼女の帯を華やかにする作業を急ぐ。

 リボン結びの片羽に、小さなリボンが乗るような形。裏が色違いの帯だと、とても映える。

 黙って立っているのは退屈だろうかと、口を動かすのも忘れない。


「やっぱり普通のホットケーキじゃなかったんだ」


 小学生のようだとからかった“ホットケーキデート”は、さすがに普通に焼くだけではなかったらしい。


「普通のも作ったよ。でも、それだけじゃ面白くないだろうからって。気を使わせちゃって、悪かったかなぁ……」

「とか言いつつ、お祭りにも来てくれるんでしょ?」

「うん……なんか、人混みが心配だからって。お店も休んでくれるみたいで、そっちも申し訳ないな」

「なにその保護者っぽい理由」


 自分に対する言い訳なんだろうかと、だいぶ年上の仏頂面を思い浮かべる。


「おっさんに片足突っ込んでんの、自覚してるのかぁ」

「お、おっさんじゃないよ! 作務衣みたいなの着てるから、ちょっとそう見えるだけで! 泡だて器ひとつであっという間にメレンゲ作っちゃうし、果物の飾り切りとかも気がついたら花とかになってるし、コックコート着てたら、絶対カッコいいのに……」

「はいはい。律夏はすっかり胃袋掴まれちゃったのね」


 う。と小さくうめいて、律夏は少しだけうつむいた。


「今まで、通うほどっていうのはあんまり無かったんだけど……自分でも不思議……」

「で、ホットケーキも違った?」

「蒸し焼きにする、スフレホットケーキを作ってくれたの。卵と小麦粉とバターと牛乳だけで。ふわふわできめ細かくて、生クリームとの相性も抜群で……」

「……食べたくなるわ」

「でしょ?」


 最後に小さなリボンの真ん中に飾りを留めて、律夏の背中をポンと叩いてやる。


「向こうだって、まさか律夏が食べ物だけ目当てじゃないことは解ってると思うんだよね。人も多いだろうからわからないけど、チャンスがあったら頑張りな」

「うん……どうかな。大樹さん、いつも何か悩んでるみたいだし、煩わせたくないな」

「こんな可愛い律夏を煩わしいなんて言ったら、私が一発お見舞いしてやるけど」

「芳枝、グーはやめて! グーは!」


 冗談じゃないんだけど、律夏は笑うだけだった。



 * * *



 響は夜仕事だから昼間っからの待ち合わせとはいえ、最寄り駅前は人でごった返していた。

 だいたいいつも決まった辺りで待っているので、見つけられないということはないのだけど、普段と服装が違うし、大樹さんは私たちを見つけにくいかもしれない。

 そわそわと周囲に視線を投げる律夏を可愛いなと眺めていると、響がその帯に目を留めた。


「律夏ちゃん、帯変わってるね」

「え? あ、芳枝が結んでくれたんです。自分ではよく見えないんですけど、可愛いですか?」

「可愛い、可愛い。なのに、なんでよっしーは地味な結び方なの?」

「自分じゃ見えないから、一番簡単なのにしただけ」

「俺は見るだろ」

「ほどき方わからない方がいい?」


 言葉に詰まった響を見て、律夏は頬を赤らめながら、そっと聞こえなかった振りをして、また大樹さんの姿を探し始めた。


「……お前……俺じゃなくて律夏ちゃんハニーの反応見たいがために言っただろ」

「何のことかしら」


 持っていた扇子を開いて口元を隠し、視線を外した先に大樹さんを見つけた。律夏をつついて指先で示してやる。彼の方もすぐにこちらに気付いてやってきた。


「待たせただろうか。すまない」

「大丈夫ですよ。わざと少し早く来たので」

「……髪を上げてると、少し雰囲気変わるな」

「変ですか?」

「ああ、いや……華やかで、いい、んじゃないか」


 わざわざ私にも視線を投げて、一応の誉め言葉を口にするけど、私はいいから律夏はちゃんと褒めてほしい。せっかく頑張ったんだからさぁ!

 かくいう彼も浴衣を着ている。どちらでもいいとは伝えてあったはずだけど、響も浴衣なので、一人洋装だとちょっと浮いていたかもしれない。


「大樹さんも浴衣素敵ですね。ご自分で着られるんですか?」

「自分でも着られるが、今日は姐さんが……ジーンズで家を出ようとしたら「浴衣のお嬢さんに合わせろ」って……」


 頭を掻きながら、やや迷惑そうに眉を顰めつつも、次の瞬間には苦笑に変わる。


「彼も浴衣なら、着てきて良かった」


 黒の縦縞しじらは落ち着いた印象で彼によく似合う。着付けも完璧で、いつも和装の彼女の仕事はさすがだ。常連というだけではない馴れ馴れしさがあるからか、なんとなく警戒対象なのだけど、こうして送り出してくれるということは、割と協力的なのだろうか。

 響と挨拶する背中に、帯に刺さった『居酒場 源』のうちわを見つけて、私はまあいいかと律夏を連れて歩き出した。




 大きな公園のメインストリートの両脇に並ぶ屋台。少し奥には池もあってボートにも乗れる。カップルが乗ると別れる、なんてありがちなジンクスがついて回るので、今回はパスだけど。

 広場まで行けば、お化け屋敷や、大きな木の桶の壁をバイクでぐるぐる回るバイクサーカス、子供たちが喜ぶふわふわなどの出し物が並ぶ。通りは人で埋まっていて、黙っているとただ流されていくだけになりがちだ。まあ、それもお祭りの醍醐味と言えばそうなのかもしれないけど。

 クレープの屋台を見つけて律夏の手を引く。私は焼き鳥にビールがいいけど、大樹さんもいることだし、とりあえずは女子を上げておく。

 屋台の前で振り返って響を呼べば、「ちょっと待て!」なんて呆れた声が飛んできた。


「珍しいね。芳枝、クレープ食べたかった?」

「え? それほど。律夏に食べさせたくて」

「私? 食べれと言われれば食べるけど、別に焼き鳥とビールでもいいのに」

「あっ! しーっ! しーっ!」


 到着して財布を取り出した響がニヤついているということは、彼にも聞こえただろうか。


「で? 買うの?」

「買うわよ! おじさん! イチゴバナナ生クリームチョコで!」

「律夏ちゃんは?」

「ん……じゃあ、イチゴカスタード」

「大樹さんもどうぞ。響のおごりですから」

「え? いや。俺は自分で」

「遠慮しない! 響が言い出したことですから!」


 大樹さんが困惑顔で響を見ると、響は肩をすくめて見せた。


「ここくらいはいいですよ。その後は手伝ってほしいですけど」


 年の功、なんだろう。大樹さんは黙って注文を済ませて余計な時間をかけることは無かった。

 口の中が甘くなったので、今度は響を連れて串焼き屋台を覗きに行く。隣の唐揚げの店も魅力的。

 後ろからついてくる二人をこっそり伺えば、まあまあの距離感で会話もはずんでる……?


「どういう約束?」

「ああ。全額おごりっていう条件で芳枝を誘ったんですよ」

「……まあ、それは解るとして、どうして俺にまで?」

「全員分おごりねって芳枝が言ったからですね」


 楽しそうに笑う律夏が可愛いから、色気のない会話も許してやろう。ネタにされるのも本望じゃ。会話しながら、彼はさりげなく人にぶつからないように律夏を誘導してる。でも、時々誰もいない空間も避けるように歩くのはなんでだろう?


「ほら。あんまり出歯亀するんじゃない」

「った……なによぅ」


 小突かれて、口を尖らせる。


「よそ見してると、人にぶつかるぞ」


 そう言って、流れるように手を繋がれた。


「……暑い」

「文句言わない。彼女たち、上手くいってほしいんだろう?」


 まあ、そうだけど。うちらが繋いでも、応援になるのか?


「お腹ふくれたら、お化け屋敷でも入るか」

「ベッタベタじゃん」

「よっしーは怖がらなくても、律夏ちゃんは怖がってくれそうだし」

「どうかなー。律夏、妙なところで冷静なんだよね」

「どうせ俺が出すんだし、いいだろ」

「響が行きたいだけ!?」

「そういう訳でもないけどさー」


 胡散臭い笑顔は、絶対私を驚かせるつもりだ。ふうんと半眼になって、逆に驚かせてやるかと心の中で舌なめずりする。

 お化け屋敷と聞いた大樹さんはちょっと嫌そうな顔をしたけど、まさか苦手とか言わないよね? 響になにやらコソコソと耳打ちしている律夏は笑っている。


「苦手ですか?」


 にやりと見上げれば、彼は余裕綽々で首を振った。


「びっくり系は、別に。反応薄くて面白くないと言われる」

「あー……っぽいですね」


 響の思惑通りに行くのか……まあ、ぎゃあぎゃあ怖がるよりは、頼もしいか。


「ただ、暗がりは……いや、余計だな」


 怖いというよりは、何かに警戒しているように呟いて、彼はもう一度頭を振った。




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律夏の帯の結びかたは「マリーゴールド結び」というようです。

バラの花のような「花結び」も華やかでいいですね。

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